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中編7
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ベイノコ

前にも書いたが、俺の弟は小学一年までは かなり霊感が強かった。

ある人(?)に能力を封じられるまでは、命の危険を感じるような出来事もたびたびあった。

今回は そんな出来事の一つを書こうと思う。

「兄ちゃん、これ何かな?」

ある日 弟の竜が、左の手の平を見せながら俺に聞いてきた。

見てみると 手の平にポツンと赤い点があった。なんだか血豆のように見える。

「触ったら痛かったりする?」

「ううん、全然痛くない。でも、洗っても落ちないの。」

「ん〜…なんだろ。でも そんなに気にする事ないんじゃない?

知らないうちに血豆ができたんかもよ?」

俺も、気づかないうちにあざが出来てる時があるし、そんなもんだろうと その時は思っていた。

「そっか。幼稚園で転んだ時にできたんかな?」

「たぶんね。だから そのうち自然に消えるよ。」

竜は俺の言葉を聞いて、ほっとしたように笑った。

そんなやり取りをした事も忘れてた数日後、また弟が俺に手の平を見せに来た。

「兄ちゃん…これ消えないよ?痛くはないけど。」

俺はそれを見た時、一瞬ドキッとしてしまった。

それはまるで、手の平に一滴血を落としたように見えた。

「大きくなってるね…。お母さんに言ってみた?」

「うん、見せたよ。だけど 何ともなってないって言った。」

「!!」

お母さんには見えてないのか?だとしたら…

「竜、最近変な事しなかった?変な事があった、とかでもいいんだけど。」

竜はしきりに首をかしげて考えていたが、思い当たる事はなさそうだった。

困ったな…お母さんに見えてないって事は、怪我とか病気じゃないんだ。

って事は、病院に行っても意味ないし…。

どうしたらいいのかと考えこんでいると、

「兄ちゃん、これ全然痛くないし大丈夫だよ!

そのうち消えちゃうんじゃない?」

そう言って走って行ってしまった。

弟は小さいなりに、困っている俺を見て気を使ったのかもしれない。

どうする事も出来ない俺は、そのまま様子を見るしかなかった。

次の日竜の手を見てみると、血豆みたいだったものは手の平いっぱいに広がり、そこから赤い筋が一本 手首に向かって5㎝くらい伸びていた。

まるで根っこを張りはじめたように、先が枝別れしている。

なんだ これ!?気持ち悪い…!

「竜!お母さんに言って、やっぱり病院に連れて行ってもらおう?

お医者さんなら何かわかるかも…」

「やだよ!」

竜は、俺が言い終わらないうちに手を無理矢理引っ込めると

「こんなの…こんなの すぐに治るもん!」

そう言って俺を睨みつけた。

「え……竜!?」

「今日は幼稚園休む!」

布団に潜り込んだ弟を見ながら、俺は呆気にとられていた。

こんな竜を見たのは初めてだった。

いつも明るく、無邪気な笑顔を向けてくれる弟が あんな暗い目で…。

幼稚園を自分から休むなんて言ったのも、初めての事だった。

休日だと言っても、幼稚園に行きたいと駄々をこねる弟とは思えない行動だ。

しかし、その日から竜は明らかに変わってしまった。

外に遊びに行くのが大好きだったのに、幼稚園にも行かず、膝を抱えてテレビばかり見ているようになった。

いや、見ているのかさえも定かではなかった。

どこか遠くを見ているようにも、何も見ていないようにも感じられた。

あまりの竜の変わり様に、両親も幼稚園でイジメにでもあってるのじゃないかと思い始めたらしく、月曜日になっても行きたがらないようなら 先生に相談しなくては、と言い出した。

幼稚園を休み始めてから、四日経っていた。

その日の夜中、俺は重苦しい空気を感じて目を覚ました。

体が動かない…!

目だけを動かして辺りを見回すと、寝ている竜の側にソレはいた。

白くのっぺりしているような、表面はぬめぬめしてるような感じだが ヒトガタではある。

頭が異様にでかく、ソレはゆらゆらと揺れていた。

なんだよ あれは…?

生き物?それとも霊なのか!?

そいつはゆっくりと竜の袖をめくると、長い爪でスーっと腕をなぞっている。

あいつが原因だ!

そう瞬時に理解した俺は、声は出せないが 心の中で竜から離れろ!やめろ、出てけ!と喚きまくった。

すると、そいつがバッ!と振り返り、俺の方を見た。

大きな目を、ギョロギョロと忙しく動かす様は不気味としか言いようがなく、ゾッとした俺は思わず目をそらした。

次の瞬間 『ウルサイ…!ウルサイイ…!うるさーーーいぃぃいイ!!!』と耳元で怒鳴られ、あまりの大音量に頭がクラクラして目の前が暗くなっていく…。

必死に竜の方を見た時、そいつが竜に顔を近づけ 何かを呟いていたが そのまま意識が途絶えてしまった。

気がつくと朝になっていた。

飛び起きた俺は、慌てて竜のそばに寄り 袖をまくってみる。

……こんなに酷くなっているなんて…!

