カインというのは、実家で飼っていた室内犬です。
今回お話しするのは実話ですが、こういう投稿に慣れていないので、お見苦しい点がありましたら、申し訳ありません。
そして長いです。
では
俺が小学3年の頃でした。今まで、
絶対にペットは飼わない!
と頑なだった両親が、犬を飼ってもいいよな?と、親戚の知り合いから譲り受けることになりました。
犬がうちに来る日には、スポーツクラブに通っていた俺を除く姉、妹、じっちゃま、ばっちゃま、あげくの果てには父まで仕事を早退して、4時にはみんな居間で、今か今かと待っていたそうです。
スポーツクラブが終わって、家までの3kmのみちのりを走って帰りました。
家についてみると、段ボールのなかに手のひらほどの小さな小さなモルモットのような赤ちゃんが寝息をたてていました。
名付けはおれがやる!
といつにも増してテンソンの高くなった父は辞書や何かの人物辞典を書斎から持ってきて、
「カインかアベルにしよう」とぼやいた後に、
「よし!カインだ!お前は今日からカインだ!カインのような奴になるんだぞ!」
実はこのとき、親父はアベルが裏切ったと勘違いしたそうなwww
こうして裏切り者の名前をつけられた哀れなシーズーが家族の一員となりました。
カインは元気がよすぎて、しかも親元を3日で離れたのと、可愛さにしつけを怠ったためか、トイレの場所は守らないし、飼い主を本気で噛むわ、利かん坊でした。
挙げ句、自分を犬と思ってないようで、エサをあげる母には従順でしたが、他の家族にはジャイアンのようでした。
ただ、一番カインと遊んでやった俺は舎弟みたいな感じだったのか、母がいない日には、当然のように俺の所に来てました。
そして俺が小学5年の頃でした。
貸していたゲームを返してもらうため、友達の家を経由していつもと違う帰り道を歩いていました。
小さな村でしたが、初めてとおるところで、すっかり道に迷ってしまいました。
ふと気づくと、辺りは民家ひとつない、道路も舗装されていない雑木林みたいな場所にでました。
「うわ、気味が悪い。お化けが出そうだwww」
なんて独り言を呟きながら、怖さを紛らわし、同時に、
(明らかにここから先は違うな)
と分かり、引き返そうとすると。
ザザザザ・・・
と草木が揺れる音がしました。
風ではありません。誰かが草むらを掻き分ける音です。
振り返っちゃ駄目だ!
と思ったのですが、林業も盛んな村だったので、林業関係のおじさんかな?
なんて思い直した俺は振り返ってしまったのです。
振り替えると同時に、俺は恐怖と驚きのあまりに動けなくなりました。
女の人がいたのです。
普通ではありません。
肌の色は緑がかっていて、黒いワンピースは綻びていて所々緑色の汚れがあり、髪が長く、右目に前髪がかかっていて左目がカッと見開かれ、キョロキョロと辺りを見回していました。
何より怖かったのが、その表情。
まるで駅前でコンビニを探している女性みたいに、口を少し尖らせているんですが、そのよく見る表情と、外見のギャップがホントに怖かった。
ヤバい!逃げなきゃ!
と思うとは逆に、ビビった時ってのは、からだがホントに動かないもんで、立ち尽くすしかできませんでした。
女はしばらくキョロキョロして俺の左上のほうを見て
ピタッ
と動きが止まりました。
ヤバい!気付かれる!
せめて視線は合わせまいとしたのですが、目すら怖くて動かず、ボロボロ涙が出てきました。そんだけ怖かったのです。
女は視線はそのままに、口をニヤッとさせて覗かせた笑った歯すら緑がかっています。
そしてすごい勢いで、ホントに
バッ って感じでこちらを見据え、少しうつむき加減に、か細く小さな高い声で何かいっています。
「な・・・・・・・は?」
「な・・・え・・・・は?」
その間は時間が止まったようでした。何言ってるか分からないし、うつむき加減で上目使いに笑う顔がホントに恐ろしく俺は泣くばかり。
声が次第にはっきり聞こえてきました。
「な・・まえ・・・は?」
名前?
