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中編7
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赤い雨

赤い雨が降った。

じめじめした梅雨時の出来事だった。

首筋に 熱したフライパンをあてられたような痛みがはしる。

痛みに耐えながら鬱々とした気分で僅かに血の臭いを含んだ雨を見続けていた。

放課後、俺は先輩に呼び出され生徒会室を訪れた。

生徒会室の中には、一人艶やかなよく手入れされた黒髪をなびかせ、無表情で窓の外を眺めている女生徒がいた。

生徒会長の暗条光先輩だ。

「悪かったわね。急に呼び出して」

恐らく赤い雨の件だろうなと思いながら、イスに座り先輩に話すように目で合図した。

「あなたにあって欲しい人物がいる。異界に関連してることだからあなたに拒否権はないわ」

赤い雨が降った際に俺の首筋に痛みがはしった。

俺の首には神様のイタズラと呼ばれる痣があり、自分の周辺で異界に関する現象が生じた場合痛みがはしるのだ。

異界に軽々しく首を突っ込んだ者への呪いだ。

異界関係とあっては拒否なんて出来るわけがない。

それに、先輩には恩がある。

「わかりました。ところでその人はどこにいるんですか?」

もう少ししたら来る筈よと言いながらイスに座り本を読み始めた。

しばらくしてドカドカ慌ただしい足音が聞こえてきた。

勢いよく開かれ男子生徒が入ってきた。

180後半くらいはあるだろう。

更に長身なうえに筋肉質な体つきは惚れ惚れする。

顔はこれといった特徴はなく、強いて言えば唇が少し厚いくらいだろうかなどと生徒の様子を観察していると突然先輩が、机をバシと叩きながら怒鳴った。

「廊下は走るなと何回言えばわかるのかしら?猪上君」

猪上と呼ばれた生徒は、すまないと一言言ってイスに座った。

「紹介するわ 三年三組の猪上忠敬君よ」

猪上先輩は俺にどうもといい軽く会釈したので、慌てて会釈を返し軽く自己紹介した。

「彼は今とある怪奇現象に悩まされているらしいのよ」

詳しくは彼から聞いてと言い残し部屋を去った。

相変わらずなに考えているのかさっぱりわからない生徒会長様である。

猪上先輩はそんな生徒会長様の態度をきにしたふうもなく話を始めた。

1年前まで猪上先輩には交際していた女性がいた。

彼女は先輩と同学年の生徒だった。

名前は谷川志都といい短い髪が印象的な活発で明るい生徒だった。

交際は比較的順調だったようだ。

だが、彼女は死んだ。

交通事故だったらしい。

事故にあった日、雨が降っていた。

そんな日に猪上先輩は彼女と大切な約束をしていたそうだ。

猪上先輩は待ち合わせ時刻よりも30分早くきて彼女が来るのを今か今かと心待ちにしていたらしい。

弾む心。

きっと猪上先輩は人生でもっとも幸せな時間だったのだろう。

先輩はその話をする時だけ僅かだが頬を緩めた。

だが、何時間待っても彼女は来なかった。

真面目な彼女が、なんの連絡もよこさないで約束を破るなんてことは今まで一度もなかったそうだ。

22時を過ぎたので、彼は家に帰った。

そして、彼女の訃報を聞かされたそうだ。

話はそこまでだった。

肝心の怪奇現象については明日先輩の家ですると言うので今日はひとまず解散することになった。

相変わらず外では赤い雨が降り続けていた。

赤い水溜まりがそこかしこに出来ている。

心底憂鬱な放課後だった。

まるで血を浴びるように雨を全身で浴びながら俺は帰宅した。

雨はまだ止む気配を見せない。

次の日の放課後、俺は暗条先輩と猪上先輩三人で猪上先輩の家に向かった。

昨日に引き続き赤い雨が降り続けていた。

血の臭いが昨日より強くなっていた。

異界の影響なのかそれとも別に原因があるのかは現時点では不明。

あと、ひとつ気になることがある。

首筋に感じる痛みが今までと違うのだ。

過去におきた時は、首を絞められるような痛みだったのが、熱したフライパンをあてられたような痛みに変わっている。

思考をめぐらしている内に猪上先輩の家に到着した。

赤を基調とした二階建ての家だ。

入った瞬間血の臭いが鼻をついた。

空間全体が歪む。

いや、実際は歪んでなんかいないのだろうが俺の視界には歪んで見える

気づいたら体が僅かながら痙攣している。

「気をしっかりもちなさい」

その一言で、歪んでいた視界がもとに戻る。

隣の猪上先輩を見る。

額に脂汗をかき酷く苦しそうだった。

俺の心配を察したのか猪上先輩は大丈夫だと力なく呟き中に入っていった。

俺と暗条先輩は慌てて猪上先輩のあとを追う。

二階に上がり先輩の部屋に向かう。

先輩の部屋は勉強机が一台置かれている。

あとは、勉強道具などの必要なもの以外はなにもない。

健全な高校生にしては、あまりに質素だ。

いや、ひとつ見落としていた。

勉強机には、猪上先輩と小顔で可愛らしい女の子が並んで写っている写真があった。

先輩は現在の無気力な言い方は悪いが、陰気くさい雰囲気ではなく顔全体を歪め屈託のない気持ちのいい表情を浮かべている。

見ているだけで幸せな気分になる不思議な写真である。

