帽子をかぶって生活してた頃の話

長編9
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帽子をかぶって生活してた頃の話

どこに書いていいのか分からなかったのですが、どこかに吐き出したくて、このサイトに登録しました。

2ちゃんとかに書いたほうがいいのかな、とも思ったのですが、書き込んだことがないので勇気がなくて...

高校の頃の話。

ある日、家族四人で晩飯を食べてると、二階から変な音がした。

変な音ていうか、明らかに読経。

坊さんの低い声と、ポクポクいう木魚の音まで聞こえる。

「なんか変な声聞こえんだけど」

と俺が言うと、親父もどうやら聞こえてたらしくて、

「何なんや、もう」

「めんどくさいことになった」

とか言いながら二階へ上がってった。

飯の途中だったけどなんとなく俺も付いてった。

で、母さんの部屋に入って木の棚(我が家の貴重品はだいたいここにある。へその緒とかもw)を漁り出した。奥の方から真っ黒な箱を取り出して中を確認するや否や、

「あれぇ??〇〇(俺の名前)のがねぇぞ!?」

と声を上げる。箱の中身は見せてくれなかった。

俺のって何?と聞くと、

「ちっこい小槌みたいなやつ見とらんか?お前触っとらんか?」

と言う。小槌って木のハンマーみたいなやつ?とか思いながら、そんなものは見たことがないので「知らん」と答えた。

ちょうど弟(当時中学生)が二階へ上がって来たので、

「おい△△(弟の名前)、お前あれ知っとるやろ。探せ」

と親父が呼びかけた。

未だによく分からないのだが、弟はどうもそれを以前見たことがあるらしい。おもちゃ箱とか貯金箱とか(そんな所には無いだろwとちょっと笑えたが)ひっくり返して探しだした。

割と目がマジだったので、あれ、なんかヤバイ?とさすがに俺も焦ってきた。

「おい、お前松本のやつ知らんか」

と親父が母さんに言う。

松本さん(仮名)ていうのは親父の旧友の一人。

ヤクザとかぶっ飛んだ人とか、濃いキャラばかりの親父の友人の中では異色というか、唯一(?)まともな人だった。有名大学に進学し、有名企業のサラリーマンをやってる。

俺が会った事あるのは一度だけだが、東京の立派なマンションに住んでいて、にこにこしながら飼ってる猫を撫でさせてくれた。気の良いおっちゃんだなぁ、とその時は思った。

なんで松本さんの名前がこのタイミングで出てくるのか分からなかったが、とりあえず俺は皆にならって家中を探し回った。

でも小槌は見つからなかった。

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リビングに全員集合した後、親父が俺に向き直って、言った。

「いいか。これから一週間、この家の中で家族以外の奴を見かけても、絶対に目を合わすなよ。

直視するな。

絶対に声をかけるな」

言ってる意味が全然分からなかった。

分からなすぎて、間もなくすごい恐怖が襲ってきた。

家族以外の奴?

この家で??

親父が言うことには、今日から一週間、俺にはこの家に居るとき限定で、得体のしれない奴が見えることがあるという。

そいつはふいに視界の端にやって来るが、間違ってもそいつの方に目を向けてはいけない。

不審に思っても、絶対に声をかけてはいけない。気付いてないふりをしろ、とのことだった。

「一回だけならまだいい。が、二回目はアウトだからな。いいな」

と念を押される。アウトってなんだ。死ぬって事か。はっきりとは聞けなかったが、母さんのマジ泣きしそうな表情がもうそういうことだと語っているようなものだった。

瞬間、何故か俺は、小さい頃の記憶がフラッシュバックしていた。

多分幼稚園くらいの記憶だろうが、やけに真剣な顔をした母さんが、

「目の端に入れるだけなら、"視た"ことにはならないから」

と言う。

ただそれだけ。

ただ母さんの表情や声のトーンがやけに真剣だったので、意味が分からないながら覚えていたのだと思う。

夢か何かかと思っていたが、後日母さんに確認したら

「あんたよく覚えてたわね」

と言われたので、実際の記憶で間違いないはず。

ただ、いつどうしてその言葉を言われたのかは謎。

聞いても「さあ」としか言われない。

そのフラッシュバックのおかげか、俺は少なからず冷静になれた。

きっとこのことを言ってたのだろう、と思ったから。目の前で落ち着かない母さんを、

「大丈夫だよ。本物の家族を大事にしろって、神様に言われたんだよ」

とか何とか上手いこと言ってなだめられるくらいには。

で。その日から俺のサバイバル生活は始まった。

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慣れ親しんだ我が家に、家族に、得体の知れないものが紛れ込んでくる、というのは想像以上の恐怖だ。