俺の名前のことを言ってるのか!?
言っちゃいけない!逃げなきゃ!
「うわあああああ」
俺は叫び声を上げました。自分を奮い立たせようとしたのです。
女は顔をしかめて、
「違う・・・名前だ・・・」
と呟く。
よくよく見れば、10mほどあった距離は半分くらいまで縮まっている。
そこで恐怖を通り越して、身の危険を感じたのか、ようやく体が動くようになりました。脇目も振らず、一目散に引き返す。
来た道なんかどうでも良い。
とりあえずあの場所の反対に!
「な・ま・・え・・・・は?」
「な・ま・・え・・・・は?」
逃げる間もひっきりなしに声が聞こえます。
追ってきてる!
道が次第に舗装路に変わってきました。
もう少し、もう少しだ!
農道のような場所だったので、この時間なら田んぼの水見にきている誰かに会えるかも知れない!と自分に言い聞かせました。
さらに走ると道が二つに別れました。
「な・ま・・え・・・・は?」
まだ来てる!
えぇい、右だ!
と右を向いた瞬間、目の前に女が立っていました。
絶望と恐怖で尻餅をつきながらも、後ずさって距離を置きました。
「な・ま・・え・・・・は?
ねぇ、なまえは?」
俺もさんざん走り回され、しかも同じことを繰り返す女に怒りが込み上げてきました。
「てめぇそれしか言えねーのかよ!」
すると女はやはり表情を強張らせ、
「違う、名前だ。」
というばかり。
あぁ、もう駄目だ。殺される。
と思ったとき。
ワン!
後ろから犬の鳴き声が聞こえます。
そう、カインでした。
カインは俺の方に走ってきます。その間も女は、
「な・ま・・え・・・・は?」
と言うばかり。
やがてカインが女の前に立ちはだかりました。
女の足にカインの体が触れそうな位置に来た瞬間。
キャン!キャン!
と悲鳴をあげてカインがこちらに逃げてきました。
今度は酷く怯えています。
見ればカインの左前足から血が出ています。
俺は可愛い愛犬が傷つけられたことにショックを受け、叫びました。
「カイン!!」
「カイン!」そう叫ぶと、女は今度はニヤッと口を大きく開き、
「カイン、、、カイン、、、カイン、カインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカイン!」
と連呼。
しまった!
カインの名前を言ってしまった!
「ふふふふふふはははは!」
と耳障りな笑い声を残し、女は背景に溶けるように消えました。
カインの名前を知られた、どうしよう、カインが殺されるの?そんなの嫌だ!
カインは足元で丸くなっています。
この暴れん坊の犬はしょっちゅう、レール式の玄関の閉め忘れの隙間から脱走してうちの畑を暴れまわったり、近所の家で捕獲されたりと世話焼かせなやつで、戻ってくるとたまに傷をおってることもありました。
今回も幸い傷は深くないし出血もじきに止まりそうなので、だき抱えて、しばらく歩くと、人家が見えてきました。
そこの家の人に道を聞くと、自分の家と真逆の方向に自分は来ていたらしいです。
もう暗くなりかけていたし、犬が怪我をしていたので、見知らぬお方に近くの交差点まで送ってもらうことになりました。
車のなかで、その50過ぎくらいの女性は泣きボクロを作った俺に、
「迷子って不安よね、私も小学生のとき道に迷ったことがあるから、よく分かるけど、もう高学年で男の子なんだから泣いちゃ駄目よ。」
と言う言葉に、安心感からか、また泣いてしまう俺www
「あれ、ごめんね、怒ったつもりじゃないのよ。」
と言ってくれたが、あまりの俺の泣き方に不審に思ったらしく、詳細を聞いてきた。
俺は詳細を話しました。
特に女性の容姿、名前を聞かれ続けたこと。何よりカインが傷つけられたことを。
女性は車を脇に止め、真剣な顔になって、
「僕、その女の人どこで見たの!?」
