死んだ爺さんの話だ
幼い頃、父の実家に行くと決まって俺は爺さんの部屋で遊んだ
骨董品集めが趣味だった爺さんの部屋には様々な古物があった
バカデカイ壷、古い人形、巻物、掛軸などなど子供心をこれでもかという位にそそる部屋だった
「あまり部屋で騒ぐな」と言っていた爺さんも実は嬉しいらしくよく品々を手に取っては俺の前で講義をしていた
その日もいつもの通り爺さんの部屋でお宝を物色していたんだがある掛軸に目が止まった…
雨の中、独り佇む遊女の絵だ
色彩からしてかなり古い物である事は俺でも分かった
これといって目を引く品ではなかったのだが俺はその絵の前から動けずにいた
どの位の時間が経っただろうか?
フッと後ろから両肩に手が置かれた
ビクッとして振り返ると爺さんがニコニコしながら俺を見ていた
部屋はいつの間にか夕日に照らされ紅く染まっていた
爺さんは掛軸を愛しそうに眺めながら話だした
この絵は【女郎絵】(じょろうえ)と言う
江戸の中期頃の話だ…ある遊郭の女に心を奪われた絵描きがいた
男は他の客にその女を渡したくなく
朝から晩まで女を買い続け終いには自分の首も回らない程に入れ込んでいた
しかしながら男は満足していた
自分の気持ちは相手にも伝わっている…いつか自分が見受け人になってやると言ったら女も喜んでいた
しかしそんな金は無い…金が無いとまた女は他の男に買われてしまう…
俺の女が…
男は一つの決心をした
逃げよう…女を拐って田舎の方で慎ましく暮らそう
女もそれを望むはず、あれほど尽したのだから…あれほど愛し合ったのだから…
女の為に寝ずに仕上げた絵を抱き
女を拐いに行くと数人の男共に囲まれた
その後ろには自分の女…
どういう事か把握出来ず男は女に問いかける、と女は冷たく
お前との事は仕事上仕方なくやった事、気持ち悪い、金が無いなら用も無い、つまらない絵を死ぬまで書いたらいい
女の言った言葉が理解出来ないまま
男はボロ雑巾の様に殴られ川に捨てられた
翌日独りの男が川に打ち上げられた
絵をギュッと握り締め血まみれだったがその顔は満面の笑みだったそうだ…
幼い自分には少し難解だったが男の狂い方に少し寒気を覚えていた
爺さんは絵を見ながら口角を上げボソッと何か呟いた…
聞き間違いでなければこう言っていた…
「…今は…俺の女だがな…」
爺さんの言葉の意味を理解出来ないままその日は床に着いた
俺の女と言った爺さんの顔が忘れられず凄く怖かった
翌日親父にその話をすると
「爺さんもうボケてんのかもな?(w)」
と、軽く言っていた
また爺さんの部屋に行くと【女郎絵】は無かった
何故しまったのか爺さんに聞くと険しい顔でこう言っていた
「あまり出しておくと…アイツが拐いに来るからな…」
いよいよ本当にボケたか?と思ったがそれ以外はいつも通りだったのであえて突っ込まなかった
それから数年後に爺さんは死んだ
老衰だ
通夜が終わり、宴会の途中でそっと抜け出した
爺さんっ子だった俺はまだ爺さんの死を受け入れられないでいた
爺さんとの思い出を懐かしみながら部屋へと行くと…
誰かいる…
暗い部屋に確かに影が動いていた
一瞬(で、出た~!!)っと思ったが目が慣れてきてそれが人である事が分かり落ち着いた
影の正体は直ぐに分かった…
が、何か様子がおかしい…
ブツブツ何か呟いている
聞耳を立てる…
「お、俺の女……何処だ…?俺の、俺の…」
俺はその言葉を聞いて静かに部屋へ戻った
一通の手紙を読み返す…
爺さんが死ぬ前に俺宛てに書いたものだ
内容はこうだ
Aが(俺の親父)俺の女を拐いに来る
守ってくれ…
と、書いてあり隠した場所も書いてあった
手紙には【女郎絵】についても書かれていた
あの絵は元々、知人の物だった事
酷く気に入って譲って欲しいと頼んだが断られた…
だから…拐ってやったのだと
知人もその様にして手に入れたそうだ
【女郎絵】は男を惑わす呪われた絵である
Aに見せた事を後悔している、アイツは俺と同じくもう憑かれている
出来れば自分の代で処分したかっがそれも叶わない
孫に頼むのは酷かもしれないが子供なら絵に憑かれる事もないだろう
あの絵を処分してくれ…と、書いてあった
所々、絵と女の区別がなく混乱しながら書いたのだろう…
爺さん…安心してくれ親父には絶対に渡さない
爺さんの意思は俺が受け継ぐ
徐に鞄から絵を取り出しギュッと握り締め心に誓った
「この女は…誰にも…ワタサナイ…絶対に…誰にも…」
怖い話投稿:ホラーテラー 独りさん
作者怖話