4月から大学生になる。
「まずは、住むところを探さないとな」
ということで、不動産屋に来ていた。
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「親にも無理して仕送りしてもらい、申し訳ないな…」
という気持ちからか不動産屋の人にも
「あの…住めればいいんで。多少ボロくてもいいですから」
と話していた。
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不動産屋の人は「そうですか…」といって、
後ろの棚からファイルを持ってきて、
アパートの写真が写ったページを開いた。
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「ここはどうですか?」
そう不動産屋の人が言って、
「風呂なしですが、近くに銭湯があって、
学生証を見せれば、割引してくれますよ」と続けた。
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俺は「えっ、割引いてくれるんですか? そこの銭湯?」
すこしでも節約できるなら、こちらとしては嬉しい。「もうこのアパートいいじゃないか。
ちょっと、所々サビついているけど、卒業するまでの辛抱だ」
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そう自分を納得させ、その日にアパートを見に行き契約した。
契約が終わったところで、不動産屋の人はこんなことを言った。
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「住んでいる方たちは、
みなさんおとなしい人たちですから」
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なんとなくその言葉が、すこし引っ掛かったが、もういい。
いよいよ、学生生活スタートだ。
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学生生活がスタートして、数日後の夜。
「ガタガタ…」という物音で眠りから覚めてしまった。
時計をみると、夜中の2時だ。
「なんの音なんだ…」
聞いているとどうやら、洗濯機をまわす音みたいだ。
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「なんでこんな時間に。 近所迷惑ってもんを知らないのか?」
「不動産屋も住人はおとなしいって、言ってたじゃないか…」
すこしイライラしながらも、布団を頭までかぶって、その夜はふたたび、眠りに落ちていった。
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数日たった日の夜、
昼間の講義内容を復習しようと、
遅くまで机に向かっていた。
「ガタガタ…」っと、また洗濯機を回している音。
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「なんでこんな時間に。よっぽど仕事が忙しいのか?」
いろいろ思いながら、時計を見る。
時間は夜中の2時をさしていた。
「このまえと同じ時間…」
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そう思っていると、なにか声が聞こえてきた。
「グスッ…。うぅっ…。グスッ…。うぅっ…」
その声は女の人のようで、鼻をすすりながら、
泣いているようだった。
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「部屋の外で泣いているのか…?」
「いったい、何号室の住人なんだろう」
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手を止めて、
しばらくその声に聞きいっていた。
すると、だんだん洗濯機の音と、
すすり泣く女の声は聞こえなくなっていった。
そのあとしばらく、机に向かったが、
集中力がなくなり、布団に入って寝ることにした。
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しばらくたったある夜、
居酒屋のバイトを、俺は始めていた。
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バイトはまだ始めたばかりで、
深夜、自分の部屋に戻ってきたところだった。
「あーっ、なんだよチクショーっ」
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そう言葉にだしながら、部屋のかべに背中をおしつけて、
そのままズルズルっとしゃがみ、
その辺にあった漫画を台所に向かって
投げつけていた。
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バイト先の先輩に理不尽な説教をされ、
苛立っていたところだった。
すると、またあの音が聞こえてきた。
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「ガタガタ…」
また、洗濯機を夜中にまわす音が聞こえる。
時計をみると、時間はやはり、夜の2時をさしている。
しばらくすると
「グスッ…。うぅっ…。グスッ…。うぅっ…」
と泣いている女の人の声が、また聞こえてきた。
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このときは、なんとなく気になり
「ちょっと、様子をみてみよう」
そう思って部屋のドアをすこし開けて、
外の様子をうかがった。
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「2階のどの部屋の住人だろうか…」
そう思って、もうちょっとドアを開け、
2階の各部屋に通じている通路を見渡す。
「だれもいなさそうだよな」
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あらためて、玄関に置いてある
サンダルを履き、
自分の部屋をでて、様子を確認しにいった。
204号室のまえあたりに、昔の2層式の洗濯機がある。
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「これがさっきまで、うごいていた洗濯機だろうか…」
そう疑問に思うほど、その洗濯機は古かった。
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「それにしても、さっきまで、泣いていた女の人は?」
「もう部屋に入ったのだろうか…」
いろいろと腑に落ちない、気持ちをかかえながら自分の部屋へと戻っていった。
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翌朝の10時頃、
俺は近くのコンビニまで行くのに、
部屋のドアのカギを閉めていた。
すると、アパートの1階の方から物音がしたので、自分のいる2階から、その様子をうかがっていた。
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アパートの1階にある部屋から
荷物を運んでいて、
その人は、50代くらいのおじさんだった。
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「そういえば、初めてここのアパートの住人を見かけたよな…」
そんなことを考えて、その様子を見ていると、
そのおじさんもオレに気づいて、こう質問してきた。
「お兄ちゃん、このアパートに住んでるの?」
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1階からそのおじさんは呼びかけた。
オレはもちろん「はい、そうです」と答えた。
続けて俺も「このアパートの住人の方ですか?」と聞く。
ちょっと間があってから、妙なことを言った。
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「このアパートに住んでいる人は、
だれもいないよ」
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住んでいる人はだれもいなってどういうことだろう…。
夜中に洗濯機を回していたのは…?
あれは人ではなかった…ということ?
なんだか、サーッと、
背筋が寒くなってきたような感じがした。
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そのおじさんはこう続けた。
「いやー、ここの家賃やすいでしょ?
だから、物置小屋みたいにつかっていてね。
家から近いし。それにここ、
夜中になると、洗濯機まわしながら、
女のすすり泣く声が聞こえるっていうんで、
住む人はいないんだよね。
不動産屋の人、なんか言ってなかった?」
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その言葉を聞いて俺は思い出した。
不動産屋が言っていたあの言葉。
「住んでいる方たちは、みなさんおとなしい人ですから」
あの言葉の本当の意味は、このことだったんだ。
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最初から、このアパートには、
俺1人しか住んでいなかった…。
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その後すぐに友人に電話し
「今夜、泊めてくれ」と言っていた。
その友人は「おまえ、住んでいるところ、どうしたんだよ。
アパートあるだろ?それに布団1つしかないぜ」
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すると俺は「一緒に寝ればいいじゃん。頼むよ…」
とその友人に懇願していた。
「キモチ悪いやつだなー」
そう、友人に言われつつ、
住んでいるアパートであったことを説明し、
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その夜は、友人の家に泊めてもらえることになった。
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そのあとも、しばらくその友人の家に泊めてもらい、あれ以来、夜にアパートへ戻ることはなかった。
ほどなくして、あのアパートからは、
引っ越しすることになった。
作者ゆすけ