これは俺の田舎のお話です。
山に囲まれた場所で、「時報」と称して消防署が朝9時と昼12時、そして夕方18時に
「ウウウウウウウー!」
ってサイレンを鳴らすような田舎街なんだ。
都会の人にはわからんだろうけど、そこで生まれ育った俺達には常識だった。
高校生になった俺達が、楽しく遊べるようなゲーセンやカラオケなんて在るわけが無い。
ここには山と川とちょっと離れた場所にダムがあるだけだからね。
そんな恥ずかしい俺達の田舎にも、みんなに誇れる恐いスポットがあったんだ。
それが「旧・日本軍の病院」
これが本当に恐いと噂されてたんだ。
その場所は、地元の人間しかわからない封鎖された山道を、自転車で2時間も更に山の奥に入らないと見つけられない。
本当に車1台分の道幅で、ぱっと見たら「あ、行き止まりっぽいな」と思ってしまう程、荒れたジャリ道なんだ。
親からは「廃病院」って聞いてるけど、普通あんな場所に病院を建てるとは誰も思わない。
俺達の間では、「秘密の実験施設」って呼ばれていた。
田舎でそういう場所があると、どうなるのか?そういう場所に肝試しするのが男試しの試練になるんだ。
行ってない奴は、男じゃない!ってね。
高校1年生になった俺達は、さっそく先輩方の洗礼を受けた。
高校生になるまで、あの場所は秘密にしておく決まりらしい。
先輩「いいか?今晩行って、明日には返せよ?」
この肝試しは、誰でも参加できるものじゃないらしい。
中学校時代にやんちゃしていた「不良」みたいな俺とAとBが選ばれた。
先輩達は「マジメで大人しい奴には無理だから」と言ってたな。
先輩達から黒い太マジックと汚い手書きの地図、懐中電灯を借りた俺達は仕方なくその日の夜、家を抜け出しチャリンコで「秘密の実験施設」に向かった。
手書きの地図にはこういう指定があった。
・・・・・・・・・・・・・・
夜9時に出発。
11時半に到着。
マジックで看板に名前を書く。
猛ダッシュで逃げる。
・・・・・・・・・・・・・・
チャリンコで往復5時間、深夜の旅に無理やり行かせられた俺達は、若干むかつきながらもドキドキしていた。
深夜の山道をチャリンコで走りながら、俺達はこんなことを喋っていた。
B「本当にあると思う?」
俺「初めて聞いたけどなー。あったら恐いな!」
A「嘘だったら、明日そっこう殴ってやる!」
その時の俺達は「その場所が怖い」というより、「深夜の山道」に多少びびっていた。
先輩から説明を聞いたんだけど、その「施設」の周りはすごい広さの鉄条網で囲まれているらしい。
中には入れないから、突き当たりにある看板に名前を書いて終了なんだ。
そういう訳で、「中に入らなくていい」その難易度の低さが俺達の余裕につながっていた。
ただし、ひたすら山と山の間に続いている真っ暗闇のジャリ道は、一人で2時間半を走るのは無理な程の恐さで、その恐怖をごまかす為に俺達は喋っていた。
2時間くらいチャリで走ってると、突然チャリのライトが暗闇の中から「道を塞いで倒れている大木」を照らし出した。
A「あぶねー!とまれ!」
B「おい!こんなの聞いてないぞ!」
俺「去年の台風で倒れたんじゃない?」
仕方なく俺達はチャリから降りて、大木を跨いでチャリを運ぶことにした。
A・B・俺の順で、チャリを担いで大木を跨いだ。
その時…
フワッ
俺「うわっ!」
大木を跨いだ瞬間、一瞬地面を見ていた俺の視界を「白い布」みたいなものが横切った。
俺は驚いて、担いでいたチャリと一緒に転んだ。
A「おいおい。なにしてんだよ!」
B「どうした!いきなり!」
俺「おい!ふざけんな!」
A・B「?」
俺「いま白い布で驚かしたろ!」
A・B「はぁ?」
俺が怒ってもAとBはキョトンとしていた。
2人とも「気のせいじゃないか?」というので、俺も深く考えずに再びチャリを漕ぎ出した。
2時間30分後・・・
俺達は時間通り、予定の場所に到着していた。
そこは3メートルくらいの高さの鉄条網の扉があり、開かないように鎖でグルグル巻きにされている。
左右には有刺鉄線の鉄条網がひたすら続いている。
