目の前にいる男。
不登校になった、稀人という男子生徒。
それらを結びつけることができなかった。
一年弱ひきこもっていたらしい。
そう話には聞いていた。
弱弱しくて、華奢なかつての稀人の面影はなく、鍛え抜かれた肉体と、闘志に満ちたまなざしがそこにあった。
「稀人、どうしてこんな所に・・・・っていうかどうしたんだよ、その格好」
赤城はなれなれしく話しかけ、稀人の方へ近付く。
元江は内心穏やかでなかった。
いましがた現れた稀人。
彼が次の敵となる可能性だってある。
彼としても俺たちを助ける為ではなく、ただの私的なハンティングなのかもしれない。
そうだ、あいつが俺たちを助ける義理はないんだ。
元江はバイクをすぐ発進できるようにし、ゆっくりと稀人に近づいた。
「久しぶりだな、稀人。
そっか、お前も無事だったんだな、良かった。
やっぱり日本じゅうこんな状態なのか?」
赤城は元江の心中を知る由もなく、まるで旧友との再会を懐かしむように話しかけるが、稀人は赤城の方を見ず、その肩ごしに元江を見つめていた。
品定めするような目付きだ。
「おい、荒木」
元江は口を開いた。
こいつ、稀人という人間が、どういう目的で動いているのか。
会話の中で探るしかない。
しかし相手は得体の知れない男だ。
一つ一つ慎重に言葉を選ばなければならない。
「まず助けてくれたことに礼を言う。
そして、聞きたいことがある。
・・・・一体この国で何が起こっているんだ?」
それがまず知りたかった。
つい最近起きた天変地異。
稀人はまるで、最初からこうなることを予期し、入念に準備していた、元江にはそう思えた。
となれば今回の地震に、こいつも何らかの形で関係している、あるいは重大な事実を知っているのではないか、と考えた。
稀人はしばらく考え、そして口を開いた。
「話せば長くなる。
とりあえず安全なところに離れよう。
それよりそのエンジン、切っておけ。
他のアンデット達に居場所を知らせることになるぞ」
三人は近くの、半壊した一軒の民家に入った。
そこは稀人の臨時的なアジトだった。
どこから持ってきたのか、保存食やさまざまな生活用品が、
今にも足が折れそうなテーブルの上にあった。
そして壁には、狩人がするように、獲物の首が掛けられている。
だがそこにあるのは鹿の頭部ではなく、大型の爬虫類、そしてその爛れたような皮膚は強固な外骨格に包まれている。
これを仕留めたのか。
確かに、俺たちよりかは戦闘において経験値は上のようだ。
そこで気になったのが、その丹念さだった。
獲物をきれいに解体し、それぞれの骨を標本のように並べ、それらの全てに細かい字で詳細なメモが貼られていた。
そう、こいつは稀人なのだ。
彼の本質は、神経質で繊細な少年なのだ。
そして元江は、稀人が意外と幼い顔つきをしていることに気付いた。
思えば俺とこいつは同級生なのだ。
稀人は、少しずつ話し始めた。
「俺も全てを把握しているわけではない。
そして俺は最初から全てを知っていたわけではないが、こうなることを知っていた。
いや、信じ込んでいた」
元江は稀人の言葉の意味を汲み取れず、怪訝そうに小さく眉に皴を寄せた。
「俺はかつて妄想に取りつかれていた。
この世界は天変地異によって崩壊し、文明は消滅する。
そうして全てが失われた世界で、自らが闘う姿をいつも思い浮かべていた。
来るべき時のため、俺は準備をした。
肉体を鍛え、感覚を研ぎ澄まし、ただ一人、その時のために。
だが今思えば、あれはただの妄想ではなかったのかもしれない。
心は最初から全てを知っていて、俺の本能は生きる道を見つけたのかもしれない」
言い終わると、稀人の表情はどこか、恥ずかしげで、そして少し誇らしげでもあった。
元江は彼が、やはりごく普通の少年であることを知った。
少なくとも俺たちにとって脅威となる、ということはないだろう。
「手を組まないか。」
協力して、この街から脱出するんだ」
その稀人の提案は、元江を少し驚かせた。
いや、当然と言えば当然か。
「いいだろう。
だがお前にとって俺たちと手を組むメリットってなんだ?」
稀人は一瞬答えに窮したが、少しして小さな声で呟くように言った
「仲間がいること、それ自体に意味があるんだ」
稀人はひきこもりであった時から、ずっと孤独の中にいた。
そして彼はこの状況の中、生きている人間に会えたことを内心嬉しく思い、そして同志と呼べる人間を欲していた。
「よし、これで俺たちは同盟ってことだな!!」
赤城が二人の肩に、飛び込むように手をかけた。
そして稀人は初めて笑みを浮かべた。
俺は孤高のハンターなんかじゃない。
ただこうして、普通の友達と過ごす時間が欲しかったんだ。
稀人は独自の調査から、アンデットの生態を大まかに把握していた。
外骨格は陸上動物同様、容易に破壊することはできない。
しかし関節の間に露出している皮膚からは、内部まで届く攻撃を与えることができる。
脊髄を沿うようにして覆う外骨格と頭蓋骨の間には、ゼラチン質の部位があった。
そこをピンポイントで攻撃すれば、仕留めることができる。
稀人が先ほど恐竜もどきを仕留めた時のように。
「これは戦利品、て所だな」
そう言って稀人が取り出したのは、人面猿の持っていたボウガンだった。
「飛び道具は俺の趣味じゃない」
稀人はそれを元江の方へ差し出した。
ずしりとした重みが手に伝わっていた。
「しばらくはここを拠点にして狩りを続ける。
そして可能な限り情報を集め、救助を捜す」
稀人は少し早口で言うと、壁にもたれるように座り、そして瞼を閉じた。
眠っている無防備な稀人は、やはり元江たちが知る、一人の男子生徒の姿だった。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話