お初にお目に掛かります。にゃにゃと申します。いつも楽しく拝見させてもらっています。
今回は私が人生で体験した、後にも先にも最も怖かった出来事です。客観的に見ると余り怖くないかもしれませんが、そこはご了承願います。
また、先に断っておきますが、かなりの長文になります。
そして、外国の方は不快な気分になるかもしれません。そこもご了承ください。
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あれは、今から5年前、中学3年生の頃だった。
当時私はH県の中核市の郊外に住んでおり、またそこから通っていた学校に通うには、病気持ちの私にとってかなり困難なことだった。
丁度発症して間もない頃であり、その頃が一番劇症だったから、母が見かねて(その他色々の理由もあるが)、市街地のマンションへと引っ越した。
そのマンションは築20年くらいは経っているが、所謂ブランドのマンションで、後々のことも考えてそこに移り住んだ。
今までだったらバスに乗らなければ来られなかった市の中心部に、私は軽く興奮していた。
「ここだったら近くに病院もあるし、あんたの通学にも便利でしょう」
母はそう言っていた。
(因みに、私は中高一貫校なので、受験はなかった。)
そうして市街地での暮らしがスタートした。
冬に引っ越したものだから、初めは床暖房がなく寒い寒いと言っていたが、次第に慣れていき、都会の喧騒もあまり気にならなくなった。
それから3ヶ月位経ったある日の事。
「キュッキュッ」
玄関の外あたりの廊下で、小さい子供がよく履いている歩くと音の鳴るゴム靴の音がした。それに続けて「キャッキャ」という子供のはしゃぐ声も聞こえてくる。
私は、ああ、この階に住んでる人のお子さんかなと思って、丁度出かける用事があったので、外に出てみた。
すると、小さな可愛らしい女の子が飛び跳ねているのが見えた。その脇にその子のお婆ちゃんらしき、年配の女性の見える。
「こんにちは」
私は2人に向かって、軽く会釈をした。すると小さな子はきょとんとした顔で直立不動になり、お婆さんの方はたどたどしい日本語でコニチワと言った。
この2人は、中国か、韓国の人なんだなと、瞬時にそう思った。
何故そう思ったのかというと、マンションの近くには市で最も大きな歓楽街があり、そこのパブなどに勤めている女性が多くこのマンションに住んでいたからである。
そんな理由から、私はそこに勤めている方の家族だろうと思ったのだった。
それから暫くたったある日。
私は学校帰り、母親の買い物に付き合い、かなり遅い時間に帰宅した。9時頃だったろうか。
私の住んでいる階は2階だったので階段で上がることも出来たが、その日は荷物が多かったのでエレベーターを使った。
そしてエレベーターが2階に上がったところ、丁度私たちの部屋の真ん前に、女性が立っていたのでびっくりした。
(私の部屋はエレベーターの丁度前なので、すぐ分かりました。)
その人は廊下の、1階から吹き抜けになっているところを囲む柵に手を掛け、ぼぅっと宙を見つめていた。
私たち親子はその女性に驚きながらも、こんばんはと挨拶をした。
しかし女性は、返事をするどころか、私たちの存在など見えなかったかのように、何の反応も示さずまだ宙を仰いでいた。
何となく気になってその方の服装、顔を見てみると、少し私たち日本人とは違った感じがした。
私は何となくだが、あの小さな子のお母さんかな…と考えていた。
それからまた数日経ったある日の事。
私が学校に行っている間に、隣人が部屋を訪れたそうだ。その時私はいなかったので、母から聞いた話をそのまま書く。
昼ごろ、インターホンが立て続けに3回鳴った。
余程の重要な郵便かなんかと思い、母はインターフォンに出た。
すると204号室の住人を名乗る女性(私の部屋は205号室)が、イライラした様子で玄関先まで出てくるように言って来た。
母は疑問に思いながら、女性に会った。すると女性は凄い剣幕でまくした立ててきた。
「あなたねえ、共用部分の廊下に、キムチを漬ける壷、置かないで下さる!?」
「え?私たち壷なんて、置いてないですけど…」
「嘘や!あなたの部屋の玄関先の廊下に、置いてあるの見たんやから!