道に迷ってたので分からないと答えると、
「僕、一回おうちに帰ったら、稲川さんのお寺に行きなさい!良い?絶対よ。私もすぐにいくから!お父さんとお母さんには私から説明するから、ね!」
かなり強い口調で、目が本気でしたので、ただ事じゃないと感じた私はうなずくしかありませんでした。
家につくなり、おばさんは呼び鈴を鳴らしもせずにドアをあけ、玄関先で父に話をしていました。
父はすぐに俺を着替えさせ、車に載せました。
そして、母もすぐに乗り込みました。
母は、良かった良かった、よく名前を教えなかったね。と泣いていた。
父も滅多に見せない安堵の顔だった。
寺につくなり、住職一家が総出で迎えました。
そして俺は本堂に案内させられ、座らされ、話を聞かれました。
俺はありのままを言いました。
しかし住職は怪訝な顔です。
そして、
「君が見たのは、この辺では昔からいる怨霊みたいなもので、名前を答えたら近いうちに答えたものは行方不明になってしまうんだ。」
住職は庭先に目線を移す。
「答えないとどうなるんですか?」
俺は恐る恐る聞いてみる。
「分からないんだよ。」
住職は目線をしたにやり続ける。
「正確には誰も知らないんだ。みんな恐怖のあまり、名前を言ってしまうんだ。私の寺に日誌があってね、今日はどこの葬式があったとかそういうのを記録しておくものなんだけど、
そこにやはり君と同じ被害にあった人の記載があるんだ。」
住職はカインをさっきから見ている。
「あの女に名前を答えたものは皆、呪われたんじゃないかとか、苔女に殺されるから助けてくれと、うちの寺にくるんだが、皆数日のうちに音信不通になって、、、」
住職は縁側にすわり、靴を脱ぐ場所で、お座りしているカインの頭をなぜながら続けた。
「つまり名前を言わなかったのは君がはじめてなんだ。だからきっと大丈夫だよ。一応これからお経をあげてあげるけど、心配しないでね。念のためだから。」
「あの、もしその時に嘘の名前をいったらどうなるんですか?」
住職は驚いた顔で向き直る。
「誰かの名前を言ったのかい!?」
「言ったというか、呼んじゃったというか、、、」
「誰のだ?」
「カインの、、、そこの犬です。」
住職はしばらく考えて、
「もしかしたら、君はまだ魅入られてるかもしれないよ。」
え?と返す俺は混乱した。
魅入られた?
「あの女に、苔女って呼んでるんだけど、君が名前を言わずに来たのならまだ良かったと安心していたんだけど、カインくんを呼んだら苔女はなんて言ってた?」
「カインって何回も言ってました。」
住職は頭を抱えて、大きなため息をついた。
「ここにいなさい、君たちの両親に話してくるから。」
両親は庭先で説明を受けたのか、泣きながら本堂に上がってきました。
母は泣いて俺にすがるだけ、父はうなだれている。
俺は、死ぬかもしれないという恐怖で震えてました。
住職は切り出す。
「こうなった以上、苔女はまた来るでしょう。Kくん(俺)から聞いた苔女の反応は今まで被害にあった人と全く同じ。しかし今回はKくんが飼い犬の名前を答えたので、まだ希望はあります。」
両親も泣きながらも住職の話を聞いている。
「Kくんはこちらで預からせてください。ここなら苔女も手は出しにくいでしょうから。良いね?Kくん。
よろしいですね?ご両親も」
両親はお願いしますと深々と頭を下げた。
「カインくんもお預かりしてよろしいですか?」
両親は少し困った顔をしたが、承諾した。何せしつけのなってない犬だからだと後で教えてくれた。
両親は考えて、住職に迷惑にならないよう、俺の住む部屋に安物のカーペットを敷き、襖や壁などに段ボールを置き、暴れん坊の犬が部屋を荒らさないようにし、餌は俺がやることになった。
「苔女の被害者が失踪するのは、早くて2日後、遅くて4日後です。一応、1週間はこちらで様子を見ます。」
