大島オート。看板にはそうあった。
しかしそこにあったのは、見る影もない廃墟だった。
「大丈夫かな・・・・。必要な部品があればいいんだけど」
「こんだけバイクがありゃあ乗り換える、っていう手もあるな」
元江はそこらじゅうに倒れているバイクを立たせ、一つ一つタンクや、その他の器機を見て回った。
「お、これなんか・・・・」
エンジンをかけてみるが、異音が連続した。
「うーん・・・・。
まともそうなのはこれだけなんだがな。
やっぱ修理した方が案外早いかもな」
大島オートは、かつては自転車を販売し、店の裏には副業の自転車修理の機材が並べられていた。
バイクをそこへ運ぶと、まるで検死解剖のように、器具をテーブルの上に並べた。
「もうこんな状況じゃ警察の目を気にする必要もないな。
改造し放題だ。
これからサバイバルするってんだからな。
思う存分カスタマイズしてやるぜ」
元江は半ば興奮気味に、作業に取り掛かった。
元江はここに来る間、大方の手順を頭の中でシミュレーションしていたようで、修理を素早く済ませると、改造を始めた。
店内はバイク屋ということもあり、特殊な工具が取り揃えらていた。
まずはエンジンに取り掛かる。
いくつかの手順を踏み、エンジンからオイル・冷却水を抜き切る。
もともと何度も手が加えられていたエンジンのカバーは、意外と簡単に外れた。
さらにナットを特殊なレンチで外し、クラッチアウターを取り外す。
電動ドリルをつかい、ボルトを外す。
いくつかのギアとシャフトを外し、他の部品をそこにあてがう。
元江は手際よく、熟練の外科医のように作業を進めた。
もちろんそれは赤城の理解を超えるもので、赤城はそれとなく分かったような表情を浮かべ、しばらく眺めていた。
エンジンの改造を終えると、元江は一仕事を終えたように大きなため息をつき、腰を下ろした。作業中は夢中になって気付かなかったが、かなりの疲労が蓄積されていた。
「しばらく仮眠しよう・・・・。さすがに疲れた」
元江は横になり、先ほどまで拝借していた作業着をたたむと、それを枕代わりにした。
二人は順番に寝ることにした。
いつ、何かが起こるかわからない。
一時間半ごとに二人は交代して寝た。
いつの間にか夜は明けたが、そこにはいつも馴染んだ鳥のさえずるような声は聞こえなかった。
やがて二人とも睡眠を十分に取ると、背伸びをするように簡単な関節運動をし、深呼吸した。
空腹とともに、焦りを覚えた。
食糧をどうにかしないと。
店内を物色すると、二階に小さな冷蔵庫があった。
卵や肉はさすがに無理だが、食パンや菓子パンがまとまった量で置いてあった。
もちろんトーストの機械はなく、二人はすこし乾燥気味なパンをほおばった。
元江は食事を終えた後作業を再開し、シリンダーやその他の部品を取り換えた。
本人によるとそれは明らかに違法な改造で、パフォーマンスは格段に向上するのだという。
保存がききそうな食糧をいくつかバッグに詰め込み、バイクの後ろにくくりつけた。
エンジンをかけると、力強い音が響いた。
「食糧はとりあえず手に入ったし、どっかでガソリンスタンドによれると良いんだけど」
「それならここからちょっと遠いけど、たぶんガソリンスタンドが道路沿いにあると思う」
「なら次の目的地はそこだな」
赤城が後ろに乗ると、バイクは勢いよく走りだした。
風を切るような、風と一体となるような爽快感に包まれた。
それは、運転はしていないが、赤城も同じだった。
風景が次々と流れていく。
廃墟のなか、二人の男を乗せて走るバイク。
これが映画とかだったら、結構さまになるんだろうな。
そんなことを赤城は考えていた。
その時だった。
湿った、腐った肉が粘液を噴き出すような音がした。
「元江、なんかおかしい音がする!!」
「ああ、エンジンの事か。
どうだ、前と全然違うだろ?
