私がまだ二十代だったころ、私は登山が趣味だった。
目的の山を登り終えると、直接家には戻らずに麓にある村や町で宿をとるのが常だった。
ある七月の終わりに私は関東地方の山を登り終え下山すると近くの小さな村で一泊することになった。
小さな集落ではあったが賑やかな雰囲気であった。
宿の主人に今日は何かあるのですかとたずねると、夏祭りがあるということだった。
他に客も居なく忙しそうでもないので、村のことについていろいろ聞いてみた。
村の名前は雁彫村で、むかし腕の良い木彫り職人が仕えていた殿様を怒らせて終い、この村に逃げ込んできた。
その木彫り職人は追っ手が来るのではないかとう不安がつのり、ついに気がふれてしまい、雁の彫刻を休まず彫り始め、出来上がると村の裏のほうにある沼に浮かべた。
村人は心配したがどうすることもできないただ見守るしかなかった。
沼に浮かんだ雁の彫刻が十七羽になったときについに木彫り職人は自分の小屋で息絶えた。
次の日の明け方沼から雁の一群が飛び立って、浮かんでいた彫刻はなくなっていた。
ちょうどその日が今日だった。
村の名前はそれまではありきたりな名前だったが、そのときから木彫り職人を偲んで雁彫村と言う名前に変えて祭りをするようになった。
宿の主人は加えて、お客さんも行ってみてはどうですかね、お客さんは心がきれいそうだからよそ者には普通は見せない行事も見せてもらえるかもしれないですよ、と言った。
風呂を済ませて宿の浴衣に着替えると下駄を借りてちょっと村を散歩してみることにした、村の中央には飾りつけがしてあり、人が多く集まっていた。
村の人はほとんど総出なのだろう夕暮れの村は大勢で賑わっていた。こんな素朴な人の集りの中に身を置くのは久しぶりだ私はうれしくなって出店などのぞきながら歩いて回った。
村の中心から少し外れて神社の入り口のところで男が話しかけてきた。
「あんたは良い人そうだ、普通はよそ者には見せないんだが祭りに参加しないか」
私はしばらく考えて承諾した。
男に案内されて神社の鳥居をこえて境内に入りその裏のほうへ進んでいく。
着物をきた男達を見て私は違和感を覚えたが、疲れているだけだろうとしか思わなかった。
奥のほうに行くと祭りを仕切っているらしい人が居る。
かがり火が左右に置かれている。手招きをされたので近づいていく。
外から来た悪を封じる為と説明されて荒縄で両手首を後ろ手にしばられた。
これはおかしいぞと思い始めた。周りに居る男達をもう一度見て感じた違和感がはっきりした、みな異様に体格がいいのだ。横の方に居る男二人が太鼓を叩き始めた
ドンドンドンドン……そして行事が始まった。
なんということだこの村は「ガン掘り村」だったのだ。
掘りに掘られてかがり火が消えたときにやっと開放され、宿に戻り荷物を手に取ると命からがら村から逃げ出した。
あれから十年、毎年七月になるとあの村を探しに出かけるが見つけることはできないでいる。
怖い話投稿:ホラーテラー あるぱかさん
作者怖話