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雨がしとしと降っている。
雲はそこまで厚くないようだが、木々に囲まれてあたりはどんより暗かった。
もう一度木々の間から建物をながめてみる。
この山奥にはいささか不釣合いな、おしゃれなコテージだ。
そっと玄関の前まで忍びよる。
2階の方から笑い声が聞こえた。
良かった、玄関をくぐってすぐご対面、という事態は避けられそうだ。
音を立てないように慎重に中に入ると、そのまま右手の小部屋に入っていく。
部屋の中には配電用の設備があった。
私はそっとブレーカーに手を伸ばした。
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ここにはM男に連れられて何度か来たことがあった。
だからどこに何があるかは大体把握している。
それにしても、よくもまあこんなところにこんなものを建てたものだ。
郊外に別荘を持つセレブに憧れたようだが、軽井沢や那須高原のような都市圏御用達の別荘地ならいざ知らず、こんな地方で郊外といったら周りは本当に山しかない。
それでも初めて連れてもらってきた時は、別荘に招待されたというだけで嬉しくてしょうがなかった。
だが、冷静になってみると本当に馬鹿げている。
まあ今回も一緒に来たのが私だったら、まだ夢の中にいたのかもしれないけれど・・・
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ブレーカーを落とし、小部屋の入口から死角になる場所で待つ。
すぐに階段を降りる音が聞こえ、ドアが開いて外の明かりがわずかに差し込んだ。
「っかしいなあ、そんなに電気使ってないはずだけど」
そう言いながらブレーカーの前まできたM男に背後から包丁を突き刺す。
「!?」
M男は向きを変えながら倒れこむように壁に寄りかかった。
浅かっただろうか?
もう一度体重をのせて腹を刺す。もう一度、、もう一度。
ずるずると壁を這うようにうずくまる。
暗くてよく分からないが、こちらを見て目を見開いているように感じた。
顔を近づけて耳元で囁く
「あなたが悪いのよ」
はじめは小刻みに震えていたが、やがて段々と動かなくなった。
しばらく動かなくなるM男を見つめていた。
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「ねえ、何してるの~?遅いよ~」
「・・・・・・・・・・?」
「M男くーん・・・?どうしたの~?」
S美だ。
上から降りてきたS美は部屋の入口から中を覗き込んできた。
「M男・・・く・・ん?」
・・・・
「ッ!?」
もう一人いることに気づいたようだ。
よく見えるように前に進み出ていく。
S美はそれに合わせて一歩ずつ後ずさる。
小部屋からでると薄暗い外の光が顔を照らした。
手には血がべっとりとついた包丁を握っている。
「Y・・子・!!」
へなへなと座り込むS美。
逃げようと手足をばたつかせているがうまくいかない。
そのまま距離をつめる。
「ひぃ、人殺しぃ」
やっとのことで振り絞った声。
失禁してしまったらしく床が濡れている。
「いいザマね」
そう言って顔を蹴り上げる。
「いやぁ、やめてぇ」
顔を腕で覆うようにガードしたので、無防備な下半身を包丁でさしてあげた。
「あああッ痛いッ痛いッ!何で?私が、、何したって言うの?」
「人の男をとるからよ、このビッチ野郎ッ!」
「M男くんの方から私にいいよってきたのッ!」
「何ですって!?よくそんな出鱈目を言えるわねッ!」
「あなた逃げられたのよッ!きっと魅力がなかったんでしょ!?」
「うるさいッだまれッ!」
「それもそうよね、人殺しをする女なんかッ!」
「人殺し?あんたは人じゃなくて獣じゃないッ!
