ぴり。ぴり。ポロポロ。ポロポロ。【姉さんシリーズ】

長編8
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ぴり。ぴり。ポロポロ。ポロポロ。【姉さんシリーズ】

俺には4つ年上の姉がいる。

いや、4つ年上の姉がいたーーーと言うべきだろう。

元々、俺と姉とは血は繋がっていない。姉は養子だったからだ。

姉がどういう出生で、どんな理由で養子として玖埜霧(クノギリ)家に引き取られたのか。両親も姉も語ろうとはしないから、俺も聞こうとは思わないまま、大人になった。ただ、姉からは一言だけ自分の出生について聞いたことがある。

「私は生まれた時、人間に近いけど、人間にはなりきれなてなかった。人間になり損ねるところを、玖埜霧家のご夫妻(つまり俺達の両親)に救って貰った」

意味が分からないし、解りかねる。俺の目から見たら、どう見ても姉さんは人間だ。高校卒業と共に玖埜霧家の養子から抜けた姉さんは、玖埜霧夫妻から付けられた仮の名前ーーーまあ、この名付けにも色々あってのことらしいが、それはまた話すとして。仮の名前である玖埜霧御影(クノギリミカゲ)から本名である物部明姫(モノノベアカルヒメ)へと戻し、立派(?)に社会人をしている。

今年26歳になる姉さんは、【怪異撲滅ゴーストバスター】という、如何にも怪しげな会社を起こし、大学を出たはいいもの、就職浪人だった弟の俺を自社に引っ張り込んだ。社長が姉さんで、弟の俺が社員という、怪異よりも怪しくて異質な会社。

どんな業務内容かは、知りたくもないだろうが一応記しておくとーーー

【怪異撲滅】である。

○○○

その人は金崎愛流(カナサキメル)と名乗った。自称ユーチューバーだという彼女は、美容系で売り出しているとのこと。

確かに艷やかで肩まである茶髪はキレイに手入れされていたし、顔立ちは可愛らしく、華奢なというか、モデル並みに細い。ただ、右手の甲を怪我しているのか、赤く腫れている箇所があった。

「あのー、不躾な質問なんですけど。お金って幾らくらいかかります?私、そんなに稼いでるわけじゃなくて‥‥‥」

「登録者50万人いるのに?再生数足りてないの?」

おずおずといった様子で尋ねてくる金崎さんに、姉さんはスマホで彼女のことを検索しながら、ぶっきらぼうに言い放つ。金崎さんはムッとしたように、ソファーで寛ぐ姉さんの隣に座っている俺を見た。

「お金、幾らかかるかと聞いてます」

「あー、えーっと‥‥お気持ちで大丈夫‥‥ですよね、社長?」

今度は俺がおずおずといった様子で姉さんに尋ねる。姉さんはフンと鼻を鳴らすだけで、不機嫌そうに両腕を組むだけだ。金崎さんもまた不機嫌そうに、俺が先ほど出した珈琲を不味そうに啜る。

ここは東京都内にある橘ビルの2階にある本社【怪異撲滅ゴーストバスター】。その応接室である。古びたテーブルを挟んで、金崎さん、俺と姉さんとが向かい合って座っている。金崎さんは数日前、パソコンから本社に依頼してきてくれたお客様なのだ。

こんな怪しげな会社をわざわざ選んで依頼してくれるということは、彼女は相当な変わり者ーーーいや、失言。彼女はある現象に悩まされていた。

彼女の依頼内容はーーーお食事中の方がいらっしゃるなら、読み飛ばして下さることをオススメしたい。これは結構グロテスクな内容だから。

「口からポロポロって出るんです」

異変に気付いたのは、つい先週のこと。夜、就寝前に歯磨きをしていた時のことだったそうだ。歯磨き粉を歯ブラシに付けて歯を磨いていると、口の中に違和感があった。舌で触ると、ゴロッとした触感。

歯が抜けた?まさか、硬い物なんて食べてないのに。

驚いた彼女は、思わず異物を口の中から吐き出した。洗面台にボトリと落ちたそれ。

白いーーー小さな裸の人間ーーーに、見えたそうだ。大きさは3センチほど。つるんとした肌に、むっちりとした赤ん坊のような体格。陶器のように妙にテカテカと白光りしている。顔には目や鼻、口の辺りに空洞があるだけ。吐き出した当初は、仰向けになっていた【それ】は、呆然とする金崎さんの前で、ヨチヨチ立ち上がる。