多分がちがちに緊張してたせいだと思うけど、徐脈頻脈の繰り返しで、その日々やその後しばらくは、全体的に体調が悪かった。

半年くらいは自律神経失調症ぽかったと思う。

奴らは本当に、何の前触れもなく、視界の端にふっと現れる。

晩飯の時、野球を見てる時、家族と普通に喋って、はは、と笑った時。

気を抜いた一瞬を狙ってきてるのかとも思った。

あれっ今の何?と思わず目をやりかける、その反射を自制するのが大変だった。

俺が見たそいつらの姿は、ほとんどが足下。

黄色のふわっとしたスカートに茶色のストッキングとか、ダメージジーンズ(?穴とか空いてるやつ)とか、

うちの家族が絶対に着ないような服を着ていたので、すぐ分かる。

別に何をするでもなく、携帯を睨む俺の隣にすぅっと腰掛けたり、俺の前にただじっと佇んでいたり。

その時の俺は、手はぶるぶる震えるし心臓が耳元にあるんじゃないかってくらいバクバクバクバク鳴るしで、

目をぎゅーっと閉じて顔を伏せるしかない。

早く消えてくれ、早く消えてくれ。

祈り続けて恐怖と戦っていた。

もうあんなのは二度と経験したくない。

家族はすぐ異変に気づく。

大丈夫か!と肩を叩いて声をかけてくれるが、奴らが見えるのは俺だけだ。

いつ顔を上げればいいのか。あの時間は本当に地獄だった。

こんな事の繰り返しで、いくつか気付くこともある。

例えば、奴らは文字通り、"視界の端"にやって来る。

いきなり正面に回りこんだり、顔を覗きこんだりすることは無いのだ。

奴らから声をかけてくることもなかった。

他にも、風呂場やトイレには現れない。

はじめはシャンプー後に目を開けるのが怖くて仕方なかったが、どうやら大丈夫らしいと気付いた後半は、なかばヤケになって浴槽の中でふんぞり返ってたw

こちらも対策は取った。

最初はおでこに手を添えて視界を遮っていたが、非効率であることに気づいて、二日目からずっと野球帽を被って生活していた。

これがタイトルの由来。

俺は野球が大好きだけど、野球帽を見るたびにこの日々のことを思い出すので、かなり複雑な気持ちになる。

他にも、奴らに焦点を合わせないようにするには他のものに焦点を合わせている必要があると気付き、

常に近くの何かを見つめることにした。

ほとんどは携帯。

他、喋ってる家族の目とか、机上の食器とか。

特に見るものがない時はずっと焦点をぼやかしたままでいた。

家族も工夫してくれた。

俺に声をかけるときはまず肩を叩き、「〇〇、」と名前を呼ぶ。

帰るときはインターホンを鳴らし、家族が開けてくれるまで待つ。

夜は親父とリビングで寝て、頭まで布団をすっぽりと被った。

朝は母さんが布団をめくって起こしてくれるまで待つ。

さながら団体戦だ。

しかし俺は、一度だけ奴らを正面から見てしまったことがある。

俺は猫が好きで、うちの猫を暇になったらちょいちょいかまっていた。

三日目の夜。

その日も気を紛らわすためにトコトコ歩く猫を眺めていると、おや、と違和感に気付いた。

なんと言うか、うちの猫は家猫らしく締まりのない顔をしているのだが、その猫はやけにきりっとしているというか、顔つきが随分シュッとしてたんだw

あれっこいつうちの猫じゃない、

と思って、思わず

「誰だお前!!」

と声をあげてしまった。

驚いた家族が駆け寄ってくる。

その時、全然違うところからひょいっと本物の猫が出てきた。

偽物の猫は、何も言わず、緑の目でこちらをじっと見ている。

二匹の猫を目の前にしたときの俺の絶望ったらなかった。

ああ、これ詰んだな、とまで思った。

俺はほとんど足元を見ながら生活していたから、予測のつかない動きで足元にやってくる猫と目を合わせないことは不可能に近いと思ったからだ。

癒しである猫をまともに見ることも出来ないのか、というのも堪えた。精神的に。

これで一回目。

二回目はアウトだ。

正直あの時は死を覚悟した。

ただ、不思議なことにあの日以降、奴らが猫に化けて出てくることは無かった。

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6日目の夜。

確か、今から電話できるか、みたいなメールが友達から来て、俺は

「電話回線を乗っ取られることってあるのかな」

とか考えて母さんに相談した。

(今振り返ると笑えるが、あの時は本当に色々神経質になってた)

母さんは

「大丈夫だと思うけど、お父さんに聞いてみる」

と言って、二階で洗濯を干してる親父の元へ行った。

俺は手持ち無沙汰になってしまったので、携帯を適当にいじりながら時間を潰していた。

少したった頃、

とんとん、

と肩を叩かれた。

あれ、母さん降りてきたか?

