中編4
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憧れの名車

これは私の幼なじみの話しです。

私の幼なじみは根っからの車好きで、語り出せば一時間くらい平気で語り通すくらい車が好きでした。その彼をAとします。

ある日、Aから飲みの誘いがありました。なんでも見せたいものがある、とのことで。もう私が東京に出てきてしまったので、地元に帰ってくるのはお盆と正月くらいのものでしたので、里帰りした次いでにと、二つ返事で返しましました。

当日、私が指定された飲み屋に着くとそこにはAと同じく小学校からの付き合いであるBもいました。久しぶりとか、そんな会話の後にAが中から手をこまねく飲み屋に入りました。

互いの近況や上司の愚痴を酒の肴に飲み会は進みます。しかし、Aは明らかにおかしいのです。何故ってノンアルコールビールやソフトドリンクしか口にしません。いくらコッチが飲めと言っても飲まないのです。そっちから誘った癖になんだよ、なんて思いつつ、まあいいかと流していました。

そして飲み会は終わり、各自解散、となるかと思いきや、Aが送っていく、と言い出しました。そう言えば見せたいものとやらをまだ見ておりません。

得意げな表情をするAがドヤ顔でポケットから取り出したのは鍵でした。金色の逆三角形の紋章からBと私は思わず声をあげました。

「ポルシェ?!」そう、彼は念願かないポルシェを手にしたのでした。闇に隠れる駐車場の隅に目を凝らすと確かにそこには赤いポルシェ928が止まっています。A曰く、修復歴はあるものの、大きな損傷はなく、見た目も新車バリのコンディションでその割に格安で手に入れられたとのこと。Bと2人でAを茶化しながら左ハンドルのその車に乗り込みます。4人乗りなので、Aがドライバー、Bが助手席、私が後部座席です。正直ちょっと狭かったです。

そんなこんなで夜のドライブが始まりました。私の田舎は山のなかなので、中心街から各自の家へ帰るには幾つか峠道を通らなければいけません。1つ越えたところにB宅が、もう一つ越えたところに私の自宅、そしてA宅はもう一つ越えたところにあります。これで小学校が同じなのだから、相当田舎ということは御察し頂けるかと思います。

シャッターが閉まっている中心街を抜け、道は曲がりくねり出しました。Aはココぞとばかりに攻めだします。私は狭い後部座席で途絶える事の無い縦Gと横Gの連鎖で悶絶状態でした。一方Bは満更でもないような感じでもっと飛ばせー!とか騒いでいたと思います。

頂上の信号で止まった時です。

ぎゃあああああああああああああああああああ

Bが突如として叫び出しました。

どうしたんだよ?

Aの問いかけにBはサイドブレーキノブを指差しながらガタガタと震えています。

手が…手が…細い手が…

あまりに突然の事なので、私もAも「は?」という状態に。

Aは

きっと飲みすぎたんだろ、女の細い手なんて見えないじゃないか。

と相手にしませんでしたが、私はBのあまりの怯え様に酔いがすっかり冷めてしまいました。結局Bは家に着くまでずっと絶対見た、と引きませんでした。Bが降りた事により私は助手席に移り、Aと共にもう一峠越しました。会話はもっぱら高校に進学する際に別れてしまった元カノが妊娠して二児の母になっていることでした。でも、その会話の真っ只中に見えちゃった気がするんですよ、その、例の手。酔いがまだ冷めきってなかったんだとその時は判断しました。

我が家につき、いつかまた飲もうと約束をして別れました。

玄関を開けると、エプロン姿のつまが出迎えてくれました。着ていた上着をリビングの椅子に掛け、酔い醒ましに水を一杯飲み干しました。もう一杯飲もうと蛇口を捻ったとき

ちょっと!あなた今日本当は何処に行ってきたのよ!

掛けた上着を持ちながら、妻が鬼の形相で立っていました。

呆気に取られている私にさらに妻は

これを見ても白を切る気?

と上着から

長い髪を摘んで見せました。

もちろん、誓って私はその手の店には行ってませんし、浮気だなんてこともしません。

だとすると…

私は全身から血の気が引くのがわかりました。

頼む、車出してくれ

喉から声を絞り出して妻に頼みました。

はぁ?

当然の反応が帰ってきます。

いいから早く!!!

状況の読み込めない妻を無理矢理運転席に座らせてAの通ったであろう道を辿りました。

丁度峠の中腹と言えるくらいのところにAの車はありました。

道路脇の立木に正面から突っ込んで。車はボンネットがくの字にへし曲がり、フロントガラスに、は蜘蛛の巣状のヒビが走り、エアバッグが作動していて、とてもヤバそうな匂いがしました。

すぐさま呼んだ警察と救急を呼びました。

駆けつけた救急隊の方曰く、何かが首に絡まっていてあと5分発見が遅かったら危なかった。意識がなかったのは脳震盪だから恐らく大丈夫、だそうです。

ところでこの後Aにもう一悶着ありまして、以下Aに聞いた話しです。

病院を退院したときに、警察に任意同行をくらった。罪状は轢き逃げ。なんでも、ひび割れたフロントガラスに女性の髪の毛が挟まっていたが、事故現場にその女性の身体、ないし遺体はなく、これだけの衝撃を食らって歩けるはずはない、とのことで、どこかで人を轢いたんだろ?と疑われた。

その後DNA鑑定が行われ、結果的に言うと、Aは無罪放免となりました。

なんでかって?

その女性、その928に轢かれて5年前に亡くなってるからですよ。

A曰く、頭文字Dに憧れて調子こいて峠道飛ばしすぎちゃった(テヘペロ) だそうです。

それにしても

なんでBが叫んだ時に"女の手"ってわかったんでしょうね。

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