私には好きな人がいる。バイト先で出会ったお客さんだ。私はカフェでバイトをしていた。マスターと私しかいないようなこじんまりとした個人経営のお店だ。そのカフェには、毎週日曜日の14時過ぎに来るお客さんがいる。そのお客さんは優しい目をしていて、いつもコーヒーとケーキを注文する。23、4歳くらいだろうか。
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「いつも日曜日に来てくださいますね」
「あぁ、仕事が忙しくて日曜日くらいしかゆっくりできないんですよ」
「彼女さんが大変そうですねぇ」
「…いえいえ、いませんよ(笑)いたら
今の時間はデートしてますよ」
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私は、かっこいいのになぁ…?と思っていた。他愛のない話をして、冗談を言い合ったりした。彼は不思議な魅力を持っていた。私がちょっと褒めても、「営業トークが上手いね(笑)」って茶化すだけだったけれど、嬉しそうな表情を見せてくれたのは確かだったと今でも思っている。
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そのお客さんのおかげで、1週間頑張れたと言っても過言ではない。日曜日に会えることを楽しみにして、土曜日の寝る前はなかなか寝付けなかったものだ。
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マスターは、彼と連絡先を交換していたが、私はお友達になってくれませんか?と直接言うタイミングを失い、お客さんは、そのうち来なくなってしまった。来なくなって2ヶ月が経ち、「(彼女が)いたら今の時間はデートしてますよ」という言葉を思い出し、ちょっとだけ泣きそうにもなった。
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迷惑なのはわかっているが、どうしても、
一言だけでも、交わしたかった。お友達になれなくても、あの人の心の中を知りたい…。でも、私からもし連絡が来たとしたら…。絶対迷惑だと自分でもわかった。なんてマスターはやりとりしているのだろう。気になって仕方がなかった。
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ある日、意を決して彼にメッセージを送った。当然彼から返事はなかった。
「直接言いたかったけれど、言えなかったのでメールしました。迷惑でなければ、お友達になってくれませんか?……。」
「もっと早く言えばよかったのにごめんなさい。」
などの文言を並べ、三通目で諦めた。
次は電話をしてみた。やはり、出なかった。
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ある日、彼が来店した。私は目を輝かせた。彼は、深刻な面持ちであった。顔面蒼白で、息を荒くして、彼はマスターに
「……彼女って、僕が通うのをやめたちょっと前に亡くなったんですよね?」
と尋ねた。
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マスターは目を丸くした。やがて、伏し目がちに「………ええ、交通事故で…。どうなされましたか」と答えた。
彼は細かく震え始めた。蒼い顔は更に色を増し、歯をガチガチと鳴らせた。彼は、
「彼女から…!彼女からメールが来たんですよ!……最初はイタズラかと思いました。けれど、僕らしか知り得ないことを言ってるし、着信拒否にしても来たんですよ…!」と続けた。
マスターは、自分の仕業ではないと、自身の潔白を主張し、お祓いするようにアドバイスし、腕がいいとされる霊媒師を呼んだ。
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でも、私は、まだ、彼の本心が聞けていない。
私はここにいると叫んでも声にならない。
ずっと待っていたのだ。
彼からの返事を。
だから、私は鳴らし続ける。
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ピリリリリリリリリリリリリ……。
作者奈加
読んでいて、「ん?」となるところがあるかと思いますが、最後の方で真相がわかるかと思います。「〜したものだった」や、「バイトをしていた」など不自然な過去形になっているのは彼女がもう死んでいるからです。
わかりにくくてすみません…!