ライトでずっと先を照らしても、まるで無限に続いている様だった。
B「うお!こえええ!」
俺「中の建物は見えないな・・・」
A「くだらねー!さっさとすまそうぜ!」
長居は無用と思っていた俺とBは、Aの意見に賛成し、目標の看板にマジックで名前を書こうとした。
看板をライトで照らすと、真っ先に「止禁入立」の文字が目に入った。
B「すげー、昔の文字だ!」
俺「なんか変だな?」
A「おい!これ見ろよ!」
そこには夥しい数の「先輩達の名前」が書かれていた。
そして一つだけ妙なメッセージが書き殴られている。
「0時になる前に逃げろ」
A「・・っぷ。バカじゃね?」
俺「なにこれ!俺らは帰るっつーの!」
B「紙にも、猛ダッシュで逃げろって書いてあるわ」
Aはチラっと時計を見た。
A「おい!後10分で0時だぜ!待とうや!」
B「くだらねー。帰ろう。」
俺「10分くらいならいいよ」
結局、俺達は多数決で0時になるまで待つことにした。
0時直前・・・・
Aがカウントダウンを始めた。
・・・・10
・・・・・9
・・・・・8
・・・・・7
・・・・・6
・・・・・5
・・・・・4
・・・・・3
・・・・・2
・・・・・1
・・・・・ゼロ!
A・B・俺「・・・?」
何も起こらない?
俺達がそう思った時だった。
ウウウウウウウウウウうウウウウウウウウウウうウウウウウウウウウウうウウウウウウウウウウうウウウウウウウウウウうウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
鉄条網の奥にあるであろう「秘密の実験施設」から大音量のサイレンが鳴り響いた。
俺とBはそのサイレンにびびり、チャリに跨って逃げようとした。
その時。
A「おい!お前ら恥ずかしくねーのか?」
俺・B「…?。なに言ってんだ!逃げようぜ!」
A「逃げんなって!これがオチだろ?」
俺・B「???」
A「先輩達は、帰る時間にちょうどサイレンが鳴ることを知ってたから、それで俺達がビビると思ってんだぞ?」
俺・B「・・・・・・・」
A「俺達の方が上だって、思い知らせてやろうぜ!」
俺「はあ?」
B「どうやって?」
余裕の笑みを浮かべてAが言った。
A「中に入るんだよ!」
「中に入ろう!」
そう言ったAは、体も大きくて俺達のリーダー的な存在だった。
もちろん恐かった俺とBは反対したけど、Aは言い出したらきかない奴だった。
俺は少し渋ったが、このネタでAが自分をヒーロー化し、逃げた俺達を臆病者扱いするのが目に見えていたので、仕方なくついていく事にした。
最後まで反対していたBも、俺が仕方なしにAについて行く事になると、B独りになるのが恐くて一緒に来ることになった。
俺達は上に有刺鉄線のついていない、鉄条網の扉をよじ登り始めた。
いよいよ中に入った俺達は、それぞれライト(懐中電灯)を片手に歩き始めた。
俺達はさっきチャリを走らせていた道の続きを歩いていた。
俺「なぁ、さすがに建物には入らないよな?」
A「あ?今更なに言ってんだ!中に入って一番、恐い場所に名前を書こうぜ!」
B「俺は無理。外にいるわ」
A「独りでいろや!」
B「・・・・・・」
俺達は恐怖を押し殺すように、喋りながら歩いていた。
そしてついに「秘密の実験施設」の建物に辿り着いた。
A「おい!あれだろ!?」
B「あ・・・あれ?」
俺「おい。あれって」
山と山に挟まれた暗い森の中に、突如としてその建物は現れた。
電気が通っているのか、建物の周りに電灯がついている。
そして、建物の中には豆電球の明かりが灯っていた。
俺「本当に病院みたいだな」
A「テンションあがるわー」
B「・・・変じゃない?」
俺・A「?」
B「ここに来るまで、電線あったか?」
俺・A「!!」
Bの疑問で、一瞬Aも俺も固まった。しかし「自家発電じゃないか?」というやや無理やりな結論に持っていき、そのまま建物に近づいていった。
建物は白地の2階建てで、外壁には文字も記号も一切無し。
そして俺達が建物の入り口の前に立った時、妙な事に気がついた。
