今から十年くらい前、俺が学生だった頃。
友人の紹介でチラシ配りのアルバイトを引き受けた。
引き受けたはいいものの、いざやってみると、かなり大変だった。
人のたくさん集まる駅近くにずっと立ってチラシを配っていたが、
一向に誰も手に取ってくれない。
時間が過ぎても減らないチラシに、俺は苛立ちを覚え始めた。
その時、いいアイデアがひらめいた。
近くに建て替えのために取り壊しが決まっている団地群があったことを思い出したのだ。
あの団地全部のポストに投函すればいいんだ。
それならば、少なくともチラシを捨てたことにはならないと思った。
無人になった団地の一階にある集合ポストに一つ一つチラシを入れて回るのは、
面倒ではあったがどんどんチラシが減っていくので気分が良かった。
その中の、ある棟の集合ポストにチラシを入れ終わり、さぁ次だ。という時だった。
集合ポストすぐ横の一階の窓に、
女の人が顔と広げた両手をガラスに食い込むんじゃないかと思うくらいにへばりつけてこちらを見ている。
その顔は異様に白く、充血した目と真っ赤な唇がその白さのせいでかなり目立っていた。
なんだ、この人、ホームレスか何かか?
どうして俺を見てるんだろう?
と思った。
しかしよく考えたら、取り壊しが決まっているので、全ての家は無人で鍵がかけられているはずだ。
しかも電気だって水道だってきていない。
それにホームレスなら、見つからないように隠れる事はあっても、
窓いっぱいに両手のひらを広げて顔を張り付けているなんておかしい。
外の方が明るいので、窓ガラスが鏡のように外の景色を映し出している。
そのせいか、ガラスに張り付いている手と顔しか見えない。
中の間取りは分からないが、張り付いている高さからいって物凄く背の高い女性だと言うことが分かった。
それなのに顔も手も、自分より背の低い女性にしか見えない。
台にでも上っているのか?
そう思った時だった。
いきなり女性の後ろに人影が現れて、その女性の張り付いている手と髪を掴むと部屋の奥へと引きずり込んだ。
外の景色が窓に映り、部屋の中は薄暗いので何がどうなったのか確認することが出来なかった。
ただ、この事態はただ事ではないと言うことだけは分かった。
女性が張り付いていた一階の部屋のドアの前につくと、ドアノブを回してみた。
当たり前だが、ドアは鍵がかかっていてびくともしなかった。
階段を降りてまたあの窓を見に行ってみると、もう何もなかった。
残ったチラシを確認し、もう一度あの窓に目をやると、
背筋が凍りついた。
あの女性が最初の時とまったく同じように窓にへばりついていたのだ。
ただ最初と違う点は、女性の後ろに大きな人影があり、その女性の髪を上に吊り上げるように鷲掴みにしていた。
人影は男性のようだった。
怖くなった俺は、次の集合ポストに残ったチラシを全部放り込むと、そのまま団地を後にした。
それから程なくして、その団地は取り壊された。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話