近くの広い公園には二つの公衆トイレがあります。
一つは公園の改装の時に建てられた、新しいトイレ。
もう一つは改装前の昔からある、古いトイレ。
古い方の公衆トイレは、改装の時にも何故か手を付けられずそのまま残っているもので、改装の当時小学生だった僕達の間でよく噂になりました。
幽霊が出るだの、取り壊そうとしたら事故が起きただの、そんな感じの噂がほとんどでした。
おまけにほとんどの子が「公園で遊んでも、あの公衆トイレには近寄っちゃ駄目よ」なんて親から言い付けられていたので、古い公衆トイレの噂はますます増えるばかりでした。
そんなある日、友人のTが肝試しを提案したのです。
ちょうどその日は夏祭りで、帰りが多少遅くなっても親が大目に見てくれる数少ない日でした。
午後8時頃、公園には僕とT、それにSとYが集まりました。
Tは懐中電灯と、星のマークを描いたかまぼこ板を持っていました。
肝試しのルールは、まず一人がかまぼこ板を公衆トイレの一番奥の個室に置いてきて、次の一人がそれを持って帰ってくるというものでした。
一番手は、じゃんけんでYが行くことになりました。
正直な話、僕はビビり上がっていました。
しかし、昔からTと張り合うところのある僕は、彼の提案に乗らざるを得なかったのです。
しばらく待っていると、Yが戻ってきました。
順番にS、Tと行き、最後は僕の番でした。
Tは懐中電灯を僕に手渡すと「なんとも無かったぜ」と得意げに笑いました。
僕は対抗心を燃やしました。
「だったら、懐中電灯無しで行ってやる」
そう言って、公衆トイレへ向かったのです。
しかし公衆トイレへ近づくにつれて、僕は後悔しました。
外灯からも離れている上に、そのトイレには電灯もありませんでした。
つまり中はほとんど何も見えない真っ暗闇なのです。
その上、なにかヤバい空気が漂っているようにも感じました。
病院で嫌いな注射の順番待ちをしているように、皮膚がびりびりする緊張感を感じるのです。
ビビりとからかわれてもいい、中に入らず戻ろう。
結局僕はその場から逃げるようにしてT達の所へ戻りました。
それからはしばらくからかわれたのですが、中に入らなくて本当に良かったと安堵していました。
それから何年かして高校生の頃、家に泊まりに来ているTが、久しぶりに肝試しの話をしました。
「そんなこともあったな」と懐かしさで話は盛り上がり、その勢いで再び肝試しをすることにしました。
時刻はちょうど午前2時を回ったくらい。
肝試しには絶好の時間帯です。
同じく泊まりに来ていたSと、3人で公園へ向かいました。
今回は一人ずつ行くのでは無く、3人一緒にトイレへ入ることになりました。
元々思い出話から始まったことなので、肝試しというよりかは「懐かしいついでにちょっと怖い気分を楽しもうぜ」くらいの感覚でした。
公衆トイレは昔から変わらずそこにありました。
僕は幼い日の恐怖が甦るのを感じました。
あの日と同じ圧迫される緊張を感じました。
しかし、呑気に「やっぱり雰囲気あるな」などと笑い合っているTとSの姿を見ると、怖いから帰ろうとも言えませんでした。
今は三人いるんだし、ちょっと入るだけだから……
そうして僕は、恐る恐る足を踏み入れたのです。
トイレに入って、僕は懐中電灯で中を照らしました。
男女共用で、3つの個室に3つの男性用小便器が並ぶだけのトイレです。
古いせいか、あちこちに黒い染みがついていて、それが不気味さを引き立てていました。
先程からの圧迫感はまだ続いています。
「確か、一番奥の個室に札を置いてくるってルールだったよな」
ふとSが言いました。
「怖くて中に入れなかったんだよな」
Tがからかうように僕を見ます。
「今は大丈夫さ」
僕はムッとしました。
そして、一番奥の個室に差し掛かった時です。
どんっ
僕は後ろから個室の中に突き飛ばされ、そのまま扉を閉じられたのです。
悪ふざけかと思い、扉を開けようとしますが、向こう側から引っ張られているのか開きません。
「おい、やめろよ!」
僕は扉を叩いて呼びかけました。
しかしいくら扉を叩いても、呼びかけても、返事はありません。
その時、僕の耳に何か、呻き声のようなものが聞こえてきました。
二人のイタズラかと思いましたが、それはちょうど僕の後ろから聞こえてくるのです。
駄目だ、絶対に、振り返ってはいけない。
とてつもなく嫌な予感を感じ、僕は必死に叫びました。
「頼むから、出してくれ!」
ドンドンと扉をめちゃくちゃに叩きます。
しかし何の反応も無く、呻き声は大きくなるばかりです。
そして僕は、耐えきれなくなって、ついに振り返ってしまったのです。
懐中電灯に照らされたのは、頭の上半分が無い男でした。
ちょうど下顎だけを残して、その上が無理矢理引き裂かれたように無くなっているのです。
歯並びの悪い下顎が剥き出しになっていました。
その男が、声にならない呻き声を上げていたのです。
僕は思わず懐中電灯を落としました。
そして、悲鳴を上げました。
何故なら、足元の和式便器には、男の頭の上半分が落ちていて、その両目はギョロリと僕を睨み上げていたのです。
目を見れば大体の感情を感じ取れるように、僕は実感しました。
怨み。
激しいまでの怨みの感情が、男の両目から噴き出しているのです。
僕はパニックになりました。
ありったけの力を込めて、再び扉を叩きました。
「開けてくれ! 開けてくれ! 開けてくれ開けてくれ開けてくれ開けてくれ開けてくれ!!」
その時、僕は後ろから首を掴まれました。
男が僕の首を掴んでいるのです。
ぎりぎりと男の両手は僕の首を締め上げながら、僕を後ろへ引っ張ろうとしてきます。
僕はじたばたと抵抗しましたが、男の力は一向に緩まりません。
僕は生まれて初めて死を意識しました。
いわゆる走馬灯まで体験しました。
そうして段々と僕の意識は薄れて行ったのです。
次に目を覚ましたのは、公園のベンチでした。
辺りを見ると、もう夜が空けようとしています。
そんな僕を、TとSが心配そうに、覗き込むようにして見ていました。
二人の話によれば、僕がいきなり個室に入って扉を閉めたので、始めは悪ふざけと思ったそうです。
つまり、二人は何もしていなかったのです。
しかし途中から僕の様子が明らかにおかしいことに気付き、慌てて扉を開こうとしたら扉が開かなくて、仕方なしに扉を蹴り破ったら、僕が気を失って倒れていたと言うのです。
あの男を見たのは、どうやら僕だけのようでした。
後になって調べてみると、あのトイレで昔、殺人事件が起きていたようなのです。
被害者は、僕が見たあの男のように、頭の上半分を引き裂かれて殺されていたそうです。
そして不気味なことに、その犯人は最後、あのトイレで自殺したらしいのです。
どういう方法を使ってか、同じく頭の上半分を引き裂いて。
僕の体験はなんだったのか、今でも分かりません。
そしてこれは更にその後聞いたのですが、小学生の頃の肝試しで、実は怖くて誰も奥までは入らなかったらしいのです。
入ってすぐの洗面台に置いて逃げ帰ってきたのだとか。
今思えば、あの時誰も奥に入らなくて良かったと心から思います。
最後に一つだけ。
僕を、個室へ突き飛ばしたのは、一体誰なのでしょうか?
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話