1 鱍瀧橋
運動会やスポーツ競技でリレーと言うのがある。
駅伝なども同様で、襷(たすき)やバトンを渡して次の競技者に引き継ぐものだ。自分が全力を尽くして相手に引き継ぐ、チームワークの団体競技でありながら、個人競技でもある。
個としての自分をアピールできながら、仲間との一体感も味わえるのだろう。
さて、話は全く変わるが・・・。
渡良瀬川(わたらせがわ)が流れる高津戸峡(たかつどきょう)には「はねたき橋」と言うのがある。遊歩道の橋なのだが橋には「鱍(はね)瀧(たき)橋(ばし)」と漢字で書かれている。
高津戸峡は風光明媚(ふうこうめいび)な絶景スポットで、秋の紅葉の時期には川沿いの遊歩道を歩く観光客で賑わっている。 遊歩道を歩いて登って行くと「鱍瀧橋」と書かれた歩道橋があり対岸に渡ることが出来る。 この橋はかなりの高さがあり、下を見下ろすと目が眩(くら)むほどである。
この「はねたき橋」は地元で有名な自殺スポットで知られていて、TVの心霊番組等でも何度か取り上げられている。由来は不明だが、良くある噂話(うわさばなし)としては、かつてここには「高津戸城」があり、その城の姫が不慮の死を遂げ、その姫が橋を渡る者を引きずり込む。と言ったような真しやかな話がある。
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2 知人の話
私が数年前に知人のB子から聞いた話を紹介しよう。
B子の話によると、ここでは仮にA美さんとしよう。このA美さんが紅葉を見ようと高津戸峡に出かけて行き川沿いの遊歩道を歩いていた。紅葉を撮ろうとしてカメラを出そうとした時、丁度そこに木造の庵(いおり)があったので、そこのベンチに腰掛けて写真の準備をしながら一息ついていた。
すると、川下から一人の女性が歩いて登って来た。
「こんにちは」女性が声を掛けてきた。
「こんにちは、いいお天気ですね」とA美も挨拶を返した。
女性はにこっと笑顔で道を尋ねてきた。
「この遊歩道を上がって行くと、あの橋に行けますか?」
「ええ、出られますよ。途中に急な階段があるけどそれを登って少し行けば左手に橋が見えますよ。お気をつけて!」A美がそう言ってあげると女性は、
「ありがとうございます」と深々と頭を下げて歩いて行った。
だが、女性の後頭部は血だらけで、ぐしゃぐしゃになって脳の一部がはみ出していた。
A美は驚いて凍り付いた。
「あの人、この世の者じゃないんだ。服装も昭和初期みたいな恰好だったし・・・」
そう心の中で呟(つぶや)いた。
すると女性が歩みを止め、振り返ってこう言った。
「聞こえたよ、 今のあんたの声。 聞こえたよ・・フフフ・・・」
A美は怖さのあまり身動きできない。 女性は続けて言う。
「そうさ、あたしはあの橋から飛び降りたのさ。確かに生きた人間じゃないんだよ。けどね、そう言うあんたは生きてるつもりなのかい? フフフフフ・・・・」
A美はそう言われて、自分の過去が走馬燈(そうまとう)のように脳裏に甦(よみが)る。
「そうだ、私もあの橋から飛び降りたんだった」
A美は過去の自分を思い出した。そして自身の姿を見ると、かつて日本がバブル経済だった時のイケイケファッションをしている自分に気が付いた。
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3 B子
私はB子からこの話を聞いたのだが、夏の暑さ真っ盛りだった時でもあり、「丁度良い怪談だ、涼しくなっていいね!」などと冷やかした。
しかしB子は、
「でも、私はこの話怖いわよ、ただの怪談じゃないと思うわ。あの橋は昔から飛び降りで有名だし、新聞とかにも出てたしね~、怖い怖い!」
そんな話をしてくれたB子は、それから二か月ほど経(た)ってから「はねたきばし」から身を投げた。
現在のはねたき橋は、自殺防止のフェンスが設置されているが、B子は夜中にそれをよじ登って無理矢理投身自殺を図ったらしい。
自殺の原因が全く不明なので、呪いや祟りと言った話にますます拍車(はくしゃ)がかかっているようだ。
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4 引継ぎ
警察の調べによると、遺体は死後3年以上経(た)っているらしく、腐乱もせずになぜその場所に留(とど)まっていたのか不明で、警察も首をかしげていると言う。
と言うことは、二か月前に会った時のB子はすでにこの世の者では無かったと言うことだ!
この事件の直後、私は恐怖に慄(おのの)いた。
「もしかすると、次は自分の番なのではないだろうか?」 と・・・。
だが私は何年たっても生きている。今でも元気に生きている。男だからなのか?
はねたき橋で身を投げる者は女性が殆(ほとん)どだと聞く。夜中になると女性や子供の霊があらわれると言われている。
私は幼少期に、親類の老婆におかしな“まじない”をされたことがある。内容は全く覚えていないが、何やら呪文の様な言葉を唱えて、手の甲に指で何かを書かれた。
「これでもう安心だよ、ボクが健康で長生きするようにおまじないをしてあげたからね」
老婆はそう言って私の頭を撫でた。
この“まじない”が功を奏しているのかわからないが、今でも元気で生きている。
私の拙(つたな)い文章を最後までお読みいただいてありがとうございました。
折角(せっかく)ですので、このバトンは私の代りに、お読みいただいたあなたに引き継ぎたいと思います。
お元気で!
完
作者高草木 辰也
自殺の名所、「はねたき橋」。しんだことを忘れていた女性が・・・。
※)この作品は作者の作り話です。実話ではありません。