その日は一旦帰り、家族で夕食を食べた。
これが最後の晩餐になるのかな、なんて考えてたら、じいちゃんが中折れ式のナイフを手渡してきた。
何でも、フィリピンに出兵した兄のものだそうだ。戦死されたと聞いている。
「お守りに持ってけ。」
とだけ言った。
ばぁちゃんは若い頃つけてた、かんざしを、父母は御守り、姉も自分のランドセルにつけてた御守り(交通安全)、絵の上手い妹は家族の顔を描いたものをくれた。
噂を聞いてか、近所の人も来てくれた。
頑張ってみよう。そんな気になってきた。
カインはというと、近所の方の来訪で隙ができた食卓を食い荒らしていたw
「こんな図太い犬と一緒ならKちゃん平気だわ、あっはは!」
と近所のおっさん。
ちょっと和みながらも、寺に向かう。
家族と近所総出でお見送り。
今考えれば、軍人かwwwと突っ込みたくなるんだが、当時の俺は車に乗り込んだ時点でかなり緊張していた。
そして長い1週間がはじまった。
そんなこんなで、寺入りが始まりしたが、実は最初の2日は何も起きませんでした。
部屋に案内される前に、私を苔女に会った後、家まで送ってくれたおばさんがいました。
おばさんは住職から話を聞かされたらしく、俺を激励してくれた。
その後、毎晩部屋に入る前には、必ず本堂で経をあげるから、必ず来ることと言われた。
その日は、おばさんも経を読み終わるまでいてくれた。
そして部屋に通される。
部屋は本堂の近くの何もない5、6畳の部屋で、タンスがあるくらいでした。
両親の配慮で壁や襖には段ボールで覆われており、床は安物のカーペットがしいてあり、犬の被害を最小限に押さえられるようにしてありました。
掛け軸、置物もあったようですが、割らないよう、破らないように動かしたようです。
そして小さなちゃぶ台が窓の近くに置いてあり、乾電池で点くタイプの電気スタンドと鉛筆削りと筆記具があった。
宿題はやれと言うことらしい。まぁ毎日母が夕方に宿題と差し入れを持ってきたわけだが。
そして、初日は夜からだったので、何もやることがない、と言うより何したら良いの?という感じで、布団に横になりました。
「カ〜イ〜ン〜、こっちおいで〜。」
しかしカインは閉められた襖を早速引っ掻いています。俺のことなんかガン無視です。
俺になついていたとはいえ、やはり母が一番好きだし、いきなり見知らぬ場所で生活しろったって、犬も不安でしょう。
しばらく、く〜ん、く〜んと鳴き声を出していましたが、諦めたのか横になる俺の足元にきて、というか足の上にドカッと横になりました。
「重いだろ〜、カイン〜。」
といって足を揺すると、ガルルと威嚇する始末。
いつも通りの反応だったので、俺も少し安心し、カインと遊び始めました。
気づくと夜9時位になっていたので、そのまま寝ることにしました。
カインは
「俺はまだやれるぞ!」
と言わんばかりに、俺の顔を引っ掻いたり、布団を噛んで引っ張ったりしてましたが、俺が無視するので諦めたのか、また足元に来て寝息をたて始めました。
夢に落ちながら、考えました。
(・・・あの女はまた来るのかな、来ないさ。来たとしたって、俺カインじゃないもん。カインだって犬だもん、大丈夫だよ。それに親にあれこれ言われない生活って気持ちいいなぁ。
ゲームができないけど。)
次の日も似たような感じでした。違った点は朝、昼は寺の離れでご飯をいただいたこと位でした。
日が差しているときは、明るいうちだけ、寺から出ない範囲で自由に行動できました。
昼御飯の後、本堂の前の庭でカインとボール投げをしていましたが、強く投げすぎてしまい、薮のなかに取りにいきました。昼だと言うのに、薄暗く気味が悪かったですが、カインは気にすることもなくボールをくわえて逃げ出します。
