ねえ、ちょっと聞いてくれる?
夜、友達と遊んだ帰り道だった。私は鼻歌とか歌ったりしながら自転車こいでたんだあ。私が自転車こいでる歩道の隣には、片道二車線の道路があって。あ、片道二車線なんていったら高知では広いほうなんだよ。で、昼間は車もいっぱい通ってんだけど、夜になったら車なんてまばらにしか通んない、そんな道。だから今も車はほとんど走ってなくて、もともと街灯も少ないから、ちょっと怖いなって思ってた。暗くて、静かで、幽霊か痴漢でも出そうな感じ。だから私が鼻歌なんて歌ってるのは別にご機嫌だからじゃなくて、怖いのをなんかしてごまかしたかったからなんだ。
「ふん、ふん、ふん~♪」
そんな鼻歌だから、ちょっと無理してテンション高くて、逆切れぎみ。だって怖いんだもん。
そしたらさ。私の走ってるのとは反対側の歩道から、自転車っていうかママチャリが向かってくるのが見えたの。そのママチャリがふらーって、全部で四車線ある車道を横切り始めたのね。そのときは車来てなかったから良かったけど、なんかぜんぜん前ぶれもなく横切り始めたからちょっと驚いた。後ろ見たりとか、そんな車が走ってこないか確かめる動きみたいなの、ひょっとしたらしてたのかもしれないけど、少なくとも私にはぜんぜんわかんなかった。
そのときにさあ、ちょっとだけママチャリに乗ってる人見たんだけど。なんか、ねえ。怖い感じ?
OLっぽくて、上は白いブラウスで、下はタイトなスカート。で、髪が長いストレートの黒髪だったんだけど、一瞬貞子(さだこ)さんかと思ったよ。そりゃ、貞子さんがこんなとこでママチャリ乗ってるわけないんだけどさ。自転車こいでる姿もなんか力なくて、よく言えばはかなげな感じ。今にも消えてしまいそうな、そんな感じがした。
その時、突然おっきな音がして、私の体の一部がブルって震えて超びっくりした! おっきな音はケータイのメールの着信音で、体の一部の震えっていうのはケータイのバイブの振動だったんだけど。とにかくメールだあ、って思って、自転車とめてメール開いて、でそのままメールくれた友達に返事打ってたの。
返事を打ち終わって顔を上げたら、その貞子みたいな女の人はママチャリごと、どこにもいなくなってた。
これで終わりだったら良かったんだけど……この話は、まだ続きがあって。
メールも送ったし、私はまた鼻歌歌いながら自転車こいで、ちょっと先の曲がりかどを左に曲がった。さっきまで走ってた片道二車線の道路とは違って、それは車がすれ違うのがやっとくらいの細い道で、まわりは畑しかないし、だから建物の明かりとかもなくて、ぽつんと離れて立っている街灯だけがたよりの、ほんとになにもない道。さっきまでの広い道よりもぜんぜん怖いんだけど、けどこの道通るのが家に一番近いんだよね。
自転車のライトつけようかどうか迷って、つけないでおいた。だってペダルが重たくなるし。暗いといっても、街灯もぽつりぽつりだけどあるから大丈夫って思った。けどいつの間にか鼻歌歌うのは忘れていた。
「――――!」
その時、私びっくりして声上げそうになっちゃった!
だって、街灯と街灯のちょうど中間くらいの、道の一番暗いところに、急に白いものが見えたんだもの。よく見るとそれは人だったんだ。
(やだ……、貞子さん?)
そうなの。さっきどっかに消えちゃったと思ってた貞子さんが、道の隅に立ってたの。ママチャリからは降りてうつむき加減にして、向こうを向いていた。一瞬コンタクトでも落としたのかなと思ったんだけど、よく考えたらコンタクト落としたんだったらしゃがみこんで地面探すはずだし、こんなふうに立ちすくんだりはしないもんだわ。
じゃあ、この人こんなところでなんで立ってんの?
けっきょく私は頭の中を「?」マークで一杯にしながら、んでもって貞子さんを横目でちらっと見ながら、その場を通り過ぎた。気がついたら息も出来るだけしないようにしてて、自転車のハンドルを握る手にも力がこもってた。なんか、なんかね。怖いと思ったの。私幽霊なんかちっちゃい頃に一度見たきりだし、ママチャリ乗ってる幽霊なんて聞いたことないし、その女の人がほんとに人間じゃないなんて思ってなかったんだけど、それでもなんでか怖かった。なんでだろう? 足だってあるし、服だって普通だし、顔だって……
……顔? それに気付いて、鳥肌がたった。あの人、どんな顔だったっけ?
全部で四車線ある道路を横切ってこっちくるときにも、私チラッと女の人の顔見たはずだし、さっきもおそるおそるだったけど、すごい興味あったから横目で見たのに。なのにどんな顔かぜんぜん覚えてないの。まるで、その女の人には顔がないみたいに。
はっとして、私が後ろを振り返ろうとした、その時だった――
「ギャーーー!!」
そんな凄い悲鳴が私の後ろでした。振り向くと、貞子さんがママチャリに乗って、叫びながらすごい勢いで私を追いかけてきたの!
私はもうパニックになって、悲鳴をあげながら力いっぱい自転車こいだ。こんなに一生懸命自転車こいだことなんてなかった。
それで気がつくと私は家の前についていて、貞子さんはどこにもいなかった。
えーん。私一人で泣いちゃった。
次の日の昼、明るくなったからもう平気だと思って、貞子さんが立ち尽くしてた場所に行ってみた。けどそこにはなんにもなかった。まるで昨日のことが幻だったみたいに。
私、幻覚でも見たのかなあ?
そうも思うんだけど、けどはっきり覚えてる。あの、ぞっとする、人じゃないみたいな声。けど、あの人の顔だけはやっぱり覚えてなくて。
あの女の人は、おばけかなにかだったのか、それとも頭のおかしい人だったのか、それはもう分かんないけど。
だけど、なんかね、貞子さんが立ち尽くしてた場所。そこにはなにもなかったんだけど、その前に、貞子さんが四車線ある広い道路を横切ったじゃない? ちょうどそこの、貞子さんが広い道路を横切り始めたあたりに並んでいるガードレールに、花束がくくりつけられてたんだ。
怖くて、花束の理由は誰にも聞いてません。
作者かなえ