初めて見たのは中学一年生のときだったと思う。
ばあちゃん家で従兄弟とかくれんぼをしていたときだ。
家はとてつもなく広かった気がする、当時は。
俺は押し入れに入った。
積んであるふとんを寄せて体を丸めた。ハハハと笑っている従兄弟。フーフーという自分の鼻息。
ばあちゃん家の臭いが詰まった布団。
シャワシャワジワジワとうるさい蝉の声。
思い出せるのはこれくらい。
ベタだが、かくれんぼで押し入れに隠れるとなかなかに見つかりにくい。
しばらくすると、物音がした。「来た、来た。」心の中は楽しさでいっぱいだった。耳をすませる。もういったのだろうか?
様子がおかしかった。
ザザッザザッと畳を擦るような音、小声でなにかしゃべっていた。
俺は襖を静かに引いた。理由はなかった。なんだいまの?その程度だった。
従兄弟ではなかった。
女。
花柄のワンピースを着た女だった。髪は短かった。ショートボブよりちょっと長い髪の毛。髪の毛はゴワゴワしていた。習字の筆でガサガサとかいたような髪の毛。そんな表現を当時の僕はした。
襖を引いたおかげで声がよく聞こえるようになった。
前まではよく思い出せなかったのだが、最近になって思い出した。
掠れ声という喉を押しつぶした声でぶつぶつとしゃべっていた。
「あはっ。いいんだって。そんなぁ、かかか、みてるだけだってぇ。うん?んっとお・・・。」
こんな感じ、脂汗がにじみ出てきた。
このときはまだ、どこのおばさんだろう・・・程度。背中しか見えなかったが、この人は危ないと思わせるには十分の姿だ。
「だれがぁみでるきがするなぁ。」
歯がカタカタとなり出す。僕は襖を閉めた。勢いよく、力をこめて押さえた。そのときには涙がぼろぼろと止まらなくなり、「えっぐ、えぐっ。」と嗚咽を漏らしていた。
スッと開いた。力を込めていたにもかかわらず。「あっ。」
そして顔を見た。見てしまった。
目が真っ黒、肌が真っ白本当にこんな表現しかできない。
口が開いた。体全体が震え出す。いつのまにか、蝉の声は消えていた。従兄弟の声も聞こえない。無音。
静寂のなかで女の声を聞いた。
「ふはっ。」という笑い声。
そこから先は思い出せない。泣きじゃくって母のもとにかけより。ひたすら泣いた。
あのおばさん、ダメだ。見てはいけないものを見た。
これが最初に見たあの女の顔。
次に見たのは、中2の春休み。夏の部活の途中。三月の終わり。部屋のベットの隙間。風呂のサッシ。カーテンのなびいたとき。家具と家具の隙間。・・・全部を覚えている。
流れ目でその女の顔が見える。「ひっ。」と声をだすとそこにはもういなかった。
ただ、右半分しか見えなかった。なぜかは分からない。だが僕からしてみれば半分でも全体でも関係なかった。
殺される、僕は。
高校生の頃の僕は、やせこけていた。
ストレスだった。髪も薄い。
あの女はなにをするわけでもなく、スッと戸を開き右半分しか見えない顔で「あはぁ。」笑う。
それだけで十分だ。
精神科での治療も受けた。
先生が安心して、もう大丈夫だ、といったところでその横のドアには女が見える。
見るたびに、寿命が削り取られていく気分だった。
いま僕は二十一。高校も中退し、家で治療を受ける生活を送っている。
あの女のように目がくぼんで、黒く見えるようになった。
三日前にも見た。女はカチャと戸を開き、「えええふ。」と笑って去っていった。
俺はもう可笑しいのかもしれない。あの女は幻覚なのか。
雪がとけたら僕は大きな精神病棟に入院する予定だ。そこならもっとよい治療を受けられるだろうと母がいった。
病棟?隔離施設の間違いだろが。喉の奥にまででかかった。
母も父もやつれた。歯車が狂ってきた。ぐらぐらと。
最近きになったことがある。
女の鼻の少し左にほくろがあることに気がついた。
前まではほくろなんて見えなかったのに。
少しずつ、右半分しか見えなかった顔が見えてきている。
顔全体が見えたらどうなるのか。そんなこと知らない。
ただその女の顔を見るたびに生気が失われていく気がした。
もうどうしようもない。
そのうち、目を瞑っているときでも出てくるだろう。
今も女の声が聞こえて気がした。
なにもできない。
怖い話投稿:ホラーテラー ろうそんさん
作者怖話