交換日記、の小説版というべきもの「交換小説」。それが僕のクラスで流行っていたのが、今でも記憶に新しい。
小説といっても中学生が書いてるものだから内容もたかが知れていて、僕らはその内容よりも、「交換して小説を書く」という形式そのものに興奮していた。
だがそれも最初までで、興味半分で参加していた級友は何人も辞退した。
話に落ちを付けることがどれだけ難しく、それが複数の人間によって行われるとさらに難易度が格段に増す、という事実に気付いたのだ。
そこで残ったのは僕と裕也(仮名)、加奈(仮名)、明(仮名)の三人だけとなった。
僕を除けば全員文才に恵まれている方で、これでやっと少しはまともな小説が書けると思った。
途中経過を簡単にまとめるとこんな感じである。
主人公(以下イタカ)はある日、廃工場で目を覚ます。
外を見ると街は白い灰に包まれ、人々の姿は消えていた。
イタカはなぜかズボンのポケットに入っていた地図を手掛かりに、町からの脱出を計る。
ここまで書くと、至って陳腐で、ありふれた小説のように思える。
しかし加奈の書く文章は独特のテンポと臨場感を持っていて、まるで一流小説を読んでいるような感覚を覚えさせる(とはいっても僕自身は実用書ばかり読んでいて、一流小説なんてお目にかかったことはない)。
この小説が支離滅裂でありながら、何とか読める物に仕上がっているのは、彼女の功績だといってもいい。
最近は明の番で、本人によると順調に書き進めているようだ。
そして今、手元にあるのは彼が苦心して完成させた原稿である。
イタカは地図を手掛かりに街を散策するが、建物の配置が微妙に地図と違うことに気づく。
そして地図に交番を現わす記号で表示されていた場所は、一つの民家だった。
これだけ見れば意味深なメッセージを含んでいるように見えるが、これはあくまで交換小説であって、後任の人間がそのメッセージをくみ取ることができるとは考えにくい。
何を隠そう明の次の順番は僕で、僕にはこの展開をさばき切れる力量はない。
結局イタカは交番からあまり動かさないようにし、彼の行動は民家内の散策に始終した。
そして次はいよいよ加奈の番だ。
加奈の番が来ることには、二つの楽しみがあったのだ。
一つは前述の通り、加奈の書く文章には読む者を引きこむ力がある。
初冬を迎えつつある秋の夜長で、加奈の小説は暇つぶしとしては文句なく合格点をつけられるものだった。
そしてもう一つは、病気で休んでいる加奈の家に交換小説を届けることだった。
加奈は少し前から病気がちで、僕が彼女に小説を届ける役を任されていた。
そう聞くと僕がなかなか善良な人間に思えるかもしれないが、僕を駆りたてるのはいわゆる下心と呼ぶべきものだった。
加奈はクラスの中でもかなりかわいい方で、どう厳しく判定しても上から三番目には入る。
病弱で、見目麗しい文学少女が、僕の恋愛対象となるのは、時間がかからなかった。
僕は今まで訪れなかった奇跡が、彼女と僕を結び付けることを心のどこかで期待していた。
「いつもありがとう、××くん」
そう言われて悪い気はしない。むしろ最高だ。
「それじゃ、楽しみにしてるよ」
小説を、とは言わなかった。それじゃなんだか素っ気なくて、表向きは気のないふりをしても、間接的な形で好意が伝わればいいと思っていた僕は、こういう曖昧な言い方をした。
それから二日もたってないころだ。
担任の教師から、加奈が死んだとクラスのみんなに連絡があった。
その時僕は、不思議と悲しい気持ちはなかった。
もっと別の感情、使命感というべきものがあった。
僕の頭の中は、交換小説の事でいっぱいだった。
僕と、明、裕也は、交換日記の縁から彼女の遺品を取りに行くことになった。
そしてそこには、交換日記があった。
交換日記は、彼女が死ぬ直前まで書きたされていた。
民家を散策し終えたイタカは、悲鳴を聞きつけ外に出る。
そこには異形の怪物と、それから逃げる一人の少女がいた。
イタカは身を呈して少女を守り、死闘の末怪物を仕留めるが、自らも瀕死の重傷を負ってしまう。
少女は気づいたらこの世界に来て、何も手がかりもないままさまよっていたのだという。
イタカは命が尽きる前に、自らの意思を彼女に伝える。
「生きろ」
イタカから地図をたくされた少女は、廃墟と化した街で一人歩きだす。
読み終わって絶句した。