俺「・・・入り口が開いているな」
まるで俺達に「いらっしゃいませ」と言わんばかりに、入り口のガラス扉が開いていた。
B「ちょっと待て!」
中に入る前いBが呼び止めた。
A「なんだよ!ビビリが!」
俺「やっぱここで待つのか?」
B「見てくれよ・・・」
そう言ってBは持っていたライトで外から建物を照らした。
俺「・・・あれ?」
A「・・・・おぉ?」
建物が綺麗すぎる。
まるで数年前に建てたかのような綺麗さだった。
こんな山奥で誰も手入れしてない状態ではありえなかった。
俺「!!!!!!!!!」
Bが2階の窓を照らした時だった。
白い服を着た看護婦が、青白い顔で俺達を見下ろしている。
スゥッ
俺と目が合った瞬間、それは奥へと消えていった。
俺「わああああああ!」
A「なんだ!?」
B「どうした?」
俺だけが見てしまった様だった。
俺「お前ら見てなかったのか!?」
俺は震えながらも懸命に今見たものを説明した。
しかし、それぞれ違う理由で俺の話を信じてくれなかった。
A「そんな事を言って、止めさせようとすんな!」
B「俺は限界なんだ!ふざけんのやめろ!」
どうやら2人とも恐くなってきたらしい。
そんな時だった。
うウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウうウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
またも建物の上の方からサイレンが鳴り出した。
その大音量に本当に鼓膜が破れるかと思った。
「耳があああああああああ!」
その爆音から逃げるように俺達は建物の中に入り、中から扉を閉めた。
バタン!
全員「・・・・・・・?」
俺達が建物に入った瞬間だった。サイレンの音がピタリと止まったんだ。
A「なんなんだよ。今のは・・・」
そう言いながら、Aは扉を開けてもう一度外に出ようとした。
ガチャ・・・
A「・・・あ?」
ガチャガチャ・・・
A「おい!ふざけんなよ!」
ガンガンガン!
Aが扉を開けるしぐさをした思えば、次には扉を殴り始めた。
Bも俺も、Aがふざけて脅かしていると思った。
が、
最悪なことに扉が本当に開かない。
豆電球で照らされた薄暗い「病院」の玄関で、俺達は必死にドアを開けようともがいていた。
この状況に追い込まれたと自覚した瞬間、俺達の体を無数の蟲が這うように恐怖が蝕んでいった。
しばらくすると、後ろから物音が聞こえた。
キィキィキィ・・・・・
全員「!!!」
その音に俺達が振り向くと、廊下の奥の暗闇から「古い車椅子」だけがこちらにゆっくりと近づいてきた。
俺「ひっ!」
B「うわあああああ!」
俺とBが悲鳴をあげた時、Aだけが暗闇に向かって叫んだ。
A「ふざけんな!誰だ!〇か!?」
〇というのは、今日の昼、俺達に「肝試し」をするように命令した先輩の名前だった。
A「こんなんでビビるかよ!」
ツカツカツカ・・・
Aは奥に進み、近づいてくる「古い車椅子」に蹴りを入れようとした。
その瞬間だった。
Aは見えない何かに体を浮かされ、強制的に車椅子に座らされた。
A「うわ!なんだなんだ!」
Aはこちらを向いていた。
俺とBもその様子を見ていた。しかし、あまりの出来事に俺もBも声が出ない。
A「た、たすけ・・・」
Aがそう言いかけた瞬間。
ガラガラガラガラガラ
凄まじい速度でAは車椅子ごと、暗闇の奥へと連れ去られてしまった。
本当に恐怖で数秒間、全く動けずに声も出なかった。
今の出来事を「現実」だと認識した時、俺とBの金縛りは解けた。
僕「やばい!やばい!」
B「だして!だして!」
すぐさま俺とBは、叫びながら玄関のトビラをバンバン叩いていた。
キィキィキィキィ・・・・
その後ろから、今度は二つの「古い車椅子」が近づいてきた。
俺達は振り向いた。
車椅子を見た。
悲鳴をあげた。
真っ青になりながら、
もう一度トビラを叩こうとした。
青白い顔をした「看護婦」がガラス扉の外から、俺とBを睨みつけながら立っている!
