長編8
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道化と魔術師 7

あの日からY先輩はサークル小屋にも顔を出さず、大学にも来ていなかった・・・風邪がそんなに酷いのだろうか

そして会長もサークル小屋に顔を出さなかった・・・現在サークル小屋には新会長が今後の方針などを決め頑張っていた

そして今日は不動明王寺で呑む日・・・Y先輩は来るのだろうか

「今晩は」俺は不動明王寺の籠部屋に入る

籠部屋は暖かった。部屋の中央では火鉢が置かれ炭が紅蓮に燃えていた

「早いな」会長は煙管を吸っていた

「今日は最後の講義が休講だったので」俺は火鉢の近くに座る・・・籠部屋は山陰に建てられているので寒かった「会長、何故最近サークルに顔出さないんです?」

「私がいたら彼奴等は甘えるだろう・・・君は放送脚本を誰が考えていると思う?」

「三年生の・・・」

「違う・・・私だ」会長は煙を吐く「君はサークルの仕事は?」

「・・・企画を考えるだけです」

「私は活動の基盤を一通り作った・・・あとはサークルをどの様にするかは君達だ。それを横から手を出したり、君達を甘えさせる訳にはいかない・・・だから顔を出さない。まあ三年生も忙しくなり始めたら手伝うがな」

「会長に甘えないよう頑張ります」

「ところでYはサークルに顔を出したか・・・」会長は心配そうな顔をする

「あれから来てません・・・風邪が酷いのかな。会長、Y先輩の事を心配何ですか?」

「携帯に出ない・・・」会長は煙草の葉を指で丸める「何もなければ良いんだが」

「直接会えば・・・Y先輩の家を知らないんですか?」

「知っているが無粋な真似が出来るか」会長は静かに呟く

・・・いやY先輩は喜びますよ・・・

「まあ・・・鼬の事件もあったし会長の事を隠してたから心労も溜まってるんじゃないですか」

「それなら良いんだが・・・」会長は煙管を火鉢に近づけ火をつける「思い過ごしだといいんだが」

会長は何かを真剣に考えている・・・会長は何をそんなに心配しているのか解らない

「おー寒いのう」住職が震えながら何かを持って籠部屋に入ってきた「何だ、もう来とったか」

俺が住職にお邪魔していますと言うと、住職は俺に何かを渡した

「温泉饅頭じゃ、嬢ちゃんが来るまで食べないか」

会長は湯を沸かしますと火鉢に三脚を置き薬缶を乗せる

「住職、賞味期限が切れてますよ・・・」俺は二日前の表示日付を見つけた

「大丈夫じゃ」住職は親指を立てる「文句は坊に言え・・・人が折角買ったのにのう」

「私は餡子が苦手で」

「自分で買った生八つ橋は食うのにのう・・・いいんじゃ・・・儂はいじけるだけじゃ」住職は和服の袖で目元を隠す

「・・・一つ・・・貰います」会長は温泉饅頭を一つ手に取る・・・が落とした

会長は動かない

「どうした、坊。そんなに苦手なら無理に食わんくてええ。儂も悪ふざけすぎ・・・坊?」

「・・・切れた・・・」会長は小刻みに震える「携帯はどこに置いた」

会長は携帯を探す・・・服や座っている周り

俺と住職は顔を見合わせ会長を不安げに見る

携帯がなった

「あった・・・Yからか、良かった」会長は携帯を開き着信を見て安堵する「Y、どうし」

「チビ・・・助けて・・・」電話からAさんの震えた声が聞こえた

時は少し遡る

「先生、行ってきます」Aさんはブーツの紐を結びながら同居人に言う

「気を付けて行きなさい。くれぐれも先方に迷惑をかけないようにな」先生はいつものように窓枠に寄りかかり窓の外を眺める「綺麗な夕陽だが嫌な風が吹くな」

「迷惑はかけないよ。留守番お願いします」Aさんは部屋を出ると鍵をかけ出かけた

「相変わらず元気な娘だ」先生は窓から走っているAさんの背中を見る

「Y・・・何で携帯に出ないんだ」Aさんは二回目の留守番電話に伝言を入れる「珍しいな・・・忙しいのかな」

AさんはY先輩の家に向かっていた。理由はAさんが不動明王寺の酒宴に参加しただ飯、ただ酒を呑むためだ・・・学業とアルバイトで常に疲れているAさんにとっては束の間の憩い