ちなみにカインとボール投げをして遊ぶと、くわえた後必ず逃げ出すので、何故か俺がボールを投げた後、カインを追う羽目になるのですwww
カインは墓地の方に走っていきました。
嫌なところに行くなよ〜。なんてぼやきながら、ふと右を見ると、お寺の窓が見えました。
凍りつきました。
そこは俺が入った部屋でしたが、窓にはびっしりとお札が貼ってありました。
中の状態は全く見えないほどです。
(これ、、、相当ヤバイんだな、、、)
と茫然としていると、カインは追いかけて来ないことを不審に思ったのか、気づくと足元にいて、ワン!ワン!と吠えました、
不安で仕方ありませんでしたが、2日目も特に何事もなく終わりました。
まあ、問題の2日目だったので、住職や住職の奥さんが何度か様子を見に来ました。
しかし問題は3日目からだったのです。
3日目、朝ごはんを頂いたあと、住職に本堂に呼ばれました。
「K(俺)くん、怖いとは思うけど、今日、明日が山場だよ。
最初に説明したように、被害者が消えるのは苔女に会ってから2日3日目。
もし話しかけられても、無視するんだよ、怖くってもしゃべっちゃダメだよ。」
と念を押される。
カインにもやはり見えているのでしょうか?見たいな質問をしたところ、
「君も何度か私の怖い話を聞いたことがあると思うけど、動物ってたまぁに何もないところをジッと見たり、吠えたり鳴いたりするだろう?
見えてるんだと思うな。」
住職の怖い話は、夏休みに育成会の肝試しの余興として行われる。
住職の怖い話はホントに怖いという印象がある。
今聞いたらなんてこと無いかもしれないが、小学生をビビらせるには充分だった。
夜になると、車が3台来た。
カローラ、セリカ、軽トラ。うちの家族だ。
一家総出で見に来たらしい。
ばっちゃまがこういった。
「何でKが苔娘なんかに、、、いいかい、連れてかれるなよ、怖くなったらばあちゃんのあげたかんざしをしっかり握れいな。」
なにやらばっちゃまは苔娘について知っていそうな雰囲気。
家族からの激励を受けて、俺は床に入った。
枕元には家族からもらったお守り、ナイフ、妹が書いた家族のスケッチを置き、手にはいわれたとおり、ばっちゃまのかんざしを握り締めて。
・・・眠れない。
そりゃそうだ。住職に念を押され、家族まで来たのだ、何か起こるんだろうと、子供ながらに何か起きると分かっていた。
カインはというとイビキをかいている。
本当に見えているのだろうか?
ピシッ!
ミシッ!
木造の寺が軋む音で、うとうとしても目が覚める。
昨日まではこれほど過敏じゃなかったのに。。。
いや、、、まて、、、
昨日はこんなに軋まなかったかも、、、
ト、、、ト、、、ト、、、
足音がする。
住職が見回りに来たのだろうか?と思ったが、違う、、、
歩調がゆっくりすぎる。
カインも首を上げて目を覚ます。
俺は布団を叩いてカインを呼ぶ。いつに無く素直にこちらへ来る。
「・・・イン・・・イン・・・」
来た、、、あの声だ。
「カイン、、、カイン~?」
呼んでいる、あの日とは打って変わった声色で、嬉しそうにカインという名を呼んでいる。
「カイン~?カイン~フフフ、、、」
声は遠くに言ったり近くに着たり、本堂をウロウロしているようだ。
探してるのか?俺を、、、
体がガタガタ震えだした。かんざしを握る手はすでに汗でぐしゃぐしゃになっている。
カインが俺の顔をくんくんかぎ始める、俺の心中を察したのか、慰めてくれているのか、どちらにせよ頼もしい。少し笑みがこぼれたが、体の震えは未だに止まらない。
女の声がか細くなっていく。
「か、、、いん、、、」
諦めてくれたか?
助かったのか?
ホッ、、、と溜息を出した瞬間!
カインがダッと走り出し俺の足元で威嚇のポーズを取り呻きだした!
うううぅぅぅうううう!!
「カイン!!カイン!!カイン!!」
見つかった、、、!
