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長編10
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永遠の慟哭

………。

あれから どれくらいたっただろう。この真っ暗な所に逃げ込んでから、何時間もたったように感じる。 でも、分かってるんだ、本当はそんなに時間は経っていない。20分かそこらだろう。僕は、自分の手のひらを見た。小さな頼りない手だ。無理もない、まだ小学生なのだから。

だいぶ 息も整ってきた。

「落ち着こう。 落ち着いて 思い出すんだ。僕が何故こんなところにいるのか。」

僕は小さく独り言を言うと、胸の内ポケットに手をやった。

「……???…」

そして、あることに気付く。 ないのだ! いや、ポケットの中身ではない、ポケットそのものが、である。

そしてもう一つ、自分が今一体何を取ろうとしたのかすら分からなくなった。

「???」

そもそも、内ポケットなどあるはずがない。自分は今、学校の制服を着ているのだから。 この私立小学校の制服には、内ポケットなどついてない。

結局自分が何を取ろうとしたのか思い出せないまま、状況を整理することにした。

そう、気付いたらここに横たわっていたんだ。この病院に。夜中なのか、あたりは真っ暗だった。

病院だと分かったのは、廊下の床に散乱したカルテ? のようなものと、僕自身が以前ここに入院したことがあり、その廊下から見る風景がそれを僕に思い出させるのに そう時間を必要としなかったからだ。

僕は、ゆっくり体を起こすと、静かに歩き始めた。気配をできる限り殺して。 ……なぜか、そうしなくてはならない予感がした。けっして見つかってはならないような予感が。しかし、自分が今している行動はそれに反して、自分以外の「人」を探すことだった。 気配がまるでないのだ。

この病院は、それなりに大きい。中庭を挟んで、水平にふたつの四階建ての病棟が建っている。そしてふたつの病棟は、二階と四階の渡り廊下によってつながれている。

そして、今僕がいる、こちら側の病棟にも 看護士はもとより、入院患者もいるはずだ。だが、どちらも見当たらないばかりか、その気配すらしない。

廊下を少し歩くと、自分が今いたフロアが4階だったことに気づいた。僕はそのまま、階段を降りる事にした。なんとなく、このフロアは危険な気がしたからだ。 さっき 気配がしなかったと言ったが、それはあくまで、「人」の話だ。 こう真っ暗だと、そこら中の暗闇から何かが出て来そうなな予感すらした。

「三階に行ってみよう。」

僕はまた小さく呟いた。誰も聞いてくれてない事は分かってる。ただこうやって、たとえ小さい声であっても声に出さないと 自分の存在が消えてしまいそうな気がしたからだ。

僕は、三階に降りるために一歩踏み出した。 丁度その時だった。

「ぎゃアアアア。」

とこの世のものとは思えないような叫び声が聞こえた。

その叫び声は、僕の心を恐怖で満たした。体は震え、呼吸は荒くなり、体中から嫌な汗が吹き出す。

いったいなにが起きたのだろうか。あんな叫び声を僕は聞いたことがなかった。そこからは、恐怖と絶望しか伝わって来なかった。

その叫び声はどうやら、今 自分がいる四階から聞こえてきたようだ。

僕は迷った。

どうしよう、逃げるべきだろうか。だが、もしかするとあの声の主は助けを求めているかもしれない。

そう思うと、逃げるのは躊躇われた。僕が行ったところで、なんの役にも立てないような気もするが、自分と同じように、この真っ暗な病院で、恐怖と闘っている人が居るかもしれないと思うと見捨てることは出来なかった。

それに、あれきり声も物音もしないのはやはり心配だ。 僕は、とりあえず様子だけでも確かめようと、声の方へ行くことにした。

僕が居るこの階段は東側階段。叫び声は西側階段の方から聞こえてきた。三回程深く呼吸をして無理やり息を整えると、体中の震えも幾分か和らいだ。

さっきよりいっそう気配を殺し、声のした方へ向かう。 一歩、また一歩と長い廊下を進んでいく。暗くて長い廊下の先を、目を凝らして見てみる。

……………………。

暗闇に慣れてきた目と、窓ガラスから入ってくる月明かりのお陰で、廊下には誰もいないことがわかった。

声は確かに四階から聞こえた。となると、声の主は西側階段寄りの部屋のどれかにいるのだろう。ゆっくり、ゆっくりと廊下を進む。 恐怖と緊張で、手のひらは汗でぐっしょりだ。

