小学校の頃、同じ学校に通う男子(彼をAとする。)の家が火事になった。
感じの悪いことと羽振りの良さで知られた名士の家も火の回りには勝てず、我々野次馬は消防車の到着を待ちながらただ見守るしかなかった。
大人の人垣が邪魔で当時の自分の背丈では見えなかったのだが、Aの父親の叫び声が何やら聞こえていたのを思い出す。
あとから聞いた話をもとにまとめると、以下のようなことがそのとき繰り広げられていたらしい。
父親と母親、あと祖母は火の手の回った家から逃げ出したものの、Aの弟がまだ家の中にいる。
父親は燃え盛る家を見ながらパニックに陥り、子どもがまだ中にいるので誰か助けてくれと叫ぶ。
野次馬の中の若くて勇気ある男性が、叫びに応えて玄関から家に駆け込む。
湧き上がる野次馬の悲鳴の中程なくして、男性が弟君を抱えて戻ってきた。
怪我の状態は不明だったが、二人とも煤をかぶったように真っ黒であったと言う。
父親は弟君を抱きしめ、その無事を知り泣きじゃくる。
ここで母親と祖母が騒ぎ始める。弟の無事はわかった。しかしAがいない。
Aはこのとき友達の家に遊びに行っていたことになっていたらしく家人もそれを知っていたと思うのだが、極限状況下のパニックからか、気の触れたようであったと言う。
これに釣られるかのように父親も慌てふためき始めた。
そしてあろうことか、煤まみれで這いつくばり咳き込み続ける勇気ある若者に向かって、もう一度行ってAを助けて来いと怒鳴りつけた。
若者は怒鳴り声に反応する気力も無かったかに見えたし、それでなくても父親の言動は非常識の極みであり、野次馬からもそれを諌める声が上がる。
しかし、ならばお前が行って助けて来いという父親の返しに、野次馬はひるんで沈黙する。
一段と燃え盛る家を前にしては、自分で行けばいいだろうと言える者もいなかった。
この有様の家の中で、Aが無事であるとは誰が見ても思えなかったが、もう死んでいると口にすることも出来ない。
父親は、倒れたまま動けない若者を、役立たずだの、息子が死んだらお前のせいだのと罵倒しながら掴み起こし、朦朧とした彼を揺さぶり始める。
野次馬はそれを制止したが、父親が突き飛ばしたので若者は地面に叩きつけられた。
とにかくそのときの父親の様子は常軌を逸していて、子どもを失うかも知れない瀬戸際の親の心情を差し引いても理不尽で恐ろしいものだった、と言う。
火事のあと、その家はあっという間にもとを上回る豪邸を建てたが、一家はまもなく引越し、街の反対の外れにまた豪邸を建てて、今もそこに住んでいる。
跡地に建て直した家は売りに出されたが、買い手もつかず10年野ざらしとなっている。
理由は明快で、「出る」というのだ。
出るのは火事で死んだAではない。
Aの弟を助けそのまま死んだ勇気ある若者が、Aを探して家の前をさまようのだ。
家の前には定期的に花がたむけられる。若者の母親(と言われている女性)が家の前で手を合わせるのがたびたび見かけられている。
Aは東京の大学に通っており、今はこの土地にいない。
10年前の火事のとき、Aは家の裏手の路地裏で発見された。
ライターと灯油の入った小瓶を握りしめ、いたずら心での付け火が家を焼いたことに恐怖して泣きじゃくり失禁・脱糞した状態だったと言う。
怖い話投稿:ホラーテラー こてつさん
作者怖話