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中編5
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夏の終わり

気温は随分と低くなっていた。

夏が終わろうとしていた。

東京で働いていた私に、昨日病院から連絡があった。

高齢の父が倒れて病院に運ばれたらしい。

倒れた原因は脳梗塞だということだが、幸い症状は軽く入院はそんなに長くはかからないという。

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母は3年前に亡くなった。

交通事故だった。

だから、父は群馬の山奥にある小さな町で一人で暮らしていた。

子供は私だけだ。

倒れた父に会いに行かない訳にもいかず、父が倒れた翌日の朝一番で、久しぶりの実家に帰ってきた。

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午前中は父に会いに病院へ行った。

1年ぶりに会う父は、3年位年取ったようにも思えたけど、後遺症も残らず元気なようだった。

そんな時、父は私に繰り返し忠告した。

”インターホンのブザーが鳴っても決してドアを開けてはいけないよ”

NHKの勧誘だったり、とってもいない新聞の勧誘が来るからということだった。

父の顔は少し悲しそうだったけれど、この時は別に気にもならなかった。

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病院から家に帰ってきた頃にはもう日は暮れていた。

外は雨が降りだしていた。

誰もいない我が家は少し寂しかった。

家は掃除が行き届いていた。

父は昔から仕事ばっかりの人で家事は母任せだったので、家がこんなにも綺麗なことに驚いた。

まるで、母が亡くなった3年前から時が流れていないかのようだった。

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窓を開けると涼しい風が入ってきて気持ちが良かった。

雨音とせっかちな秋の虫が鳴き始めていた。

山奥の季節の移り変わりは速く厳しく、そして美しい。

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私は風呂に入ってから食事の準備をしていた。

雨はシトシトと降り続いていた。

私がテレビでもつけようかとチャンネルを探しているまさにその時だった。

ピンポーン

インターホンのブザーがなったのだ。

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父からは、インターホンが鳴っても無視しなさいと言われたのは記憶にあった。

変な勧誘が来るのなら、”もう来ないでください”と私が言うべきだ。

私は父の忠告を無視してドアに向かった。

そして、ドアを開けた。

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そこに立っていたのは母だった。

3年前と変わらない母だ。

驚く私を見て母は穏やかな笑みを浮かべて言った。

”テツヤ。帰ってきてたのね。会えてうれしいわ。”

私の肩をポンと叩くと、玄関に腰をおろし靴を脱いだ。

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母は当然のように家に入ってきた。

母は、キッチンのやりかけだった料理を見ると、これまた当然のように料理の準備にとりかかった。

”テツヤも料理するのね。うまいじゃない”

久しぶりに見る母の後ろ姿は、やはり小さく今にも消えてしまいそうだった。

母は傘もささずに来たが、不思議と彼女は全く濡れていなかった。

あぁ、やっぱり母は死んでいるんだ。

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”どうして、母さんがここにいるの?”

何か少し間抜けな質問にも思えたけど、そんな言葉しか出てこなかった。

冷静とは程遠い状況だ。

"テツヤに会いたくってね。成仏できなかったみたい。"

母は料理をしながらそう答えた。

なんだか少し楽しそうだ。

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"これで最後なの。"

母はテーブルの上に豚肉と野菜の炒め物を用意しながらそう言った。

"どういうこと?”

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"テツヤにね会えたから。これが最後なの。本当によかった。"

彼女は再び次の料理にとりかかっていた。

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母が交通事故で亡くなった翌日は母の誕生日だった。

毎年、母の誕生日にプレゼントを送るような親孝行な子供ではなかったけど、その年は母のためにプレゼントを用意していた。

綺麗な靴だ。

母が亡くなってからも、なんだか捨てられなくって包装紙のまま、実家の2階に今も置いたままになっていた。

"ちょっと待っててね。母さん。"

私は母が消えてしまうんじゃないかと思って大急ぎで2階に向かった。

意味なんか無いかもしれないけど、母の喜ぶ顔が見たかった。

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2階から大急ぎで戻ってくると、そこに母の姿はなかった。

あるのは、豚肉と野菜の炒め物と、大根のお味噌汁と炊きたてのご飯だ。

玄関の外を見渡しても、人影はなく、雨が相変わらず降り続いているだけだった。

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私は誰もいない食卓に向かい、母の作ってくれたご飯を1人で食べた。

なつかしい味が口の中に広がる。

自然と目から涙がでてきて、それにつられるように、少しの間だけ声をだして泣いた。

強くなった雨音に私の泣き声は消され、素直に泣くことができた。

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翌日、父は何事もなかったかのように退院した。

家に帰る途中、スーパーで適当に惣菜を買って家で食べることにした。

その夜は晴れていて、私の家の周りは街灯が少なく星がよく見えた。

父は医者からは酒は控えるように言われたが、缶ビールを美味しそうに飲み始めた。

父に昨日の母との出来事をなんだか言えずにいた。

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私と父は乾杯をした。

父の退院祝いだ。

惣菜を2人でつっつきながら、仕事とか結婚とか他愛のない話しをした。

そんな話をしている途中、昨日と同じようにブザーが鳴った。

はっとしたような顔をした父は、急ぐように玄関に向かった。

私はそのままテーブルに座り、父を待つことにした。

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郵便物を手に父は戻ってきた。

なんて事はない。父が以前インターネットで注文したお酒が届いたのだ。

その後、ブザーが鳴ることはなく父は夜はやいうちに床についた。

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なんだか寝つけない私は自分の部屋のベッドの上で夜空を見上げていた。

綺麗な星空と共に、虫の音が聞こえる。

昨日よりその泣き声は強くなったみたいだ。

その時、流れ星が大きな尾を引いて夜空を大きく横切った。

私はふと母にあげるはずだったプレゼントの箱に目をやった。

処分しようと思った。

いつまでもここに置いておく訳にはいけない気がした。

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丁寧に包装の紙を剥がすと白い箱が現れる。

箱の表面には靴のブランドの名前が誇らしげにプリントされている。

高級な靴だ。

箱をそっと開く。

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あるはずの靴はそこに無かった。

その時、外から強い風が入ってきて部屋の中を通過した。

外で冷やされたその風は私の頬には少し冷たかった。

虫の音は相変わらず強く続いていた。

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@むぅ

頑張ります!!

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