私が大学生時代の話。
年が明けて、休みも終わろうかという頃。
何日か帰省していた実家から、一人暮らしのアパートに帰ってきた。
すると、私の部屋のドアのすぐ横…
ボサボサの頭で小汚い格好をした貧相な爺さんがそこにいた。
コンクリートの地面に、ボロボロの段ボールを敷いて寝転がっている。
私が近寄ると、こちらを見て「げへへ…」と下品な笑いを浮かべていた。
(こんな所に、浮浪者が迷い込んだか?)
私は何だか気味が悪かったので、放っておいて部屋の中へ入った。
次の日、大学へ行こうと部屋を出ると…
まだあの爺さんがドアの横に陣取っていた。
ちょうどその頃、アパートの大家さんが庭掃除をしていたので、あの爺さんについて話してみた。
すると大家さんは、まるで要領を得ないという顔でポカンとしている。
わざわざ爺さんの近くにまで連れてきても、あっけらかんとしたままだ。
どうやら、姿がみえていないらしい…
その間も爺さんはニヤニヤと笑いを浮かべてこちらを眺めていた。
今まで色々なものを見てきたが、あんなものは初めてだった…
(まあ、害はなさそうだし別に良いか…)
私はそのまま放っておく事にして、大学へと急いだ。
そして、それから何日か経った。
相変わらず爺さんはその場から全く動こうともしない。
ただ、その数日で少し変わったことに気づいた。
私は結構、金銭の扱いにはルーズなほうなのだが…
(あれ?財布の中の小銭が少し減っている…?)
正確に数えたりする事はないので結構微妙だったのだが、でも確かに減っている。
一度、小銭の枚数をすべて数えて紙にメモして眠ると、次の朝にはやはり少しばかり減っていたのだ。
…そうした事が何回か続いていた。
ある日、いつものように部屋に入ろうと、爺さんを見ながらふと思った。
(もしや、この爺さんの仕業なのか…)
そう考えて爺さんの目をじっと見つめてやると、少し気まずそうに目をそらしていた。
(こいつ、なんてせこい爺さんだ…)
その時、私の心中は複雑だった。
小銭がわずかに減る程度なので、大して怒る気にもならなかったのだ。
そもそも、どう対処したものかも良く分からなかった。
あの貧相で憎めない顔を見ていると、心なしか笑えてくるから不思議である。
結局は、面倒だしそのまま放置という形で落ち着くのだった。
しかし、それから一ヶ月ばかり経ったある日の事…
突然、何の前触れもなく爺さんは忽然と消えていた。
もう見慣れてしまっていた場所に爺さんがいなくなると、心なしか寂しく感じた。
爺さんの正体は結局分からずじまいだったが、私は貧乏神の類だったのではないかと踏んでいる。
今思うと、あの不憫な格好でなぜか憎めないような雰囲気は、ある意味ただならぬものだったと…
今でもあの爺さんは他の誰かの所に居座って、小銭をくすねているのかもしれない。
怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん
作者怖話