女の声はヒステリーを起こしたときのように耳を貫くような鋭い声で、何度もカイン!カイン!と絶叫している。
「カイン!カイン~ふふふふふ、、、カインカイン。」
何とかして返事させようとしているのだろうか、声の抑揚のつけ方が、出会ったあの時とは比べ物にならないくらいに多い。
俺は横を向いた状態で寝ている。自分の目に見えるものは壁とその壁の自分の足側にある襖と、かろうじてカイン。
「カイン、、、ねぇ、、、カイン、、、」
女の声が突然悲しいものになる。
本当に悲しそうな声でカインの名を呼ぶ女。
あまりに悲しそうな声に、首を動かして声のほうを向いてしまった。
女はいた、うつむき加減で大きな左目でこっちをジッと見つめ、口元は笑っている。
騙された!チクショウ!
と考えると同時に、すごい勢いで笑い出した!
とても特徴的に、、、
ア
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
という感じで。
喜んでいるのか?俺が振り向いたから?
それとも遊んでいるのか?俺の反応で?
女の笑い声が響く中、カインが吠え始めた。
今までに無いくらい鬼気せまる勢いで吠えている。
「カイン!!ア
ハハハハハハハハハハハハハハ!カイン!カイン!カイン!カイン!カイン!カイン!
ア
ハハハハハハハハハハハハハハハ!」
正直大声で泣いてしまいそうだった。
というより発狂しそうだった。
そうしないですんだのは、家族からのお守りがたくさんあること、
そしてばあちゃんのかんざしを握っていること、
何よりも、カインが戦ってくれているということが大きかった。
カインのほうは見れなかった、次に苔女を見たら確実に連れてかれる!と感じていたからだ。
カインのほうも鳴き疲れ、叫ぶ声は小さく、間が空くようになっていた。
「ワン!ワン!・・・ぅぅうう、ワン!ワン!!」
もう威嚇という吠え声というより、
「早くあっちに行け!!」
という感じの嘆願に近い声だった。
10分くらい、女の笑い声が聞こえていただろうか、いや、1時間にも2時間にも感じられるくらい、長い間耐えていると、女の笑い声が、
「ハハハハハハハ!
、、、ふぇ?」
みたいになって止んだ。
ふぇ?というと、ちょっと可愛く感じるかもしれないがw
ホントに文字で表すなら、ふぇ?って感じだった。
犬も吠えるのをやめた。
何が起きたの?と俺もそのままの体制で目だけキョロキョロと動かしていた。
耳を澄ますと、襖を通して声が聞こえる。
住職がお経を読んでくれたんだ!
と思ったが、毎晩寝る前に聞いていた読経じゃない。
みことのり?って言うのかな?神主さんのいう、大和言葉だと思う。
でもおかしい、うちの村に神主はいない。
お祭りの時とかは隣町から神主さんを呼んでいたはずだ。
で、最後のほうでこんなことを言っていた。
「・・・おさがしか?
そこにあるもの・・・
にあられずにより・・・
おかえり・・・
かしこんでかしこんで・・・」
すると、カインがバタッと横に倒れた。
そして、また声が聞こえる。
「・・・な・ま・・え・・・は?」
声は次第に遠くなっている。
1分くらいたったろうか、いきなり庭から、
ぅゎぁぁぁぁあああ!!