と思って顔を上げようとして、

ぞわっと寒気がした。

いつまでたっても、俺の名前が呼ばれない。

俺はぎゅっと目をつむった。

母さんなら名前を呼ぶはずだ。忘れるわけがない。

顔を伏せて、バクバクいう心臓をなだめながらじっと待つ。

もう去っただろうか?

という頃合いを見て、目を閉じたまま手を伸ばしてみた。

その手をぎゅっと誰かに握られた。

ぞわっと鳥肌が立って、

俺はわけが分からなくなって、手を握られたまま

「母さーん、母さーん!」

と喚いた。

あれ?目の前にいるのに声出すのってアウトか?いやでもコイツに呼びかけてる訳じゃないし、

とあれこれ考える。

6日目にして未だはっきりしないアウトセーフラインも混乱に拍車をかけていた。

まぁ今生きてることを思えばセーフだったようだが。こればっかりはまじで分からない。

握ってくる手は暖かくも冷たくもなく、普通にただの人肌。

なのに相手は人ではない。

その事実が何より恐ろしかった。

握られていた手が突然、ふっと離れる。

はっとして、やった、消えたか、

と思わず目を開けようとする。

と。

ずぼっ!と。

いきなりスウェットの中に大量の手が潜り込んできた。

大量、といって四本か五本かくらいだが、

少なくとも一人分ではなかった。

しかも冷たい。

先程と打って変わって、氷水に浸したようだ。

その手が、あろうことか俺の脇や腹をさわさわとくすぐりだしたのだ。

俺は思わず声を上げかける。

その場はなんとかこらえたが、じわじわと積み重なるむず痒い感覚に、やがて我慢が効かなくなる。

駄目だ、駄目だ、はやく逃れなくてはと、

必死で身をよじった拍子に、ぐらりと体が傾いた。

バランスを崩して、椅子ごとぶっ倒れたのだ。

狭い家だから、頭とか顔とかあちこちにぶつけながら、

ガターン!とひどい音を立てる。

それでも目は決して開けなかった。

バタバタ上から音がして、

「〇〇!大丈夫か、〇〇!」

と俺の名前を呼びながら肩を叩く両親。

全身の痛みに震えつつ、俺はようやく目を開けた。

二人の顔を見て、一気に泣きそうになってしまったのを覚えてる。

その翌日、つまり最終日、

松本さんからという小包を見せられた。

中身はピンクの小さな箱で、底には達筆で俺のフルネーム。

開けるとストラップみたいに加工された小槌が出てきた。

大きさは3センチくらい。本当に小さい。

親父が松本さんと何度か連絡を取っていたのは知っていたが、

「松本がこれに念を込めてくれたから。肌見放さず持っとけ」

と親父が言う。

その日は一日休みだったので、左手にそれをビニールテープでぐるぐる巻きにして過ごした。

これを持っている限りは大丈夫だというので、はじめは不安だったが、午後には久々に帽子をとって過ごした。

やっと広い視界の中で、親父と真正面向いて笑いあえて、その時はまた泣きそうになってしまった。

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それ以来、俺は変なものを見ることはない。

たまにそれっぽい夢も見たが、怖いながらもただの夢として片付けている。

貰った小槌は今も財布に付けている。

お金が貯まればいいなぁと思ってるけど、今のところそんなことはないw

今は大学に行って、実家も出た。

就職も多分こっちでする。

それこそ盆正月くらいしか帰らない実家だが、俺は正直それでも憂鬱だ。家族は好きなのに。

実家に帰れば、リビングで親父と寝てる。

親父も何も言わずに、今もそれに付き合ってくれてる。

Concrete
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とても怖かったです(  Д ) ゚ ゚
お経のような声から始まっての恐怖の1週間は生き地獄でしたね。。

小槌はご家族全員分あるのですか?両親に何故こうなったか聞いてないようなので..気になりました。

「奴ら」は巧妙な手口で視界に入り込んできましたね。まさか猫とは(((*>д

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