このイタカはまるで彼女そのものじゃないか。
ページの終わりに、こう走り書きされていた。
「物語を終わらせて」
僕らは、彼女の遺志を引き継ぐことにした。
この交換小説が、今は亡き彼女との唯一の絆だった。
文章の端々で、彼女が生きている。
僕にはそう感じられた。
僕はすぐに書き始めたかったが、順番に忠実に、裕也が続きを書くこととなった。
裕也は家に帰り、何度も小説を読み返し、そして続きを書いた。
少女は街を歩き続け、他の人間と出会う。
怪物たちは街に次から次に現れたが、仲間と手を合わせて彼女はそのすべてを打ち破った。
怪物たちは彼女たちの生きる糧となり、やがて一人の戦士となった彼女は、生存者たちのリーダーとなる。
明と僕は、二人とも裕也に感心した。
これこそ彼女の望んだ形、伝えたかったものなのだ。
僕らは理由もなく確信した。
できれば残りをすべて裕也に書いてほしかったが、それは彼女が許さないと思う。
これは交換小説なのだ。
「じゃあ次は頼むよ、
―」
一瞬の出来事だった。
全て言い終わる前に、信号待ちをしていた僕らの方へトラックが突っ込んできた。
さっきまで裕也がいたところには、肉塊が転がっている。
茫然としている僕らの方へ、運転手が走ってきた。
運転手は自らのしたことにおののき、膝をついて叫んだ。
明は交換小説をやめることを提案した。
交換小説によって、あの世から彼女が、裕也を死の世界へ引き込んだ、そんな風に思えた。
だがもしそうなら、中断も彼女は許さないはずだ。
残された選択肢は一つ、物語を終わらせること。
明は悩んだ末、続きを書き始めた。
彼は少し書いて、続きを僕に任せることのした。
夜中に電話がかかってきて、明は僕にこう言った。
「書いたぞ、小説。後は適当に書いてさっさと終わらせるんだ。これであいつも文句ないだろ」
息継ぎをほとんどせず、明は早口で言いきった。
その時だ。
受話器の向こうで、湿った音がした。
そして妙に小気味よい音が続く。
「何があったんだ、明!?」
応答はない。
そして次の日、加奈の時と同じように、明が死んだことが知らされた。
頭部が潰され、原形が残っていなかったという。
クラスでもこのころから交換小説の事がうわさになり始めていた。
交換日記にかかわった人間が、立て続けに三人死ぬ。
級友の何人かは、僕に小説を処分することを勧めた。
それでも僕はとりつかれたように書き続けた。
明の所までの話はこんな感じだ。
戦士として生きる少女は、やがて一人の男と恋に落ちる。
しかし男は、ある怪物との戦いで命を落とす。
怪物はこれまで街を襲った全ての怪物のボスというべき存在で、かなう人間はだれ一人としていなかった。
少女は復讐を決意するが、他の戦士はそれを止める。
廃墟と化した街で、唯一の食糧が、怪物の肉だった。
怪物のボスは卵をうみ続けるが、もしボスを殺せば怪物は減る一方となり、それは破滅を意味する。
少女は私怨と使命の間で葛藤する。
悪くない、と僕は思った。
想定したのとは違うが、これでちゃんと物語を終わらせることができる。
僕は続きを書き始めた。
もし僕が少女なら、ボスを刺し違えてでも殺し、そして破滅する。
しかしペンを持つ手が、不意に激痛に襲われた。
何とか動かそうとしても、利き手は動かない。
左手で書こうとするが、まともな文字にならない。
痛みに呻く僕の声を聞きつけ、母親が僕を病院へ連れて行った。
関節が炎症を起こしているらしい。
だが原因が何かはわからなかった。
僕はその日病院に泊まることになった。
そして夜が明け、仕事から帰った僕を母が迎えにきた。
「日記は!?持ってきてって言ったでしょ!?」
母が言うには、どこを探してもそんなものはなかったらしい。
家に帰った僕はそこらじゅうを捜したが、日記は見つからなかった。
絶望的だった。
物語を終わらせることができない。
彼女の意思を引き継ぐことができない。
しかし時間がたち、交換小説のうわさのほとぼりが冷めたころ、僕は安堵をおぼえた。
あのまま書き続けられていたら、結末を書くことができただろう。
しかしそれは僕自身の結末を意味していたかもしれない。
これで良かったんだ、これで・・・・。
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作者怖話