「ーーーうっ、」

吐き気が込み上げてきた。こんな気味の悪い物を吐き出した自分が気味悪い。胃液が込み上げ、胃の中の内容物を全て吐き出した。

ポロポロポロポロ‥‥‥ポロポロポロポロ‥‥‥

吐瀉物にまみれて、白く蠢く物が大量に洗面台を占拠する。先ほど彼女が吐き出した、小さな3センチほどの肉塊と同じ物だった。金崎さんは喉の奥で小さく悲鳴を上げると、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。

ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。

皮膚が妙に引き攣れる感じかする。ふと半袖から覗く右腕を見ると、内側から皮膚が破られ、中から白い顔が見えた。つるんとした顔には目も鼻も口もない。その辺りには申し訳ない程度に空洞があるだけ。

ポロポロポロポロ‥‥‥ポロポロポロポロ‥‥‥

ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。

左腕から。右手から。左手から。首元から。胸元から。脇腹から。肩甲骨から。背中から。腰から。右の太腿から。左の太腿から。右の脛から。左の脛から。右足首から。左足首から。

ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。

ポロポロポロポロ‥‥‥ポロポロポロポロ‥‥‥

金崎さんは気絶したそうだ。

「‥‥‥それからしょっちゅうですよ。寝てる時も、起きてる時も、ユーチューブ撮ろうとしてる時も。皮膚が引き攣ってる感じがして。見たら、あの気持ち悪い変な白いのがボコスカ出てくるんです。マネージャーに相談したら、精神科とか心療内科に行けって言われるし、ユーチューブにも身が入らないから再生数伸びてないどころか失速してるし。でも、あたしは精神に異常きたしてるとか、そんなんじゃないです。根っからのポジティブ思考だし、悩んでることもないし‥‥‥」

そう言いながら、落ち着かない様子で右手の甲の傷を擦る金崎さん。今この瞬間も、皮膚を内側から破って、その白い肉塊が出てくるのではないかと怯えているように見えた。

「ガキ」

姉さんは彼女の話を全て聞き終わるや否や、面倒臭そうに言った。

「‥‥はあ?何よガキって。あなた、依頼主に対してさっきから失礼でしょ!」

そう吠える金崎さんを前に、姉さんは立ち上がり、スタスタと備え付けの小さなキッチンへ。俺も慌てて姉さんの後に続く。

「ちょっと‥‥だめだよ、ガキだなんて失礼なこと言っちゃ。そんなことだから、先月も先々月も依頼ないしさ。たまのお客様なんだから、もっとこう、サービス精神でいかなきゃ」

「うるさい黙れいいから戸棚からカップラーメン出して」

「カップラーメン!?お客様の前で食事する気?幾ら姉さんが無骨だとはいえ、それは流石に‥‥」

「無骨もクソもあるか。おい欧介(オウスケ)、無骨じゃなくて豚骨のカップラーメン出せっての。早くしろ早く。熱湯を耳に注いでやろうか」

「‥‥豚骨はないよ。醤油味なら」

沸いたお湯がたっぷり入っているであろうポットを持ち、こちらに向けて猛禽類のような眼差しを向けている姉に逆らえる弟がこの世にいるだろうか。いや、あの世にだっていない。

俺は渋々戸棚を開けると、非常食(というより、俺と姉さんの毎日の昼食)である醤油味のカップラーメンを取り出し、ビニールを破いて蓋を開ける。姉さんはそこにお湯を注ぐと、割り箸を持って応接室に戻った。俺も慌ててその後に続く。

金崎さんは鞄を引っ手繰り、今にも帰りそうな雰囲気だったが、ちらりとこちらを見た。

「何それ。カップラーメン?あなた達、お客の前で腹拵えする気なの?信じらんない」

俺も信じらんない。

だが、姉さんはコトリとラーメンをテーブルに置いた。自分の前ではなく、金崎さんの前に。

「、ちょっと‥‥」

何か言いたそうな金崎さんを手で制し、姉さんは目を瞑り、お経をかなり乱暴に噛み砕いたような、独創的なお経を上げる。一通り上げ終わると、姉さんは一言こう言った。

「あなたには餓鬼がついてる。飢えた鬼と書いて餓鬼。その吐きダコーーーあなた、食べた物を普段から吐いてる。そうでしょ」

「あ、」

金崎さんは慌てて左手で右手を覆い隠す。吐きダコーーーそれは神経性大食症の人に出来る特徴の1つ。自分で食欲をコントロール出来ず、食べたいという欲求を抑えられないため、大量に食べてしまう。そしてその罪悪感から逃れるために、指の付け根などを喉の奥に突っ込み、嘔吐する。何度も指の付け根を口の中に突っ込むため、歯に皮膚が当たり、タコとなる。それが俗に言う「吐きダコ」だ。