まるで別のバイクさ」
「違う、そうじゃない、もっと別の・・・・」
突如、視界を黒い影が覆う。
「!?」
バイクは倒れるようにしてそれを避けると、急角度の曲線を描き、その影の方へ向きあ
うように急ブレーキをかける。
「なんだ、こいつ・・・・!?」
全身が外骨格に覆われ、その隙間からはミミズがのたうちまわっているような皮膚が覗いている。
その脚は巨体を支えるには頼りないくらい細かったが、長い尾が重心のバランスをとっていた。
その口には肉食獣のような歯が並び、歯の隙間からは灰色とも紫とも取れないような色の液体が、泡を立てながら滴っていた。
そう。
一言で形容するなら、恐竜。
「恐竜!?」
「なんでこんな所に・・・・」
アウトラインは小型の獣脚類恐竜に見えるが、まるでアンデットようだ。
そしてその背中には、人面猿とも言うべき奇怪な生き物が、ボウガンのようなものを持って、まるで母親の背中の赤ん坊のようにおぶさっていた。
「・・・・どうする!?」
「どうするって・・・・闘って勝てる気するか!?」
バイクは空に乗り上げるように、百八十度方向転換した。
それを合図にするように、アンデットは追跡を開始した。
その背中にいる人面猿は、ボウガンをリロードし、そして妙に安っぽい、緑色の矢を放った。
矢はさっきまでバイクがあったところへ飛び込み、コンクリートの地面にはじかれ、数回バウンドして転がった。
バイクは全速力で逃げるが、アンデットはその後ろをぴったり付いてくる。
「おい、違法改造したんだろ!?
あいつなんで追いついてくんだよ」
「知らねえよ!!
この速度について来れるなんて、地球の生物とは思えねぇ!!」
このまま直線で走っていれば追いつかれる。
路地に逃げ込むか。
「しっかりつかまってろ!!」
バイクは建物を縫うように、奥へと進む。
元江の人並み外れたテクニックと、つい最近産み落とされたモンスターマシンの性能がそれを可能にした。
さすがにここまで追ってこれるとは思えない。
「おい、元江!!前!!」
「?」
出口を阻むように、アンデットが二人の前に飛び降りた。
アンデットはすさまじい跳躍力で建造物に飛び乗り、その上から二人の姿を確認しながら、飛び移っていたのだ。
無意識のうちに、元江は咆哮を上げていた。
アンデットは筋肉を翅のように反らせ、猛禽類のような爪でコンクリートを薙いだ。
その一撃によって、壁や柱がまるで飴細工のように、粉々に砕かれた。
元江はバイクを滑り込ませるようにアンデットの脇を通り抜け、広場に躍り出た。
バイクはバランスを失い、広場の中央の噴水に突っ込む。
二人は投げ出され、床に叩きつけられた。
元江はしばらく離れた所に打ちつけられ、柱の向こうに赤城の姿が見えた。
アンデットは赤城の方に歩み寄る。
元江には気づいていないようだ。
全身を打撲したダメージからか、それとも身がすくんでしまったのか、赤城はそこから動こうとしない。
どうする?
見殺しにするか。
いや、駄目だ。
考えろ、脳をフル回転させるんだ。
ここから生還するにはどうすればいい?
そして赤城を救うには?
一瞬の出来事だった。
鋭い刃物のような牙が、肉を貫いた。
「!?」
アンデットは一瞬にして、脳の神経を断ち切られていた。
その男によって。
男の手には、獣の牙を加工したような、鋸とも薙刀ともつかないような得物が握られていた。
アンデットは数秒間、まるで自分に何が起きたのか理解できないように静止し、そして音を立てて地面に伏した。
その背中にいた人面猿は怯えるようにボウガンを男に突きつけるが、男に頭を掴まれ、庭小人のように投げ飛ばされ、そして絶命した。
たった今二匹の怪物を仕留めた男は、観察するような目つきで赤城と元江の二人に一瞥をやった。
男はまるで密教の信者が儀式に使うような、フード付きのマントをはおっていた。
その表情を読み取ることはできなかった。
そして赤城が口を開いた。
「お前・・・・荒木か・・・・!?」
男が僅かに反応する。
そしてしばらくためらうようにして、フードを外した。
男の名は大塚稀人。
赤城たちの、かつての級友であり、不登校となった生徒だった。
セカンドシーズンvol1に続く
怖い話投稿:ホラーテラー プロジェクトchaosさん
作者怖話