俺「わああああああああ!」
B「ああああああああ!」
恐怖のあまり俺とBは気を失った。
キィキィキィ・・・・
気がつくと、俺とBは車椅子に乗せられ看護婦に運ばれていた。
横を見るとBが固まった表情で、視線だけが俺を見ている。
動けない。
声も出せない。
Bも同じようだった。
Bの車椅子を「青白い顔をした看護婦」が押している。
俺の車椅子も同じだろうと思った。
前を見ると、暗い廊下の奥から光がこぼれている部屋があった。
キィキィキィ・・・・・
俺はもう殺されると思った。
しかし、現実感がなかった。
まるで夢を見ている様に…
恐怖が完全に麻痺していた。
その部屋に入るまでは・・・・・
Bの車椅子が先に部屋に入った。
その時、後ろから見てもBが一瞬、ビクビク動いたのがわかった。
そして俺の車椅子が中にはいった時。
俺も一瞬、体が動いた。
恐怖がこみ上げ失禁した。
そこは手術室だった。
Aが手術台に縛りつけられ、生きながら解剖されていた。
俺とBを見たAが泣き叫んでいた。
A「たすけて!たすけて!ごめんなさい!ごめんなさい!ゆるして!ゆるして!ああああああああああああああああああああああああああああ!」
何人かの医者の様な男達が、Aの腹をカエルのみたいに開き、次々とAの臓器を取り上げている。
俺もBも、車椅子の上で失禁し泣きながらその光景を見ていた。
医師が俺とBの車椅子を押している看護婦達に、何か指示を出した。
そして俺とBは再び違う場所に連れていかれた。
キィキィキィ・・・・・・・
そこは刑務所の牢屋みたいな病室だった。
俺とBはベッドの上に縛りつけられ、看護婦に何かを注射された。
意識が混濁し、凄まじい恐怖の中で俺達は意識を失った。
…ぃ
…ぉぃ
…おい!しっかりしろ!
目が覚めると、高校の先生達が心配そうに声をかけている。
俺は思わず飛び起きた。
そこは俺の田舎にある唯一の病院だった。
並んでいるベッドを見ると、Bも隣で起こされていた。
それは肝試しの夜から2日たった昼だった。
俺はすぐにどうしてココにいるのかと先生に尋ねた。
ここからは先生の話だ。
次の日。高校に登校してこない俺達を心配した〇先輩が、先生に「肝試し」の事を打ち明けたそうだ。その日の夕方に俺達を探して、先生達が数人で「廃病院」に車で行った。その時、途中の「倒れた大木」は無かったらしい。そして、鉄条網の中に俺達の足跡があったので、それを追跡して「廃病院」の中を探していたら、手術室の手術台の上にAを違う部屋のベッドの上で寝ていた俺とBをそれぞれ発見したらしい。
俺は泣きながら先生に全てを話した。
しかし、その話を聞いた先生は首をかしげた。
それに納得しなかった俺とBは、すぐに先生に車で「廃病院」まで連れて行ってもらった。
そこで日中の「廃病院」をみた俺達は愕然とした。
「廃病院」は火事で全焼していた。
かろうじて建物の形は維持しているものの、俺達が見た「綺麗な建物」とは思えなかった。
恐る恐る先生と一緒に中に入ると、俺達が寝かされていた病室やAの捕まっていた手術室があった。
手術台にはAの名前が書いてあった・・・・
発見された時、Aは「いてぇよぉ!いてぇよおお!」と激しい痛みを訴えていて、どんな痛み止めや鎮静剤も効かなかった為、大きな病院に移送されて精密検査が行われた。しかし、外傷もなく内臓に異常もなかった為、心療疾患と判断され精神科へ移された。俺達も何度か見舞いに行ったが、Aが正常にこちらに応える事はなかった。
数ヶ月後。その病院でAは発狂してしまった。「痛い」とも言わなくなり、精神が完全に壊れて人形の様になってしまった。
そして俺とBも毎晩、眠れない夜が続いている。
0時になると
「廃病院」の方から
ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ
とサイレンが聞こえる・・・
まるで俺達に
「戻ってこい」と言うように
あの廃病院は何だったのか、何が行われていたのか。
そこは陸軍の病院で、終戦直後に燃やされたという記録しか残っていない。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話