美味しいか知らないけど、匂いがこっちの部屋まで漂ってきて、部屋の中に匂いが染みついちてまうねん!」
「はあ…。でも、本当に壷なんて置いてないですけど…。」
「またそう言って誤魔化すんやな!あなたの家に、4歳くらいの女の子と、60歳くらいの髪の毛ひっ詰めたお婆さん、いるやろ!」
「いや、私の娘は高校生で15歳ですし、お婆ちゃんは80歳で髪は短いですよ?」
「えっ…。でも…でも…。私、見たんやから…。あなたたち、韓国人やろう!!」
「いえ、れっきとした日本人ですけど。」
「…」
「…」
それから2人はあの2人は誰なのか、壷は何だったのかを問うため、1階にいる管理人を問い詰めたらしい。
「いえ…2階には現在、そのような小さなお子さんとお婆さんはいらっしゃらないですが…」
「嘘!私、確かに見たで!」
「私も見ました。」
「それに韓国の方も現在はいらっしゃいません。外国の方は大体今のところ、9階から11階にかけての部屋に住んでますからね」
その時、母の脳裏に、この前出会った女性が脳裏に浮かんだ。
「でも…あの女性は…?」
「は?女性?」
「私、見ました。夜、娘と帰ってきたら、廊下の柵に手を掛けてぼぅっとしている女性を。」
すると、管理人はビクッとしたように体を震わせた。
「もしかして…その女性、髪の毛は黒く長くて、色が白くて、なかなか美人じゃありませんでしたか…?」
「はい、そうです。髪はくくっていらっしゃったけど長かったし、言われるとおりの女性です。」
「…」
「…」
管理人と隣人の女性が、まるで時間が止まったかのように、身を固くした。
母はそんな2人のただならぬ様子に驚き、2人に何があったのかをしつこく聞いた。
そんな母の様子に堪忍したのか、2人はとうとう口を割った。
「実は…あの部屋じゃないんですが、このマンションには昔、自殺があるまして…」
「11階に住んでいた韓国人女性が、痴情のもつれで転落したんや」
「そしてその女性が落ちたところが、丁度あなたがたが住んでいる部屋のバルコニーの共用部分だった」
「その女性は205号室の柵に足が引っかかってた」
「彼女は即死じゃなかった。だから救急車を呼んだ。206号室の住人が手配したが、救急隊員が女性を乗せた担架を通るのだけは嫌がった。だからその時空室だった205号室を通らせたんです…。」
(分かりにくいと思いますので、説明。
このマンションには1階に駐車場があり、そこの屋根部分が205、206号室のバルコニーの前部に柵はされていますが広がっています。)
母は自殺があったことなど初めて聞いたので、ショックを受けていた。不動産屋から何の説明もなく、それなりの相場より高い値段で買い取ったものだから失望も大きかった。
それから不動産屋にはその事実をつきつけ、売主にも会ったが、知らぬ存ぜぬの一点張りであった。
「それにしても、何で私たちに女性が見えたんやろう。0感だと思っていたのに。」
「隣の人が教えてくれたけど、実は他殺って線もあるらしいわ。その事故が起こる直前に男と喧嘩してたらしいし、何より靴履いてたまんまやったらしいし。」
母は何か遠くを見る目で、私に語る。
「えっ…。じゃあまだそいつ見つけるまで成仏できんってこと?」
「ちゃう。私らに、自分の無念さを、伝えたかったんちゃうかな…。」
結局、あの小さな子とお婆さんは何だったのか分からずじまいだったが、結局祖国に残してきた家族じゃないだろうか、ということで合点がついた。
(多分、女性は家族が心配で、私たちに見せたのではないでしょうか。まあ、キムチの匂いなど含めて、やたらとリアルなヴィジョンだとは思いますが…。憶測なので、なんとも言えない…。)
そして、その後日。
檀家になっている寺院のお坊さんに来てもらって、供養、線香を上げた。
勿論、女性が落ちていたところに。
お坊さんは、
「かなり強い情念が残っていましたが、もう大丈夫ですよ。女性が華やかな笑顔で立っていらっしゃいます。」
「え?ここにですか?」
すると瞬きした瞬間、視界がまるで写真のネガのような色合いに染まった。女性は、そこにいた。
宙に浮かんでいる。そして華やかに笑いながら、たどたどしい日本語で、
「アリガト」
次に瞬きした瞬間、女性は消えていた。
「見た…?今の」
「うん…」
母と私は何となく、女性と同じ笑顔になって笑いあった。
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怖い話投稿:ホラーテラー にゃにゃさん
作者怖話