人の男に見境なく発情してッ!!」
言いながらS美に切りつける。
顔、腕、足、無我夢中で包丁を振り回す。
致命傷になる部位ではないからか、なかなかS美は死なない。
女とは思えない力で包丁を持つ右手にしがみついてきた。
包丁を左手に持ち替えて、今度は首のつけねを突き刺した。
何度も何度も何度も・・・
それでも足らず、顔や胸をめちゃくちゃに切りつける。
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はぁ・はぁ・はぁ
どれくらいたっただろう、気がつくとS美は動かなくなっていた。
血と尿で辺りはひどい有様だ。
返り血もたくさん浴びてしまった。
まあいい、こんな山の中には誰も来ないだろう。
ゆっくり後始末すればいい。
外はいつの間にか土砂降りの雨になっていた。
雷も時々聞こえてくる。
しばらく放心した後、とりあえず電気を付けようと立ち上がった。
立ち上がろうとして、誰かに右手を引かれる。
S美だ。
ビクッとして包丁を身構える。
だが、S美は右手を掴んだままピクリとも動かない。
試しに掴んでいる手を切りつけてみるが、やはり動かない。
それはそうだ、S美はもう死んでいるのだ。
最後の力を振り絞ってしがみついたのだろう。
流石にこのままというわけにはいかないので手を開かせようとする。
するのだが、S美の右手は固く閉じられ、ビクともしない。
包丁でS美の腕を切断しようと試みたが、案外人体というものは固く切断できそうにない。
途方にくれる。
死んでまでもこの女は。本当に悪い冗談だ。
しばらく包丁を片手にS美の右手と悪戦苦闘したあと、仕方なくS美を引きずったままブレーカーのある小部屋に行った。
女の体重とはいえ人一人を引きずっていくのは骨が折れる。
右手を掴まれた状態で、左手でS美の腕をつかみながら、後ろ向きで綱引きのように引っ張っていく。
やっと部屋までたどり着き、ブレーカーを戻す。
おかしい。電気がつかない。
何度かプレーカーの ON/OFF を切り替えるが電気がつく気配はない。
居間まで戻って電気のスイッチをいじってみたが、やはりダメだった。
この雷雨で本当に停電になったのだろうか?
その場に座り込み、この後どうするか考える。
とりあえず車でここから出ようか?
でも、S美に右手を掴まれたままで?
人に見られたらすぐ警察を呼ばれるだろう。
とにかくS美を何とかしなければ・・・
これは死後硬直というやつなのだろうか?
であれば、死後硬直が解ければ自然とS美の手も離れるのだろうか?
死後硬直の時間を調べようとしてスマホをとりだす。
・・・だめだ、忘れていた、ここは圏外なのだ。
しょうがない、とりあえず車でどこか別の場所に行こう。
死後硬直であればいつかはS美の手から解放されるだろう。
車の座席に座らせておけば、死体だとは気づかれないかもしれない。
何よりこれ以上ここには居たくなかった。
!
一瞬右目の端で何かが動いたような気がした。
慌ててS美の方を確認する。
S美は先ほどと同じ状態で転がってる。
気のせい、か・・・?
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ずる・ずる・ずる・・
雨の中、車を停めた場所までS美を引きずっていく。
きっと第三者がいたら異様な光景に写るだろう。
ホラー映画とかにありそうだ。
コテージから見えないよう少し離れた場所に停めたせいで、結構長い距離を引きずっていかなければならない。
やっと車まできてまた悩む。
どうやってS美を車の中に入れる?
とりあえず死体を抱えて運転席のドアから無理やり引きずり込もうとする。
密着しなければならなかったが、もう死体を気味が悪いなどと言ってはいられない。
肩や足が引っかかって、S美を入れる作業は中々うまくいかなかった。
ここまでS美を引きずってきたのもあって、汗が滝のように出てくる。
何とか助手席にS美を押し込んで気づく。
この状態で運転席に座ると、右手を助手席の方に伸ばしたすごく不自然な体勢になる。
こんな体勢で運転できるだろうか?
ためしにエンジンをかけ、ギアをドライブに入れて慎重にアクセルを踏んでみた。
最初はよかったものの、曲がろうとしたところでS美の体がずり落ち、思いっきり手をひかれた。
慌ててブレーキを踏む。
ダメだ、ダメだ、ダメだ!