あれから嫌がって手を見せてくれなかったからわからなかったけど、赤い筋は今や腕全体に広がっていた。

赤い毛細血管が 浮きあがってるかのようだ…。

どうしたらいいのかわからなかった俺は、とりあえずまだ寝ていた竜を叩き起こし、嫌がる弟を半ば強引に外へと連れだした。

竜が外へ出たがらないのは、もしかしたら あの化け物が日の光を嫌っているのかもしれない、と考えたからだ。

竜はうつむきながらも、俺の後ろをついて来ていた。

「なぁ、竜。昨日の夜さ…なんか変な声とか聞こえなかった?」

「……」

「竜?」

「……」

ふぅ、と一つため息をつくと 俺はまた歩きだした。

正直どうしたらいいのかわからず、途方にくれた。

とぼとぼと二人で田んぼの畦道を歩いていると、田んぼで仕事をしていたおじさんに声をかけられた。

「ずいぶん早起きだなぁ二人とも!なんだ朝の散歩かい?」

「あ、おはようございます…。」

「ん、おはよう!いいなぁ竜ちゃん、兄ちゃんと一緒でなぁ。」

「……」

竜は、子供好きなこのおじさんがとても好きで、話し掛けられて無視するなんて事は ありえない事だった。

「ごめんなさい…竜ちょっと元気なくて…。」

「そうかぁ。さてはお母ちゃんに怒られたかな?」

そう言って竜を覗き込んだおじさんの顔色が変わった。

「竜ちゃん!こりゃあ一体…。ま、まさかあれを捕まえたんか!?」

「おじさん、竜の腕の見えるの!?」

「……あぁ、見えるよ。おじさんも小さい頃、同じ目にあった事があるからな。

兄ちゃん、おじさんが戻るまで 絶対に竜ちゃんのそばから離れるんじゃないぞ!」

そう言っておじさんは家へと駆けて行き、5分程して俺達のもとへ戻ってきた。

茶色の粉が入った袋と、白い粉のような物が入った袋を持って。

「おじさん、それは何?」

「これか?これは糠と塩だ。」

「ぬか?」

「そうだ。昔婆さんがやってくれた、ベイノコを体から追い出す方法だ。兄ちゃん、たぶん竜ちゃんは暴れるだろうから、しっかりと押さえておけよ!」

「あ、はい!」

俺が竜を羽交い締めにすると、おじさんは糠と塩を混ぜた物を 竜の腕に塗り始めた。

とたんに竜は暴れだし、ヤメロと泣き叫ぶ。

俺の力では抑えきれない!顔や腕を竜に引っ掛かれ、痛みでつい離れそうになってしまう。

「おじさん!もう俺無理かも…!」

「頑張れ、あと少しだ!…よし、もういいぞ!」

おじさんは竜の腕を脇にしっかりと挟み、何かを搾り出すように 竜の腕を肩側から手首の方へと ゆっくりと押し出している。

「兄ちゃんこっちに来い!

今から竜ちゃんの手の平から出て来るモノを、急いで踏みつぶすんだ!」

て、手の平から出てくるモノ!? 踏みつぶすだって!?

俺が戸惑っている間にも、おじさんの手は手首の辺りまできていた。

そして一段と竜の叫び声が大きくなった時、手の平から何か白い、大豆のような物がコロンと落ちて転がった。

「なんだこれ!?」

「それだ!!早く踏みつぶせ!」

慌てた俺が大豆のような物を踏もうとすると、いきなりそれから虫のような手足がニョキニョキと生え、動きだした。

「うわああぁ!」

あまりの気持ち悪さに俺が飛びのくと、おじさんが素早く石を拾い ソレを潰した。

「ギ…イイ」

小さかったが、確かにそんな声が聞こえた。

竜はグッタリとしていたが、意識はあるようだった。

何より腕の赤い筋は綺麗に消えていたのを見て、俺はへたり込んでしまった。

「おじさん、あれは何だったの?」

「わしにもよくはわからんが……。わしが子供の時に見たのは、シャボン玉のようなのが飛んでるのを見つけて、それを手で潰したんだ。そしたら手の平に血豆みたいのができてな…。」

あとは竜の時と同じだと言う。

おじさんのお婆さんが、ベイノコにやられたんだと教えてくれたそうだ。

ただ、『ベイノコ』と言うのはこの辺りでの呼び名で、本当の名前を知っているのはベイノコにやられた者だけだと おじさんは言った。

「それは決して、口に出してはいけない名なんだよ。

口に出したら最後、気が触れるか死ぬかのどっちかしかない。

聞いてしまった者も、同じ運命を辿る。

だから竜ちゃんも絶対に話してはいけないし、兄ちゃんも聞き出したりしてはいけないよ?」

俺と竜は深く頷いた。

夜中に見た奴が竜に呟いていたのは、本当の名前だったのか…。

「おじさん、あの赤いのがもっと酷くなったら 竜はどうなってたの?」

「新たなベイノコになると、わしは婆さんから聞いたな。」

そんな!竜は本当に危なかったんだと実感した。

俺達はおじさんに何度も御礼を言い、家に帰った。

その日から竜は幼稚園に通うようになり、いつも通りの明るい弟に戻っていった。

あれから俺達も大人になって、ベイノコの事なんてすっかり忘れたと俺は思っていたけれど、先日弟が 突然この話しをしだした事に驚いた。

「あいつの名前を、これから先も忘れる事はないんだろうね。

俺もおじさんも、一生ね……。」

そう言って寂しく笑った弟を見て、俺はかける言葉がみつからなかった。

あの時の出来事は、まるで抜けない棘のように 今も俺達の胸に突き刺さったままだ。

きっとこれから先も……。

怖い話投稿:ホラーテラー 雀さん  

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