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中編5
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秘密の花園

music:4

立っているだけで汗が出てくる、そんな暑い日。

私は仕事で市の施設を巡っていた。

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ある職業訓練施設の前についた頃には、ワイシャツの襟元や脇は汗で変色し、私はヘトヘトになっていた。

「よしっ!」と気合いを入れて施設の門をくぐると、玄関前で一心不乱に植木の剪定をする男が目についた。

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小学校の頃の親友Nだった。

Nは暑さを物ともせず、笑顔で剪定を続けていた。

Nは私には気づいていないようだった。

私もNに声は声を掛けず、仕事が終わると、そそくさと施設を後にした。

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私とNは、お互いに小学校で初めて出来た友達で、いつも一緒に遊んでいた。

しかし、小学校1年の夏休みの出来事を境に、Nとは疎遠になってしまった。

次第に、クラスでも浮いた存在になっていったNは、2年に上がる前に、親の意向で引っ越してしまったのだ。

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夏休みの出来事。

思い出したくもなかったが、それは25年前の話だ。

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私とNと、もう一人Kは、放課後はもちろん、土日も毎日のように一緒に遊んでいた。

当時、流行っていた遊びが、秘密基地作りだ。

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空き地の隅に、木の枝やダンボールを使って、基地を作り、そこで夕方まで、漫画を読んだり、ゲームであそんだりしていた。

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私たち3人以外にも秘密基地を作る者は多く、その空き地も、じょじょに過密状態になっていった。

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そこで、NとKと私の3人は、別の場所を探して、そこに新たな秘密基地を作ることにした。

他の誰もが知らない、本当に自分たちだけの秘密基地を作るつもりだった。

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場所はすぐに考えついた。

Nの家の近くに、秘密の花園と呼ばれる、全体がコンクリートの壁で囲まれた場所があった。

花園と呼んでいるが、壁の高さは2m以上あり、中を見たことはなかった。

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秘密の花園の周りは平屋建ての家ばかりで、Nの家も平屋で、壁の中は見えなかった。

Nによると、壁沿いに一周しても、入り口らしき物はなかったとのことだ。

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だからこそ、秘密の花園の中に入ることが出来れば、本当に自分たちだけの秘密基地を作れるわけだった。

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私たち3人は、隠し通路や壁が壊れている場所はないかと探しまわった。

しかし、Nが言うとおり入り口らしき物はなかった。

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ただ、一つだけ気になる場所があった。

壁沿いの資材置き場に、壁に接するように小さな木造の小屋があり、その木造の小屋の部分だけ、直接、壁を見ることが出来なかったのだ。

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私たち3人は、資材置き場に忍び込み、小屋の窓から中を覗いてみた。

すると、木造の小屋の中にも関わらず、コンクリートの壁がそのままになっており、そこには金属の扉があった。

小屋は扉を隠すように建てられていたのだ。

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私たち3人は、秘密の花園の入り口を見つけたことに有頂天になり、何の疑問も抱かないまま、小屋に入り、その扉に手を掛けた。

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sound:26

扉を開けると、学校の校庭ぐらいの広さで、真ん中あたりに大きな岩が積み上げられていた。

「花園じゃね〜じゃん」

と思いながらも、私たちは大きな岩に駆け寄った。

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岩はがっしりと積み上げられていたが、所々に隙間があった。

とくに中心部分に、小さなテントくらいのスペースがあり、私たちは、そこを新たな秘密基地にすることを即決した。

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翌日、私たち3人は朝から夕方まで、秘密基地で過ごした。

昼ご飯だけはNの家でご馳走になった。

その次の日も、また、その次の日も…

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夏休みが終わりに近づく頃、秘密基地には漫画やお菓子が溜め込まれており、すっかりと自分たちのくつろげるスペースとなっていた。

そのせいか、その日はリラックスし過ぎて、3人とも眠ってしまった。

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music:3

私たちが目を覚ました時には、あたりは暗くなっていた。

岩の中は、隙間から刺す月明かりで、かろうじてお互いの位置がわかる程度だった。

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Nは寝ボケていたが、私とKは夜になっていたことに戸惑っていた。

そんな時、最初に異変に気づいたのはKだ。

「何か聞こえない?」

私は耳を澄ました。

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すると、

『エッエッエッ、エッエッエッ…』

小さいが鳴き声のような笑い声のような、変な声が聞こえてくる。

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『エッエッエッ、エッエッエッ…』

少しずつ、近づいてくる。

『エッエッエッ、エッエッエッ…』

自分の心臓がドクドクと鳴るのがわかった。

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私とKは秘密基地、つまり積み上げられた岩の隙間の端から外の様子を伺った。

『エッエッエッ、エッエッエッ…』

「⁈」

私とKは顔を見合わせた。

「「中から聞こえる⁈」」

二人は同時に口にした。

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「うあぁ~~っ!」

中からNの叫び声が聞こえ、Nが逃げ出してきた。

私とKも、こちらに逃げてくるNを見て、一目散にコンクリートの壁の扉に向かって走り出した。

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『エッエッエッ、エッエッエッ…』

さっきよりハッキリと聞こえる。

私とKの後ろを駆けてくるNの方から、その声は聞こえてくる。

姿は見えないが、そこから声がするのは間違いなかった。

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扉の手前でやっとNが追いついてきた。

『エッエッエッ、エッエッエッ…』

声の元も追いついて来た。

『エッエッエッ、エッエッエッ…』

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声の元はNだった。

Kが最初に扉まで辿り着き、扉を開けて小屋に逃げ出た。

私も扉をくぐろうとした瞬間、Nに腕を掴まれた。

「ゔあぁ~!エッエッエッ…」

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恐ろしい声で叫びながら、Nは私の腕を引っ張り、扉から出すまいとした。

私は、Kに助けを求めた。

すると、Kは小屋側に体を残したまま、手を伸ばして、私の反対の腕を掴んで引っ張ってくれた。

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その瞬間、Nが気を失うように倒れこんだ。

私とKは、倒れたNを壁の外側に引き摺り出し、扉をしめた。

その後、目を覚ましたNを家まで送り、私とKは、それぞれ家に帰った。

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music:4

私は外に出るのが怖く、始業式の日まで一度も外に出なかった。

Kも同じだった。

親から聞いた話では、Nは高熱を出して2、3日入院したらしい。

とにかく、私たち3人は始業式の日、久々に顔を合わせることになった。

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NもKも、元気そうだった。

あの日の話になると、私とKは震えが止まらなかった。しかし、Nは笑顔で話を聞いていた。

他の友達と話す時も、Nはずっと笑顔だった。

普通に会話は出来ていた。

喧嘩になりそうなときも、Nはずっと笑顔だった。

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クラス中がNの不自然さに気づいていた。

Nはクラス中から無視されるようになった。

しかし、私とKは、Nと今までのように接していた。

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ある時、私とKはNの家に遊びに行った。

Nの部屋で漫画を読んでいると、

『エッエッエッ、エッエッエッ…』

Nが漫画を読んで笑っていた。

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私とKは、その日以来、Nと話すことはなかった。

Nは私とKに話し掛けてきたが、言葉の間や語尾に『エッ…』と入るようになり、私たちはそれが怖くて、無視を続けた。

結局、Nは2年に上がる前に転校してしまった。

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話は始まりに戻る。

ある職業訓練施設の前で植木の剪定をしているNを見かけた。

懐かしいNの姿に、私は声を掛けるつもりだった。

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『エッエッエッ、エッエッエッ…』

笑顔のまま、剪定を続ける姿を見るまでは……

Concrete
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