姉さんは続ける。

「餓鬼っていうのは、その名の通り飢えた鬼。昔は飢饉や戦で人々は飢えに飢えていた。死んだ親兄弟の腐った屍肉を貪り食って生きた子どもが、やがて鬼と化したーーーなんて言われてるよ。子どものことをガキと言うのは、そこから来ている。子どもが貪り食う姿を飢えた鬼に例えたんだ。この豊食の時代、知らず知らず餓鬼に憑かれている人間は多い。あなたのように」

「あ、あたしは‥‥だって、美容系ユーチューバーだから、太りたくなくて‥‥」

「だからそのストレスから食べて吐いてを繰り返した。大量に食べては吐き続けた。吐きダコは、1回や2回の嘔吐で出来るものじゃない。習慣化されている証拠だ。だから餓鬼はやってくる。心の隙間に入ってくる。餓鬼に取り憑かれるのは、食べ物に感謝せず、粗末にしている人間にだけだ」

姉さんは顎でカップラーメンを指した。

「食べることは、命を頂いて自分が生き延びることーーー尊くもあり、残忍なことだ。食べ物に感謝して頂くこと。それが餓鬼を落とす除霊になる」

「でも‥‥カップラーメンだなんて。あたし、カロリー高い物食べると、また吐きたくなるし‥‥。第一、食べることが除霊って、何かインチキ臭い。本当にそれだけでいいの?」

「食べないと、私があなたを食べる」

冷えた口調で姉さんが言い放つ。その無機質な物言いに、俺は髪の毛の生え際や背中に鳥肌が立った。恐らく、金崎さんもそうだったのだろう。無言でソファーに腰を下ろすと、恐る恐るカップラーメンに手を伸ばす。

流石にすぐ麺を啜る気にはなれなかったのか、スープを一口二口。眉を顰めながらも、ゆっくり麺を割り箸で掬い、口に運ぶ。

「美味しい‥‥」

金崎さんの眸に涙が浮かぶ。久し振りの食事なのか、吐いた後で何も食べてなかったからなのか、噛み締めるようにゆっくりと、麺を啜り続ける。咀嚼し、飲み込む。そしてまた麺を啜る。あらかた食べ終わると、彼女は両手を合わして「ご馳走さま」と言った。

ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。

ポロポロポロポロ‥‥‥ポロポロポロポロ‥‥‥

金崎さんの唇が横に縦に避ける。顔と同様くらいに開いた口から、3センチほどの人形をした肉塊が、勢い良く飛び出した。その数、ざっと10体以上。

ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。ぴり。

ポロポロポロポロ‥‥‥ポロポロポロポロ‥‥‥

唾液なのか胃液なのか、透明な液体に塗れて蠢くそれに、俺も思わず吐き気を催す。我慢出来ずに応接室を飛び出し、トイレに駆け込んで全て吐いた。

「き、気持ち悪い‥‥‥。あれが、餓鬼‥‥?」

口元を拭い、立ち上がろうとすると。便器の中に、吐瀉物に塗れて何かが動いた。白っぽく、ぶにゅぶにゅとした人形の肉塊。目も鼻も口もなく、それらが本来ある位置には、ポッカリと開いた空洞があるだけ。

そいつは歯のない口(といっても空洞だが)を笑みの形に歪ませ、甲高い声で言った。

「オマエモキノウゴハンノコシタデショ。イーケナインダイケナインダ」

俺は気絶した。

Concrete
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修行者さん、お久し振りでございます。まめのすけ。です。
覚えていて下さり、嬉しいです!
パソコンを替えた影響で、ログイン出来ずに新しく登録致しました。
嗚呼、懐かしいです。
ありがとうございます!

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ん?あれ?まめのすけさん??ご本人ですか?
姉さんシリーズだあ!お帰りなさいませ!!お待ちしてましたっ!!

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