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立っているだけで汗が出てくる、そんな暑い日。
私は仕事で市の施設を巡っていた。
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ある職業訓練施設の前についた頃には、ワイシャツの襟元や脇は汗で変色し、私はヘトヘトになっていた。
「よしっ!」と気合いを入れて施設の門をくぐると、玄関前で一心不乱に植木の剪定をする男が目についた。
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小学校の頃の親友Nだった。
Nは暑さを物ともせず、笑顔で剪定を続けていた。
Nは私には気づいていないようだった。
私もNに声は声を掛けず、仕事が終わると、そそくさと施設を後にした。
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私とNは、お互いに小学校で初めて出来た友達で、いつも一緒に遊んでいた。
しかし、小学校1年の夏休みの出来事を境に、Nとは疎遠になってしまった。
次第に、クラスでも浮いた存在になっていったNは、2年に上がる前に、親の意向で引っ越してしまったのだ。
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夏休みの出来事。
思い出したくもなかったが、それは25年前の話だ。
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私とNと、もう一人Kは、放課後はもちろん、土日も毎日のように一緒に遊んでいた。
当時、流行っていた遊びが、秘密基地作りだ。
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空き地の隅に、木の枝やダンボールを使って、基地を作り、そこで夕方まで、漫画を読んだり、ゲームであそんだりしていた。
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私たち3人以外にも秘密基地を作る者は多く、その空き地も、じょじょに過密状態になっていった。
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そこで、NとKと私の3人は、別の場所を探して、そこに新たな秘密基地を作ることにした。
他の誰もが知らない、本当に自分たちだけの秘密基地を作るつもりだった。
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場所はすぐに考えついた。
Nの家の近くに、秘密の花園と呼ばれる、全体がコンクリートの壁で囲まれた場所があった。
花園と呼んでいるが、壁の高さは2m以上あり、中を見たことはなかった。
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秘密の花園の周りは平屋建ての家ばかりで、Nの家も平屋で、壁の中は見えなかった。
Nによると、壁沿いに一周しても、入り口らしき物はなかったとのことだ。
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だからこそ、秘密の花園の中に入ることが出来れば、本当に自分たちだけの秘密基地を作れるわけだった。
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私たち3人は、隠し通路や壁が壊れている場所はないかと探しまわった。
しかし、Nが言うとおり入り口らしき物はなかった。
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ただ、一つだけ気になる場所があった。
壁沿いの資材置き場に、壁に接するように小さな木造の小屋があり、その木造の小屋の部分だけ、直接、壁を見ることが出来なかったのだ。
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私たち3人は、資材置き場に忍び込み、小屋の窓から中を覗いてみた。
すると、木造の小屋の中にも関わらず、コンクリートの壁がそのままになっており、そこには金属の扉があった。
小屋は扉を隠すように建てられていたのだ。
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私たち3人は、秘密の花園の入り口を見つけたことに有頂天になり、何の疑問も抱かないまま、小屋に入り、その扉に手を掛けた。
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扉を開けると、学校の校庭ぐらいの広さで、真ん中あたりに大きな岩が積み上げられていた。
「花園じゃね〜じゃん」
と思いながらも、私たちは大きな岩に駆け寄った。
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岩はがっしりと積み上げられていたが、所々に隙間があった。
とくに中心部分に、小さなテントくらいのスペースがあり、私たちは、そこを新たな秘密基地にすることを即決した。
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翌日、私たち3人は朝から夕方まで、秘密基地で過ごした。
昼ご飯だけはNの家でご馳走になった。
その次の日も、また、その次の日も…
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夏休みが終わりに近づく頃、秘密基地には漫画やお菓子が溜め込まれており、すっかりと自分たちのくつろげるスペースとなっていた。
そのせいか、その日はリラックスし過ぎて、3人とも眠ってしまった。
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music:3
私たちが目を覚ました時には、あたりは暗くなっていた。
岩の中は、隙間から刺す月明かりで、かろうじてお互いの位置がわかる程度だった。
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Nは寝ボケていたが、私とKは夜になっていたことに戸惑っていた。
そんな時、最初に異変に気づいたのはKだ。
「何か聞こえない?」
私は耳を澄ました。
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すると、
『エッエッエッ、エッエッエッ…』
小さいが鳴き声のような笑い声のような、変な声が聞こえてくる。
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『エッエッエッ、エッエッエッ…』
少しずつ、近づいてくる。
『エッエッエッ、エッエッエッ…』
自分の心臓がドクドクと鳴るのがわかった。
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私とKは秘密基地、つまり積み上げられた岩の隙間の端から外の様子を伺った。
『エッエッエッ、エッエッエッ…』
「⁈」
私とKは顔を見合わせた。
「「中から聞こえる⁈」」
二人は同時に口にした。
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「うあぁ~~っ!」
中からNの叫び声が聞こえ、Nが逃げ出してきた。
私とKも、こちらに逃げてくるNを見て、一目散にコンクリートの壁の扉に向かって走り出した。
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『エッエッエッ、エッエッエッ…』
さっきよりハッキリと聞こえる。
私とKの後ろを駆けてくるNの方から、その声は聞こえてくる。
姿は見えないが、そこから声がするのは間違いなかった。
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扉の手前でやっとNが追いついてきた。
『エッエッエッ、エッエッエッ…』
声の元も追いついて来た。
『エッエッエッ、エッエッエッ…』
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声の元はNだった。
Kが最初に扉まで辿り着き、扉を開けて小屋に逃げ出た。
私も扉をくぐろうとした瞬間、Nに腕を掴まれた。
「ゔあぁ~!エッエッエッ…」
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恐ろしい声で叫びながら、Nは私の腕を引っ張り、扉から出すまいとした。
私は、Kに助けを求めた。
すると、Kは小屋側に体を残したまま、手を伸ばして、私の反対の腕を掴んで引っ張ってくれた。
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その瞬間、Nが気を失うように倒れこんだ。
私とKは、倒れたNを壁の外側に引き摺り出し、扉をしめた。
その後、目を覚ましたNを家まで送り、私とKは、それぞれ家に帰った。
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私は外に出るのが怖く、始業式の日まで一度も外に出なかった。
Kも同じだった。
親から聞いた話では、Nは高熱を出して2、3日入院したらしい。
とにかく、私たち3人は始業式の日、久々に顔を合わせることになった。
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NもKも、元気そうだった。
あの日の話になると、私とKは震えが止まらなかった。しかし、Nは笑顔で話を聞いていた。
他の友達と話す時も、Nはずっと笑顔だった。
普通に会話は出来ていた。
喧嘩になりそうなときも、Nはずっと笑顔だった。
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クラス中がNの不自然さに気づいていた。
Nはクラス中から無視されるようになった。
しかし、私とKは、Nと今までのように接していた。
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ある時、私とKはNの家に遊びに行った。
Nの部屋で漫画を読んでいると、
『エッエッエッ、エッエッエッ…』
Nが漫画を読んで笑っていた。
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私とKは、その日以来、Nと話すことはなかった。
Nは私とKに話し掛けてきたが、言葉の間や語尾に『エッ…』と入るようになり、私たちはそれが怖くて、無視を続けた。
結局、Nは2年に上がる前に転校してしまった。
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話は始まりに戻る。
ある職業訓練施設の前で植木の剪定をしているNを見かけた。
懐かしいNの姿に、私は声を掛けるつもりだった。
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『エッエッエッ、エッエッエッ…』
笑顔のまま、剪定を続ける姿を見るまでは……
作者nanashi
秘密の花園は、今では、マンションになってました。
秘密の花園は、古墳だったそうです。