これではとあるホテルでの出来事だ。
ドーナツ化現象が騒がれる昨今では珍しくない通り、都会に近いこの街にはいくつかビジネスホテルがあり、他の町から出張で働きに来る者がそういった所に一時的に身を休めるのである。
とある男性が、まだ新しいホテルに宿泊することになった。
この男性、大の恐がりで、このホテルに出張に行くのだと友人に話した所、おもしろがった友人に皆まで言わずとも彼が泊まるホテルには”でるらしい”という情報が入ってしまっていた。
勿論恐がりな男性は、仕事を切り上げてホテルにチェックインしてからも不安でたまらず。どうせ今夜だけなのだから、と早めに休むことにしたのである。
だが、一度恐怖にかられるとなかなか睡魔は訪れない。
無意味に羊の数を数えたりして、何度も何度も布団の上で寝返りを打っていた。そんな夜中の出来事であった。
―ドンドンドンドンッ―
決して気のせいではすまされない程、その部屋の廊下に通じるドアがけたたましく叩かれる音が響いてきたのは。
男性は泣きそうになりながら布団を被り、耳を両手で塞いでやり過ごそうとした。
だが、そうして逃げようとすればする程音は大きさを増してゆくようで、時折叩く以外にもがき苦しんでズルズルとドアにすがりつくような、ひっかく音すら聞こえてくる始末。
意を決して布団から抜け出し、未だ叩かれ続けているドアからは十分な距離をとって、震えそうになる自分を叱咤して声を張り上げた。
「ど、どうしましたかー!」
すると、今までの騒音が嘘のように音が止んだ。
火事や地震、その他の用事でフロントの係員からのそれなら、これで何らかのコンタクトがあるはずである。
だが、待てど暮らせどそこは無音で。
ドアを明けて確認する勇気などこれっぽっちも持ち合わせていない男性は、しばらく待ってから抜き足差し足、ベッドの方へと戻ろうと背を向けた。
その時である。
―ドンッドンドンドンドンッ!!―
先ほどよりもまだ大きな音でドアが叩かれ始めたのだ。
男性はもうパニック状態に陥って、フロントに電話をかけようとしたのだが、もしも繋がらなかったら、最悪今以上に恐ろしいモノが電話に出たとしたらと考えると手が止まってしまう。
また先ほどのイモムシのように布団に潜り込み、鍵だけはかけたことを祈りながら信じても以いない神や仏に助けを求めた。
―ガチャガチャガチャッ―
やがてドアを叩く音は、ドアノブを乱暴に回す音に変わる。
男性はどうか早く朝が来ますようにと、必死に願うばかりであった。
それからあまりにも長い時が過ぎて、ドアの叩く音の間隔が長くなり、止んだ。
勿論一睡も出来ていないものの、これ以上この空間にいることが恐ろしくてたまらない男性は、フロントに電話をして慌ててチェックアウトし、帰宅した。
それからしばらくして、またあのいらない知識を植え付けてくれた友人に、お前のせいでこんな目にあったのだ、と先日のホテルでの話をする。
勿論友人が話をしたからあんな目にあったという確証はないが、それでもあれ程の怖い目にあったのだ。恨み言の一つや二つ、こぼしても罰は当たるまい。
友人も分かってはいるのか、特に気を悪くした風ではなく、当初男性に話をした時のように悪びれもせずカラカラと笑った。
「いやな、あそこのホテルの土地でさぁ、昔大きな火事があったのよ」
話の筋としてはありがちな、逃げ遅れた人がそこで焼け死んで、ドアを叩いて助けを求めていたのだろう。
死して尚現世に留まり続け、人々を恐怖させるそれに辟易しながら男性は、開けなくてよかったよ、と呟いた。
それを聞いた友人は少し首を傾げて、こう言ったのである。
「何で?そいつ部屋の中から外に逃げたくてドア叩いてたんだろ?」
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有名な話ですね^^ もう既存だと思いますがあげてみます。
怖い話投稿:ホラーテラー みこつさん
作者怖話