だんだんと西側の階段に近づいていく。

少しずつ…。

少しずつ…。

と、そのときだった。

僕はうめき声のようなものが聞こえてきているのに気づいた。

「ぅぅぅぅぅぅぅ……。」気のせいではない、確かに聞こえる。

「ぅぅぅぅぅぅぅ……。」か細い声だが、確かに聞こえる。

ただおかしいことに、さっきの叫び声は明らかに男のものだったが、この声はどうやら女性の声のように聞こえる。

そのうめき声は、西側階段のふたつ隣の部屋から聞こえてきていた。 プレートには、

「212号室」

と表示されている。 入院患者の病室のようだ。僕は、足音を殺し、ゆっくりとドアに手をかけると、音をたてないようにそっと 数センチだけスライドさせた。

四人部屋の病室の、奥の方に「それ」は居た。

部屋の奥にいた「それ」は、黒い布を身に纏い、能面のような面をつけて仁王立ちしていた。

お面のせいで、男なのか、女なのかも分からない。

僕がすぐに部屋に入らなかったのは、「そいつ」のその異様な風貌のせいだけではなかった。

そいつの手には血の付いた大型のナイフが握られており、足下には、喉を切り裂かれた男が倒れて辺りは血の海になっていた。

あの叫び声は、この男のものだったのだろう。

僕は、その男の顔を目を凝らして見てみた。

「………!?、なぜこんな所に先生が?」

驚くべき事に、そこに倒れていたのは僕の担任の教師だった。

そして僕は、部屋の中にもう一人いる事に気付いた。

仁王立ちした「そいつ」の目の前に、一人の女の子が腰を抜かしたようにして倒れていた。

その子はなんと、僕と同じクラスの子だった。

いや、それだけではない。 ……彼女は僕が密かに恋心を抱いていた人だ。

名前は、池田舞。

でも彼女まで………、いったい何故なんだろう。

さっきのうめき声のようなものは、彼女が恐怖のあまり、無意識に出していた声だったようだ。

そうやって、いろいろ考えている内に、「そいつ」は彼女の方へゆっくり近づき始めた。

池田さんは「そいつ」の、お面をつけた顔を見上げながら、手を使い後ろへ後ずさる。

どうしよう、このままでは彼女も殺されてしまう!

僕は何か 武器になるものはないかと、廊下を見渡した。さすがに、丸腰で立ち向かうのは怖かったからだ。

僕は廊下に消火器があるのを見つけた!

だがすぐに諦めた。

駄目だ、遠すぎる。

あんな所まで取りに行ってたら間に合わない!!

どうしよう!どうしよう!

気が動転し、焦った僕は、恐怖を忘れ、とんでもない行動に出た。

「くそぉっ!」

僕はドアを勢いよくあけると、お面をつけたそいつの背中に思いっきり体当たりをお見舞いした!

「走れ! 池田さん!!」

池田さんは一瞬、キョトンとした顔で僕を見たが、僕が手を取り無理やり立たせると、全速力で部屋を飛び出していった。

僕がそれを見届け、後ろを振り向くと………。

「ひいっ!?」

僕のすぐ目の前には 既に立ち上がった「そいつ」がいた。

僕は咄嗟にベッドのシーツを掴むと、「そいつ」に向かって投げつけた。 その隙に僕は、病室を飛び出す。

僕はすぐに背中に、「そいつ」が追いかけてくる気配を感じた。

僕は背中に、追いかけてくる「アイツ」の気配を感じながら、夢中で階段を目指した。

そして、階段につくと、四階から踊り場まで一気に飛び降りた。

着地した瞬間、両足に鈍い痛みが走り、僕は顔をしかめる。

だがかまってはいられない。

もし、「アイツ」に追いつかれれば、先生のように無惨に殺されてしまうだろう。

想像しただけで、恐怖のあまり足に力が入らなくなる。

さっきは、池田さんの身が危ないと思い、無我夢中で恐怖を忘れていたが、それもほんの一時の話だ。

今は、怖くてたまらない。

僕は何度も階段を飛び降り、そのたびに痛みで顔をしかめながら、なんとか一階まで辿り着いた。

恐る恐る後ろを振り向く。

………結構引き離したようだ。 だが、上の階からは、「アイツ」が駆け下りてくる音が聞こえてきていた。

まだ安心は出来ない。

僕はすぐにまた走り始めた。

「痛っ!?」

僕は足に激痛を感じた。身は軽い方だったつもりだが、連続して高所から飛び降りたせいで、痛みのあまり足が麻痺していた。

このままでは、逃げ切れない!!

