中編6
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その他のさなぎ

insect:虫、昆虫

worm:虫、幼虫、ミミズや蛆虫、ヒルなど

虫の定義とは何だろう。皆のなかに、正確に言える人はいるだろうか。俺の記憶が正しければ小学生の頃、“両足が6本のものは虫”その他は虫ではないと習った。

では、“その他”はどうなってしまうのだろう。

幼虫からさなぎ、さなぎから成虫へと変わっていくその過程が俺は不思議でしょうがなかった。

過去形だ、

不思議でしょうがなかった、のだ。

あまりにいきなりで聞き返してしまった。

「かんてー?」

「そう、鑑定。」

クラス替えもひと段落し、段々と落ち着いてきた放課後の教室内で来月出るゲームの話なんかをしている時、タカシがいきなり言い出した。

「俺もさ、こうゆう場合はカワイイ女の子とか呼んできゃーきゃーしたか

ったんだけど、今回ばっかりはそうもいかなくてさ。」

タカシが言うには、自分の家の四畳半の部屋から古い高そうな桐の箱が出てきたという。まだ開けておらず、なにが入ってるかわからないが、その堂々とした感じから高価なものだろうと思い、その箱の中身の鑑定に俺を誘ったらしい。

「女の子ときゃーきゃーすれ」

「おまえがいいんだよ」

乗り気でない俺に対してタカシはスパッと俺を指名してくる。

「でもなんで俺なんだ?俺はそうゆうの詳しくな」

「おまえじゃなきゃ駄目なんだ」

タカシはいつも人の話を聞かない。俺がまだ話しているのにさえぎって話しだす。

面倒だと思ったが、いつになく真剣な口調に押されOKしようとした瞬間、ガラッと雑にドアを開け担任の山口が入ってきた。

「男が2人っきりでこそこそと、寂しい青春だな。なんかしょっぱい。同姓不純行為か?」

「いや、そうゆうわけでは・・・」

決してそんなやましい事はなかったが、いつもの軽い感じの話ではないのでつい語尾が弱くなった。のがいけなかった。山口は何かを察知したのかずいずいと俺らの間に入ってきた。

「何、なんの話?え?」

「いえ、ちょっと俺んちに怪しい箱があるんで見に来ないかって誘ってたんです先生も、話聞きます?」

おいおい、俺じゃなきゃダメなんじゃなかったのかよ?なんて女々しいことを考えてるうちに山口もタカシの家に来ることになっていた。教師の業務を超えてるよな、と思いつつ、山口は骨董品マニアかなんかなんだろうと思い、あえてそこはスルーすることにした。

「それで、いつ行けばいいんだ?」

「今日、お願いします。」

「今日!?ずいぶんと急だな、うーん仕事どうすっかな、うーん本当に急だよな。」

勝手について来るくせに文句を言う山口を尻目に俺はその箱についていろいろタカシと話した。

そこでの事をまとめると、その箱はティッシュ箱位の大きさで、なにやら古い鎖のようなものでぐるぐる巻きにされているが、その鎖も古いのでハンマーかなんかでたたけば砕けて蓋をあけることができるだろうのこと。

「おいおい、聞くからに怪しいじゃねえか。中を見たら呪い日本人形がこんにちはとかマジかんべ」

「それはないな、ないよ、多分。」

自分に言い聞かせるような言葉や、多分などその微妙な答えが俺を後悔という名の道へと引っ張る。お宝を鑑定というより曰く付きのものを視に行くような、そんなズレを感じる。

しばらく1人、後悔の道の上のズレに挟まってあれこれ考えていたが、

「よし、仕事はいい会議もいい。行こう。」

というダメ大人山口の一声により結局俺、タカシ、山口の3人というへんてこりんなメンバーでタカシの家に行く事になった。

なんともいえない違和感を感じつつ教室を後にする。

「楽しみだな。」

いつもとは違う、日に浸かった赤い赤い教室で、

どこからか吹奏楽部のうわずったようなトランペットの音が聞こえていた。

タカシの家までは徒歩10なのだがその間は、数学の伊藤先生の失敗談や校長のヅラ疑惑などの世間話しなんかをして、その箱については1回も話さなかった。

一切、一言も。

タカシの家に着くと、タカシの親は、思いがけない山口の登場にギョッとしながらも「いつもうちの息子が・・・」と形式的なあいさつをして「なんで先生がいらっしゃるっていわないの!」とタカシを怒っていた。

