私がまだ小学生の頃の話。
その頃は、家から少し離れた山に行っては探検がてら山菜や木の実をよくとりに行っていた。
とってきたものを家に持って帰ると、両親や祖母が「えらいねー」とほめてくれたから、それが嬉しかったのだ。
山菜や木の実の種類などは、父によく教わった為だいぶ詳しくなっていた。
(今日はもっと深い所まで入って珍しいものをとってこよう)
その日も、そう意気込んで山へ入っていった。
いつもよりかなり深い所までやってきた。
ふと見上げると、崖際の木に綺麗な木の実がなっているのを見つけた。
さっそく木に登って、手を伸ばした時だった。
思わずバランスを崩してしまい木から落ち、さらに崖からも転げ落ちてしまった。
足に強烈な痛みを感じ、見てみると足首があらぬ方向にねじ曲がっていた。
ふくらはぎには枝が深く突き刺さり血が染みだしていた。
あまりの痛さにしばらくその場から動けず、さらに吐き気を催し嘔吐した。
しばらくそうしていると、痛みと共に不安が強くなってきた。
(どうしよう…これじゃ山を下って帰る事なんてできないじゃないか?)
昔の事…緊急の連絡手段などはもちろん無かった。
いつも聞き慣れたザワザワという木々の騒めきも、その時ばかりは不安をあおるばかりだった。
どれ位そうしていただろうか…
激しい痛みの中、一分一秒がとてつもなく長い時間に感じられた。
ガサササッ……
ガササササッ……
かすかに音が聞こえる。
それは明らかに、人間のものではない音だった。
ガサササッ……
ガササササッ……
少し離れた所から聞こえた音が、次第にこちらに近づいてきていた。
その得体の知れない音に、恐怖心が猛烈に掻き立てられる。
ズリ…ズリ…
痛みをこらえながら、足を引きずり必死で歩く。
なるべく音から遠ざかるように……
うまく進めず、何度も石や木の根につまずき転んだ。
激しい不安と痛みで、泣きたくなる。
ガサササッ……
遠く後方からは、相変わらず音が響いてくる。
果たして、どれだけ歩いたか…
気づくと、音はもう聞こえなくなっていた。
しかしだんだんと日が暮れ出し、辺りは暗くなってきた。
(このまま夜になれば、明かり一つなく真っ暗闇になってしまう)
暗闇の森に一人ぼっち……
そう考えると、途端に恐怖心が増してきた。
ずいぶん歩き、疲れはてた私は木の根元に座り込んだ。
(ハァ…みんな心配してるかな?早く帰りたいな…)
木に寄り掛かりながら考えていると、疲労からか強い睡魔に襲われ…
いつの間にか私は眠りについていた。
……夢を見ていた。
森の中で一人永遠にさ迷っている。
やがて体はみるみる果てていき、全身が骸骨になりながらも歩いている…
そこでハッと目を覚ました。
腕時計を見ると、時間は思ったより経っていなかった。
しかし、辺りはすっかり暗くなっている。
心細くなった私は、しくしくと静かに泣いていた。
しばらく、そうして泣いていただろうか。
ふと気づくと、前方の木々の間にポオッと一つ明かりのようなものが見えた。
(あの明かりは…人?)
そう思った私は、助けを求めようと声を出しかけた。
…しかし、そこで慌てて口をふさいだ。
ぼんやりと光ったそれは、白装束を着た人に見えた。
そして、それには首から上がなかった。
さらに、四つん這いになって素早く歩いている。
ガサササッ……
ガササササッ……
。
バクンバクンと、心臓が大きく高鳴るのが分かる。
ガサササッ……
ガササササッ……
右往左往するそれを、息をひそめながら覗く。
体は既にブルブルと震えて、動けない。
キーン…と耳鳴りまでしてくる。
(向こうへ行け…向こうへ行け…)
そう必死で祈ると、やがてそれは少しずつ遠ざかっていった。
途端に緊張感がほぐれ、ヘナヘナと木に寄りかかった。
それからは、不安と恐怖に震えながら夜明けを待ち続けた。
刻々と流れる時間が、これほど長く感じられた事はなかっただろう。
ようやく夜が明けると私は再び歩きだし、何とか勘を頼りに道路に出る事が出来た。
通りかかった車に助けられ、私は無事家に帰ったのだった。
それから数日後だった。
私が見た場所の付近から、白装束を着た女性の自殺体が見つかったのだ。
木にワイヤーをかけて首を吊ったため、首と体が分断されていたという。
やがて足の怪我が完治した後も、私は山深くには二度と行かなかった……
今でも、木々の騒めきとあの時の光景を思い出すと震えてしまうのだ。
怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん
作者怖話