Aさんは歩きながら考える・・・会長とY先輩。ある意味でAさんは二人がお似合いだと思っている・・・会長をよく細い体と背中でYだけじゃない、いろんな存在を自分が傷つくことを恐れずに守り救う・・・Y先輩はそれを黙って見守る

「いい加減に付き合わないのか、あの二人」Aさんは溜め息をつく「ただチビは・・・何かに怯えてるよな」

Aさんは信号で立ち止まった・・・風が吹き身震いする。Aさんはもう秋なのかと信号を見つめる

「まさかチビ・・・身長を気にしているのか。確かにYの方が定規一本分は高いか」Aさんは腕組みをして考える

しばらくするとY先輩の家が見えた・・・辺りは暗くなっており各家は明かりが付いていたが、Y先輩の家は暗かった

「あれ?いないのか」Aさんは不審に思う

Y先輩の家の玄関前にAさんは来た

ピンポーン

呼び鈴を鳴らすが反応が無い

ピンポーン

もう一度鳴らすがやはり反応が無かった

「留守なら中で待つか」AさんはY先輩から貰った合い鍵を取り出す。AさんはいつもY先輩が留守なら中で待っていた・・・そして鍵を差す

「駄目!!」Y先輩の力ない叫び声が聞こえた

その瞬間にAさんは背筋に寒気が走る・・・先生と暮らし初めてAさんは霊感が強くなっていた。ただ今感じるのはこの扉を開けてはいけないこと・・・

だが大切な友人を見過ごすわけにはいかなかった

「Y・・・開ける」一度深呼吸しドアノブを回す

部屋は暗かった・・・中に人がいる気配を感じる。そしてこの世の者でもない気配を。

「Y・・・大丈夫か」Aさんは手探りで部屋の明かりのスイッチを探す

コト コト コト コト コト

「何だ・・・何か落ちる音」Aさんはスイッチを見つけ明かりを付ける「えっ!!」

Aさんは惨状を目撃し腰を抜かす・・・床には切れた念珠の数珠玉が散乱している・・・そしてY先輩はベッドの上にいた・・・体を仰向けに弓の様に反らし、黒く長い髪は乱れ、目と口は最大限まで開かれていた。手にはベッドシーツを力強く握り締め、苦痛に耐えているように見える・・・時折声にならない苦痛の呻きを発する