という女の泣き声が聞こえた。
と同時に襖が開いた。
「もう大丈夫ですぞ。」
俺はゆっくり布団をはいで半身だけ起こす。
目の前には、白い袴に烏帽子をつけた神主さんと、心配そうに俺を見つめる住職の姿があった。
安心した。しかしすぐに我に返り足元に転がるカインにしがみ付く。
「カイン・・・!カイン!」
鼻の奥で
グッ、、、グッ、、、
と心無く音をだしつつも、とても弱くだが尻尾は振っている。
住職が部屋の明かりをつけ、神主さんも部屋に入ってきた。
明かりがついて驚いた。
カインの体には無数の緑色の苔(のようなもの)がところどころついていたのだ。
そして、女がいたであろう場所にもその苔が染み付いていた。
「カイン!しっかり!カイン!くそーあの野郎!」
俺はもう泣きまくっていた。
「その犬は水で清めてあげる必要がありますな。
あなたの体にはついていないようですが、一応祓っておきましょう。」
神主さんが誰かを呼ぶ合図を出すと、見えなかったが部屋の外で待機していたのか、巫女さんらしき人が2名ほど入ってきて、神具?(鏡餅を置く台とか)やらなんかの木の枝を運んできて、てきぱきと俺の寝ていた部屋に軽い儀式の場を作った。
私はそこでお払いを受けた、かなり手の込んだもので、未成年だったが清めの酒も飲まされた。
お払いは20分くらいで終わった。
巫女さんの一人は外で、カインの体の苔を取ってくれているらしく、巫女さんは1人しかいなかった。
数分くらいたって、カインが運ばれてきた。
水でぐっしょり濡れていて、ぐったりしている。
体の苔のようなものはもう落ちきっていて、安心したが、衰弱しているのは目に見えていた。
俺はすぐに枕を巻いていたバスタオルでカインを包んでやる。
住職は、良かった良かったといい、うっすら涙を浮かべているようだった。
神主さんは俺にお札をくれた。
祝儀袋の真っ白なやつに綺麗なヒモで結ばれている。
「その中には式神をいれてある。よいか、決して開いてはならぬぞ。」
と、いかにも神主っぽい口調でかなり強く念を押されたので、俺もかしこまって、
「分かりました。」
と答える。
「今日はもう遅い、詳しい話はまた明日にでも。カイン君もじきに元気になりますよ。」
といい部屋を出て行った。
そして、住職さんも、
「これでもう安心だね。よくがんばったね。
今日はゆっくりおやすみ。」
と声を掛けてくれて、部屋を出て行った。
でも寝むれるわけがなかった。
カインは俺のために戦ってくれたんだ、今度は俺がカインの面倒を見るんだ。
死んじゃ嫌だよ、、、カイン、、、!
寝ずの番で介抱をしようと思ったのは良いが、やはり私も子供で、寝てしまった。
だが翌朝、カインに顔を引掻かれて目が覚める。
カインは尻尾を千切れんばかりに振り、舌を出してハッハッハッと息をして、元気な姿だった。
よかったぁ、、、
笑顔で本堂を経由して、離れの住職の家に向かう。
まだ朝飯を作っているところで、住職と昨日の神主さんらしき人と巫女さんがいた。
「あぁ、Kくんおはよう。ま、ここに座って、ご飯はもう少しかかるから、その間に昨日のことを話そう。」
神主さんが言うには、3日目の朝の段階で、住職に呼ばれたらしい。
どうやら隣町の神主さんらしく、住職とは結構前から知り合いらしく、すぐに来たかったが、その日は地鎮の依頼が2件来ており、また色々と用事が重なって、夜中になってしまったらしい。
「で、住職が私を呼んだ理由だけどね。」
とお札を数枚床に置く。
「これは君の部屋の窓に貼ってあったものなんだ。」
知っている。ボール投げで遊んでいた時に偶然見た。
よく見ると、緑色の苔がびっしりついている。
「私の知る限りの知識でお札貼ったり経を寝る前に唱えたりと、色々尽くしたんだけどね、ここまで強い力のものとは正直思わなかった。私では対処できないと思って、神主さんを呼んだんだよ。」
なぜか照れくさそうに頭をかきながら話す住職。
「いやいや、この結界があったおかげで足止めが出来たのですよ。」
神主さんは俺に向き直り続ける。
「さて、昨晩のあれについてだけどね、あれは凄まじいまでの怨念と言おうか怨恨と言おうか、そういったものの具現化だね。
昨日の出来事と、これまでの証言から、名前を聞いた後、後日その名前を言った人間にまた会いに来る。
何と言おうか、例えは悪いが、殺人で言うなら無差別犯に近いものがあるね。」
誰かのお化けってことですか?
とよくわからない俺は聞いてみる。
「そうだね、恐らくすごい恨みを持って死んだ人か、、、
生きてる人が羨ましくて手をだした霊か、そんなところだろうね。」
二人には、あの霊が見えたのですか?