こんなんじゃ運転なんてできない。
車を停めて仕方なくコテージに戻った。
何かS美の腕を切断できそうなものを探そう。
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コテージを探し回って斧を見つけた。
何とか片手で扱えそうなサイズだ。
この頃にはもうくたくただった。
だが、これでやっとS美から解放される。
斧を振りかぶり、S美の腕めがけて振り落す。
ぐちゃ
左手だけだと上手く力を出せず、骨を切断するまでには至らない。
もう一度、こんどはもっと勢いをつけて振り落す。
ガゴッ
狙いが外れ、木の床に傷をつけただけだった。
下手をすると自分の腕まで傷つけてしまいそうだ。
めげずにもう一度斧を振りかざす。
ぐちゃ
「クソッ」
ガゴッ
「クソオォッ」
ぐちゃ
「大体、あんた、なんなのよ!」
ガゴッ
「死んでまで、私に、」
ガゴッ
「迷惑かけて!」
ぐちゃ
「どれだけ、迷惑かければ、」
ガゴッ
「気が、済むのよ!」
ぐちゃ
「このぉ、」
ぐちゃ
「豚野郎!」
ぐちゃ
「離せ、早く、」
ガゴッ
「離しなさい、よぉ!」
ぐちゃ
「おまえなんか、」
ぐちゃ
「おまえなんか、死んでしまえ!」
ぐちゃ
・・・
ぐちゃ
ぐちゃ
最初は悪態をつきながらだったが、途中から声を出す気力も失せた。
S美の腕はひどい有様だ。
肉が裂け、血で真っ赤に染まり、ところどころ骨が見えている。
それでもまだ、S美の腕はつながったままだった。
はぁ・はぁ・
呼吸を整える。
雨はいつのまにかあがっていた。
外からは西日が差し込んでいる。
しばらくそのまま休憩する。
1つの作業に集中していたからか、疲れのせいか、不思議と恐怖や不安といった感情はなかった。
むしろ妙なすがすがしささえ感じる。
もういいや。
このまま死後硬直が解けるまで待とう。
所詮は死体だし、何かされるというわけではないじゃないか。
解放されるまでじっと待っていればいいだけ。
ああ、ここまで這いずり回ってバカみたいだな。
特に車に乗せようとしたのは良くなかった。
血も付いちゃっただろうから、帰ったらちゃんと洗浄しなくちゃ。
洗浄しても警察がしらべたら血液反応とかでるのだろうか?
でも、2人の死体はここにあるのだから、車に入れたとは考えずに調べられないかもしれない。
ここが発見されるのはいつぐらいだろう?
休みが明けて、会社に2人が来なくて、2、3日後に警察に連絡するくらいかな?
やっぱり疑われるかなあ・・・
それにしても、S美から解放されるのはいつぐらいだろう?
まあ手を離させようともがいても疲れるだけだから、もうこのままじっとしていればいい。
最悪一晩このまま過ごすことになってもいつかは解放されるのだから。
・・・一晩・・・
ざわ
微かに胸がざわめく。
外を見てみた。
太陽はまだ赤くはないが、もうすぐ山陰に隠れてしまいそうだ。
こんな山の中だ、太陽があの山の向こうに消えればすぐ暗闇が迫ってくるだろう。
このままここで一晩過ごす?
誰もいない、電気もつかないコテージの中で、S美に右手を掴まれたままで?
どこかに行っていた恐怖がふつふつと湧きあがってくる。
スイッチが入ったように斧を振りかざす。
ダメだ、じっとしていてはダメだ、気が狂ってしまう。
あああああああああああああああああああ
叫びながら斧を何度も何度もS美の腕にたたきつける。
ぐちゃ ぐちゃ ぐちゃ ぐちゃ
暗闇はもうすぐそこまで迫っていた。
はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ はなせ
徐々に視界が闇に飲まれていく中、右手を掴む感触だけがはっきりしていた・・・
作者石太郎
いつもは読む側だったのですが、怪談としておもしろそうなネタを思いついたので投稿してみました。物語自体書いたことがなかったのでちゃんとした文章になっているか心配ですが、怖がってもらえましたら嬉しいです。