タカシの家はマンションで決して広くはない。

男3人がぞろぞろと「おかまいなく。」なんて言いながらこれまた広くはない四畳半へと入って行く。あぁ、これが山口の行ってた‘寂しい青春’か、なんて思っていた。

四畳半の中はがらんとしていた。

「先生が来るのは予想外だったけど、かたずけといて正解だった。」

とかタカシは笑いながら言っているが、かたずけるも何も、物がなくてガランとしていた。

四畳半はたいてい物置のようになっているものだが、

「じゃ早速、その箱は?」

「これです。」

と、タカシは部屋の隅にぴったりとくっつけて置いていた箱をずるずるとひきずってきた。

「そんなに重」

「重くはないけど、なんか、あんま触りたくないっつーか、できるだけさけたいっつーか。」

「やっぱり曰く付きじ」

「ごめん、でも本当のこと言ったら来なかっただろ?」

「・・・」

なるほど、タカシの話を聞けば聞くほど違和感を感じたのはこのせいか。つまりタカシは最初からこの曰く付っぽい珍品をだれかに見てもらいたかったのだ。

「ま、とにかく開けるか。」

と山口が箱に触ると、ガシャと巻きついている鎖が音を立てて外れた。

しばし気まずい空気が流れる。触っただけで鎖が壊れるなんてこの状況はまさしく怖い話のよくあるパターンだ。

「開けるぞ」

山口がその空気と沈黙を破り、蓋に手をかける。ジャラジャラと鎖が箱の周りから落ちていく。

そしてバカッというなんともいえない生々しい音とともに蓋が開き、むわぁっと独特の、なんとも形容しずらい匂いが漂ってきた。

「なんだこりゃ。」

恐る恐る箱をのぞくとたくさんの黒いちっちゃなカスみたいのに埋もれて真ん中に高そうな布にくるまれた何かがあった。自分の想像よりもたいしたことのないもでどこか拍子抜けしてしまった。なんだ、こんなもんかと、その布にそっと触ろうとした瞬間。

「さわるな!」

ほぼ空っぽに近い部屋に山口の声が響いた。

反射的にびくっと手をひく。なにかいけないことでもしたか?

「それでいい。なぁタカシ、しばらくこの箱、借りてもいいか?」

「え?いいですけど、でも・・・」

「家宝とかってゆうんじゃないだろ?それともなんかマズイ理由でもあるのか?」

「いえ、べつに。」

「なら決定だ。これは俺が預かる。いいな?」

「・・・はい。」

いや、ちょっと待ってくれ、せっかくここまで来ていきなり「俺が預かる」って、勝手に話をすすめるなよ。せめて、それがなんなのか、なんで触っちゃいけなかったのか位は知りたい。

「そんなレアなお宝なんですか?」

「そうだな、劇レアだな。」

「マジですか!?いくら位の価値があ」

「ま、とにかくここでお開き、この箱についてはわかり次第連絡いれるから、そのときまた集まって鑑定ってことで、いいな」

「・・・はい。」

山口にまで言葉をさいぎられ、結局箱もよくみることができずじまいでモヤモヤはかなりあったが、山口はあくまで担任であり、なによりおとなだ。ここは素直に帰った方がいいだろうと考え、おとなしくタカシの家を後にすることにした。

「それではお母様、お邪魔しました。」

「アラ、先生もう行かれるんですか?なにもできずに、」

「いえいえ、十分ですよ。では、失礼します。」

「お邪魔しました。じゃあな、たかし。」

「おう、また明日。」

タカシが、心なしか小さく元気なく思えた。

先生とは帰り道途中まで一緒になったが、行きとはうってちがって静かで先生は一言も話さなかった。俺は色々聞きたいこともあったけれど、なんだかいつもと違う雰囲気の山口に戸惑い、なにも聞けずにいた。どうしたらいいかと考えてる内に山口から口を開いた。

「この箱がなんなのか、多分1週間。いや、5日以内にはわかるだろうから、そしたらお前に連絡する。じゃ、俺はこっちだから。」

「あ、はい。」

なぜ、あらためてタカシでなく俺にそんなことを言うんだろう。持ち主のタカシに言うのが普通なんじゃないのか?

「気をつけて、帰れよ。」

気をつけて、にアクセントを置かれ、急に俺はなんとも言えない不安と孤独にかられた。そして山口と別れたあと、無意識に歩幅が広くなって気が付くと走りだしていた。

怖い話投稿:ホラーテラー 魚太郎さん  

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