と質問すると。
「いや、実は見えなかったんだ。君の犬が尋常な無いくらい吠えているのを偶然本堂にいた住職のご令嬢が聞いたらしくてね、それで、もしかしてと思ったんだよ。」
ご令嬢、、、ああ、一つ上の先輩だ。
生まれつき体が弱かったが、すっげえ美人で、野球部の先輩から聞く話だとすごい霊感があるとか。
「今回は不幸中の幸いだったね、今までで助かったのは君だけだからな。ま、もう忘れることだ。
あ、一応お札はしばらく身につけていなさい。」
「今日は眠れなかったろうから、学校は明日から通いなさい。ただ、まだ完全に安全かどうかは分からないから、夜はうちの寺に来なさい。」
そんなこんなで、一応は解決した。
家族も大喜びだった。
晩飯を食べてから、寺に行きお経を聞いて泊まるという生活が3日続いた。
まだ怖いからと言う理由でカインも一緒に連れて行ったw
寺に泊まり始めて5日目からは、その美人の先輩と学校に通うことになった。
こうやって近くで顔を見るのは初めてかもしれない。
この人、日本人か?と思うほど色はホントに白くって、目の色は黄色の強い黄緑色(上手く表現できないw)をしていた。
登校中もほとんどしゃべらなくて、極度の照れ屋で人見知り。
加えて寺の娘さん。
霊感があるといわれれば納得してしまう。
うはwwやったねw
と最初はワクワクしながら登校したが、ホンッとに何もしゃべらないし、
常に10mくらい感覚を開けている。
女の子だからなぁ、何て思ってるといきなり、
「まだ、いるよ。」
とか言ってきた。
え?
と聞き返す。
「まだいる。Kくんは諦めたみたいだけど、まだいる。」
今考えると恐ろしい発言なのだが、当時は安心した。
俺を狙っていないって言うことが。
「そう、、、あの、昨日の夜はありがとうございました。偶然本堂にいてくださったおかg」
「ううん、偶然じゃないの。見えたの、本堂に歩いていく女の人。」
俺が言い切る前にわって話す先輩。
それで助けなきゃって思ったらしく(この性格からは想像もできないけどw)、本堂に行ったらうちの犬が吠えてたそうだ。
その後、先輩は一言もしゃべらなかった。
何を聞いても、微笑むか、困った顔をするだけだった。残りの日数はいつもそんな感じだった。
でも不思議だ、同級生が何を話しかけても表情すら変えず、返事もしなかったこの無口な美人が、俺に対しては感情を出している。
それに関しちゃ思い当たることがあるが、話が逸れるのでやめておく。
1週間がたって俺はようやく解放された。
俺には何事もなく月日は流れていったが、
とても悲しい事件がすぐに起こった。
脱走を企てたカインが、道路に飛び出し、車に轢かれて死んでしまったのだ。
世間的に見れば大げさかもしれないが、カインは俺を助けてくれた。
苔女の前に立ちはだかり、体中にその苔をつけられながらも守ってくれた犬。
お寺に供養を頼もう?
と提案すると、家族は満場一致で賛成してくれた。
お寺で供養が終り、庭先に立ち、ここでボール遊びしたんだなぁ、、、
なんて思ってると自然に泣けてきた。
あれから、もう10年もたつ。
今でも俺は夏には実家に帰り、お寺の住職さんに挨拶に行く。
俺を守ってくれた薄命なカイン。
創世記の裏切り者の名をつけられたカイン。
でも彼は俺を裏切らず、守ってくれた。
今でもカインのお墓(うちの畑の隅にある)には手を合わせに行く。
実家には今カインの妹のモモと言う名の♀シーズーとジークと言う♂シーズーの2匹がいる。ジークはカインに似てとてもやんちゃだ。
でも、俺は決して最初の飼い犬を忘れない。
・・・さようならカイン。ありがとう。
終りです。
怖い話投稿:ホラーテラー カインさん
作者怖話