僕は言うことを聞かない足を無理やり動かし、一番近い部屋になんとか入ると、

ドアを静かに閉め、その場に倒れ込んだ。

この部屋はなんの部屋だろう。

真っ暗でなにも見えない。

「アイツ」はもう階段を降りきったのだろうか。

廊下からは、何の音も聞こえない。

僕は身を隠す場所がないか、あたりを見回した。だが、何も見えない。

部屋を下手に動き回るのは、かえって危険だろう。

「アイツ」が近くにいて、感づかれないとも限らない。

僕に出来るのは、「アイツ」がここに来ないように、必死に祈ることだった。

そして、今まで僕はこの部屋に隠れていたのだった。

僕は、状況を整理するために思い出してみたものの、結局何一つ分かっていない事に気付いた。

そして落胆したのだった。

何故ここにいるのかも、全く思い出せない。

数日前から記憶がないようだ。いや、いつからの記憶がないのかもあやふやだ。

池田さんは無事だろうか。

心配だ。

さっきのあの隙にうまくこの病院から逃げ出せていればいいけど……。

僕も早くここから逃げよう。

あんなのがいるような所にいつまでもいられない。

それに、早く警察にも通報しなければならない。

ただ悪いことに、部屋が真っ暗なところをみると、どうやらこの部屋には窓がないようだ。

となると、一旦部屋を出なければ。

僕は、ゆっくり立ち上がった。

……。

足はもうなんともないようだ。

僕は、音をたてないように注意して、ドアに近づいて耳をすました。

……………。

あたりはしんと静まり返っている。

ドアを開けた瞬間、「アイツ」がいたら!

そう考えただけで、怖くてドアを開けるのを躊躇ってしまう。

だがいつまでもここに居るわけにはいかない。

僕は意を決して、ゆっくりとドアを開き、頭だけ廊下に出して、周りを見まわした。

さっきの想像とは違って、廊下には誰もいなかった。

恐る恐る廊下に出ると、自分が今いる南館の、出入り口を目指して歩き始めた。

そのときだった。

自分の背後から、ドアが開く音が静かな廊下に響いたのだった!

その音は、僕を戦慄させた。

思考は停止し、同時に体は恐怖で動かなくなった。

背後からは、物音ひとつしない。

だが、分かる。

「それ」はゆっくりと、

だが確実に近づいてきている。

僕は、振り向くことも逃げ出すことも出来ないまま、自分の生を諦めると、そっと目を閉じたのだった。

ボクハ、コノママ、ココデ、シヌ

その言葉が、僕の頭の中を、ぐるぐる回る。

今まで、これほどまでに「死」

を意識したことがあっただろうか。

僕は、その 半ばパニック状態となった頭が、

「何か」

を思い出しそうになるのを感じた。

そう、何か大切な記憶を………。

そのときだった。

右腕を強く掴まれた。

と、同時に 耳元で

自分の名前を呼ばれた。

「和真(かずま)、声を出すなよ。落ち着いて、ゆっくり振り向くんだ。」

「!?」

その声に聞き覚えがあったせいか、不思議と警戒心が解けた。

僕は、言われた通りに出来る限り落ち着いて、ゆっくりと振り向いた。

そして、安心したせいか、無意識の内に、僕の目からは止め処なく涙があふれ出ていた。

目の前に居たのは、「アイツ」ではなく、僕の親友 「狭山真弥(さやま しんや)」だった。

間違いなく殺されると思った。

家族はおろか、友人にも会えないまま、此処で死ぬのだと。

僕は、親友に会うことができた感動を噛みしめるのだった。

だがすぐに我に返り、涙まみれの情けない顔になってしまったことを恥ずかしく思い、服の袖で拭った。

「和真、ここは危険だ。向こうの部屋にみんなが隠れている。とりあえずそこまでいこう。」

「みんな? 君の他に誰かいるのか?」

「ああ。ついてきてくれ。」

そう言うと、真弥は周囲を警戒しながら歩き始めた。

僕は、他に人がいるということに驚きつつも、真弥の後を追うのだった。

真弥に先導されて辿り着いたその部屋は、同じ棟の3階にある、デイケアルームだった。

「ここだよ、みんながいるのは。ここなら出入り口が2ヶ所あるから、アイツが来ても逃げやすい。」

真弥の言う通りそこには向かって右側に1つと左側に1つ、計2ヶ所の出入り口があった。

そして、ここにくるまでの様子や今の会話から、真弥がすでに「アイツ」と遭遇、もしくは、その危険性を知る何らかの

体験をしていることが想像できた。

「じゃあ、入ろうか。」

真弥はそう言うと、スライド式の扉を軽く3回ノックして、ゆっくり開いた。

その間も、真弥が「アイツ」を警戒しているのは見てとれた。

無論、僕も同じだ。

真弥は、まず僕を部屋に入れると、周囲を警戒しつつ、自分も部屋の中に入り、音がたたないように扉をそっと閉めたのだった………。

つづく

怖い話投稿:ホラーテラー オーバースピードさん

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