この写真に写っているのが志都という生徒だろう。

「あの日全てなくしてしまった」

そう、猪上先輩は寂しげに呟いた。

「なにもする気にならないんだ。志都の分まで生きなきゃならないのに」

すると突然暗条先輩は猪上先輩の話を遮った。

「彼は志都が死ぬまではクラス1の熱血漢だった。いじめをしている問題児をおもいっきり殴り飛ばしたこともあったわ」

先輩は淡々と抑揚のない声で語りだした。

「はっきりいって周りから見れば彼も問題児よ。でもね。彼がいると周りの空気が違うのよ」

先輩は口調を一切変えない。

「馬鹿みたいに愚直で誰よりも熱かった」

「志都と交際をはじめた頃はね。周りからよくからかわれたものよ。そのたびに志都は赤面し黙りこみ猪上君は猿みたいにわめき散らしていたわね。みっともないくらい」

先輩がはじめて表情を崩した。

優しげに彼女は微笑んだ。

「でもそんな彼はもういない。ここにいるのは脱け殻同然の死にたがりよ」

一気に突き放した。

気がつくと先輩は不機嫌そうに猪上先輩を睨んでいた。

猪上先輩はなにも言わない。

目には一切の感情がしんでいるかのようになんのいろも浮かんでいない。

生きたまま死んでいる死に損ないの姿だった。

「なにも感じないんだ。なにも」

先輩はまるで機械のように無機質に呟き続ける。

「最近同じ夢ばかり見るんだ。俺が見ることがなかった交通事故の夢を」

「車にひかれる瞬間彼女がこっちを見るんだ。うらめしそうに」

先輩はその夢を思い出したのか頭を抱え床にしゃがみこむ。

「あの日、迎えにいっていたら志都は死ぬことなんてなかったかもしれない。怪我程度で済んだかもしれない」猪上先輩がいっていることは全て可能性の話だ。

そんなこと言い始めたら二人とも死ぬ可能性だってあった筈だ。

先輩は良心の呵責に苛まれ、抱え込む必要もないことまで抱え込み無意味に1年間棒にふったということだろうか?だとしたら先輩は馬鹿だ。

そんなのなんの意味もない。

一体なんの解決になるというのだろう。

その瞬間、例の痛みが首筋にはしったと同時に窓ガラスがバシ、バシと激しく叩かれる音が響きわたった。

「きたわよ」

頭が揺れる。

これが例の怪奇現象だと理解するまで、時間がかかった。

「最近になって毎日だ。こういった現象がおきる」

先輩は何故か落ち着いていた。

その、瞳に死を求める死にたがりの色が浮かんだ。

先輩は死を求めている。

イライラする。

何故俺の関わる人間はどいつもこいつも馬鹿ばかりなんだ。

部屋全体が震動する。

揺れるたびに俺の首筋に汗がつたう。

視線を感じた。

敵意に満ちた視線が、俺の心臓を刺激する。

窓に視線を移すとそこには小さな影があった。

だが、変だ。

視線は天井から感じるのだ。

しかし、天井にはなんの異変も見受けられない。

「パ、チャク、クイナ」

暗条先輩が呪文を唱える。

窓ガラスがガシャと大きな音をたて割れた。

幸い窓から離れていたため怪我人は出なかった。

痛みもきえた。

先輩はなにも言わない。

ただ、無表情で割れた窓を見つめる。

「結論から言うわ」

先輩が怒っている。

最近わかってきたことだが先輩は怒っている時若干声が上擦る。

「きみが全て悪いわ」

暗条先輩が猪上先輩を睨みながら言った。

「この部屋はきみの抱えているなんの価値もない罪悪感のせいで部屋全体が汚染されているわ」

意味がわからない。

いつかの事件みたいな正負エネルギーの話だろうかと考えをめぐらしていると、心を見透かしたように違うわと先輩が呟いた。

「分かりやすく言うときみの罪悪感がこの部屋をねじ曲げているのよ」

罪悪感が空間をねじ曲げている。

いきなりそんな馬鹿げた話をされても困る。

「人間は無意識のうちに世界を侵食しているし世界も人間を侵食している。この世界はいつ崩壊してもおかしくないのよ」

前回の事件で、俺は人間の感情なんて世界にとっては無意味だと感じた。

だが、違うのかもしれない。

「きみの感情の肥大化によって生じた歪みは、空間だけではなくきみの人格も歪めてしまった」

先輩はあわれむように猪上先輩を見つめた。

「志都が自分を恨んでいる。俺は彼女を救えた筈だと実態のともなっていない妄想を抱き無意識のうちに自分、そして世界を蝕むことになった」

先輩は今まで見たこともないほど怒りを全面に押し出しこう言い放った。

「志都はそのせいで今でも成仏できないままこの世界にとどまっている。いい。今回の現象は彼女のせいじゃない。きみが彼女が恨んでいる筈だと思い込むことにより、事実をねじ曲げた。行き場のない彼女の霊ときみの肥大化した感情が摩擦したことにより事態は余計深刻化した。放っておけば、きみもきみの家族もみんな死んでいたでしょうね」

猪上先輩はその場に崩れ落ちた。

死にたがりの色は失せた。

だが、表情からは現実を受け入れられないでいることが読み取れた。

「世界は人間一人の感情で簡単に変わる。なのに人間一人が変われないなんて誰が決めたのかしら?」

猪上先輩は無表情のまま写真立てを見つめていた。

雨はなり止むことなく降り続ける。

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