私は毎晩決まって同じ夢を見ていた。
海で溺れる夢だ。
最後には体が動かなくなり、底知れぬ闇に沈んで行く。
夢から覚めるまで意識はあるが、夢の途中で自分が事切れるのがわかる。
「あ、今死んだ」
と感じる瞬間があるのだ。
しかし、起きたあとの気分は悪くない。
私は毎朝、新しく生まれ変わったような、すがすがしい気分と共に目覚めるのだ。
だが、自分が死ぬ夢を毎晩見るのだ。
悪い予感がしなくもない。
そう考えていたある日、駅前で夢占いなるものをしている老婆を見かけた。
胡散臭さが前面に出てはいるが、妙に説得力のあるいでたちをしていた。
私は例の夢を話し、相談してみた。
老婆はただ一言、
「前世の記憶だよ」
なるほど、あたりさわりのない答えだ。
前世など確かめようがない、インチキには持ってこいの言い訳だ。
私はこれ以上話しても無駄だと思い、無言で代金を置くと、足早にその場を後にした。
そんな出来事も忘れかけていた頃、私は仕事を終え、歩いて自宅を目指していた。
人通りのない路地に入った瞬間、不意に後頭部に鈍痛を覚えた。
「お前が悪いんだからな…」
という声を聞いたと同時に意識を失っていた私が、目を覚ました時に見た光景は、見覚えのあるものだった。
雲一つない月夜。
眼前に広がる、水平線。
あの夢と全く同じだ。
何故、自分がこんな目にとは思わない。
私も、まっとうな人生を歩んで来たほうではない。
恨みなど人一倍買っていただろう。
「あのババァめ…やっぱりインチキじゃねぇか。前世の記憶なんかじゃない。予知夢だったのか。」
そんなことを呟きながら、夜空を見上げ、死を受け入れようとしていた。
夢と全く同じなのだ、助かることはないだろう。
そう考えながら、いつも自分の死を悟る瞬間に近づいて行く。
しかし、私はその時気付いた。
「今日は満月か…。」
夢ではいつも三日月だった。
「ははは…なんだ、あれはただの夢だったのか。予知夢ですらなかったようだ。」
死を目前にした私にはどうでも良い事だった。
程なくして、私はその生涯を閉じた。
一人の男が姿を消した数十年後。
ある占い師の老婆が一人の客に話していた。
「また会ったね。それは前世の記憶だよ。」
それを聞いた客は、納得のいかない顔をし、代金を無言で置くと、足早に去ってて行った。
老婆はそれを無表情に見送ると、一人で呟いた。
「次に会うのはいつだろうねぇ…。」
終
長文、駄文失礼しました。
怖い話投稿:ホラーテラー ひろしさん
作者怖話