「なんだよ・・・これ」AさんはY先輩に恐怖を感じる・・・そして微かだが黒い靄を見る「・・・チ・・・チビに電話しなきゃ」

Aさんはポケットから携帯を出す・・・だが会長の電話番号が登録されていなかった

「なんで入って無いんだよ!!」Aさんは携帯を床に叩きつける・・・がその時点滅している物を見た「Yの携帯だ」

携帯はベッドの宮の上にあった・・・Aさんは恐る恐る近寄り携帯を取る

「・・・アゥ・・・オェン・・・フォガア・・・」Y先輩の口から呻き声が出る

「早く・・・早く・・・早く」Aさんは震える手で携帯を操作する「頼む・・・お願い・・・出て・・・」

プゥルル プゥルル プゥルル プゥルル プゥルル

「Y、どうし」

「チビ・・・助けて・・・」Aさんは震えていた

「何があった」会長が口調が変わった

「Yが・・・Yが・・・」

「今すぐ向かう、何処にいる」

「・・・Yの・・・家」

「電話を切るなよ」会長は電話を話す「御前、ワゴンを借ります」

「良いが、どうしたんじゃ」御前は会長の顔を見てただならぬ事が起きたと察した

「Yが憑かれ、護符の念珠が切られた」会長は俺を見る「C、御前から車の鍵を貰いエンジンを温めといてくれ。私はその間に準備する」

俺は頷くと御前に連れられ車の鍵を取りに行った

「A、今のYの状況を伝えろ」会長は籠部屋を出て、札などの入った鞄を取りに離れに向かう

「今・・・何か呟いてる・・・」Aさんは涙声で話す

「何を呟いてる」

「・・・日本語じゃない・・・アテーとか・・・ルオラームとか・・・アーメンだ」

「アテー・・・アーメン・・・A、今から言う言葉か

Ateh・・・ Malkuth・・・ Ve Geburah・・・ Ve Gednlah・・・ Le Olahm・・・ Amen

A、違うか」

「うん、そう・・・何だよ・・・一体・・・」

「カバラか・・・一旦電話を切るぞ・・・絶対に名前を聞かれたり、名前を言われても何も反応するな、いいか!!」

「・・・解った・・・」

会長は電話を切る・・・そして早歩きをしながら左手の甲で右手を打つ

『『御側に候』』突如地面から二匹の犬が顔を出す

「異国の神と闘う恐れがある」会長は式神に目もくれない「及び、その背後にメイガスがいる」

『『主上、我等は何を』』

「呼ばれたらすぐに来い」

『『御意』』式神は再び地面に消えた

会長は離れに入ると一通りの道具を確認し鞄に詰める

「メイガス・・・魔術師が何故Yを・・・」会長は畳に拳を叩き付ける「何故私は気付かなかった!!」

会長が車へと走ってきた。俺はすでに助手席に座っている。住職が何かあれば手伝う、連絡しろと会長に声をかける

会長は無言で席に座る

会長はアクセルを踏みエンジンが唸る

「飛ばす・・・喋るな、舌が無くなる」会長はギアを変え、クラッチを繋ぐ

一瞬の重力を感じると会長は車を飛ばした

「何故狂わない!!」黒い靄の男が吐き捨てる「いい加減に堕ちろ」

私の体が言うことを利かない

私はまだ生きているのかな・・・

「つまらない、つまらない、つまらない」黒い靄が私の頭を掴む「つまらない、つまらない、つまらない」

私はベッドへと投げ飛ばされる

もう痛みなどが感じられない

「あれだけ心を犯したのに何故狂わない!!」黒い靄の男が私を押さえつける「この数珠か!!この数珠か!!この数珠か!!」

ピンポーン

誰か来た・・・誰が

「ああ、面白い享楽が来た」黒い靄の男が笑う

そうだ・・・今日は不動明王寺へ行く日・・・Aが来たんだ

「へえ、Aって言うのか・・・面白い享楽だ、楽しい享楽だ」

ピンポーン

駄目、駄目、駄目、来ちゃだめ!!

「折角の享楽、邪魔をするなよ」黒い靄の男が笑いながら私の首を絞め、声が出ないようにする

止めなきゃ、Aが狙われる・・・Aを止めないと

「駄目!!」お願い・・・入って来ないで・・・御願いだから

「この糞が!!折角の享楽が台無しだ!!お前を犯す、お前を侵す、お前を冒す」黒い靄の男が怒りながら私の手首を握り潰す

その時、私の目の前で先輩がくれた念珠が散る

「切れた、切れた、切れた」黒い靄の男が喜ぶ

「ははははっ、最後のお前への享楽だ・・・苦しみ狂え」

黒い靄の男が私の心に入ってくる

嫌・・・嫌・・・嫌・・・

私の心に入らないで・・・

私が私で無くなる・・・

思い出が消えていく・・・

先輩との思い出が消えていく・・・

先輩の顔が黒い靄になる

私の心が犯される

私の心の先輩が犯される

黒い靄の先輩が笑いながら私を傷付ける

違う

これは先輩じゃない

先輩・・・助けて

私がまだ・・・私である間に・・・

私は先輩を信じています・・・

怖い話投稿:ホラーテラー クックロビンさん  

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