僕は恋をした。歴史上の誰もを狂わせた、あの情熱。
白く透き通った肌、艶やかな黒髪、いつでも微笑んでいる彼女。一目惚れに理屈はいらない。
道ですれ違う度に、僕は切ない。
僕と彼女を隔てる壁が一つ。僕は生きていて、彼女は死んでいる。つまり、彼女は幽霊だ。
障害はいつだって恋情を燃え募らせる。
恋は盲目、ロミオとジュリエットはどう結ばれた?やることは決まってる。
ロープを首に足元の台を蹴り、僕は自殺した。
事は済み、計画通り僕は幽霊になれた。
しかし誤算が一つ。首吊りの影響で、僕の姿は全体的にデロ〜ンとなってしまったのだ。
そしていつもの僕なら、好きな人と会う時、まず容姿を気にするだろう。ましてや今の僕はデロ〜ンだ。客観的になれ。
だけど、恋の盲目、青春の勘違い、ついに彼女と話せるんだ。居ても立ってもいられない。大丈夫、僕はイケメン、惚れさせる。
僕は彼女の出没場所に向かった。いつもの様に佇ずむ彼女。
その彼女に、僕はありったけの想いをぶちまけた。
彼女はやはり微笑んで、しかし、それだけ。何も反応がなかった。
そりゃ、いきなり知りもしない奴に話しかけられたら、そうなる、当然だ。でも違った。彼女には、僕が見えていないらしいのだ。
状況を観察して、ようやく理解した。
幽霊だからといって、他の全ての霊が見える訳ではないらしいのだ。
生前から霊が見えるくらいだ、僕には多少の霊力はあるのだろう。
しかし彼女は、他の霊が見えるほど、霊力は強くないみたいだ。
これは困った。
いまさらに僕は、デロ〜ンとした自分を見られなかったことに安堵していた、けど、このままじゃ死に損だ。何とかしないと。
結論は簡単。彼女の霊力を高めればいい。
難しい問題は、そんなことが可能なのかどうかだった。
発見した。
様々な怪談・幽霊箪に共通な、そして単純な事実に、僕は狂喜した。
人の怨みは強い。怨みが強ければ、それだけ、霊は恐ろしくて、手強い。
彼女を怯えさせ、怨念を高めさせれば、おのずと霊としてグレードアップするというものだ。
悪霊くらいになれば、僕を見えるし話せるだろう。これしかない。
第一段階として僕は、自分の霊力を上げる修業の日々を過ごした。
数年後、現世や他の霊体に干渉・破壊できるまでの力を手にいれた僕は、いよいよ行動を開始した。
最初は「いつも見てるよ」などと壁に血文字を浮かべてみたが、回りくどく、彼女にはあまり効果がなかった。
彼女は自分へのメッセージだと気付いていたかどうかも分からない。
次に僕は、魂で精製した弾丸で、彼女を撃ち抜いてみた。見えない狙撃者に彼女は怯えるだろう。
しかし、彼女を直接傷つけることは、僕の望むところではなかったので、すぐに止めた。
上手くいかない。僕は新たに計画を練り、段階的に実行していった。
まず彼女の思念波を読み取り、両親や友人など、生前の彼女と関係する者たちを知り、その人たちを不幸のドン底に陥れた。失業、借金、病気、離別、破滅、などなど、生かさず殺さず力の見せ所だ。
そして彼ら彼女らの絶望や無念の想いを、思念として彼女に植え付ける。
彼女はショックを受け精神的に弱る。
そこで世界各地に向かい、封印されている悪霊・怨霊どもを解き放った。暴れる奴らをシメ上げまとめる。これが一番骨の折れる仕事だった。
従えた悪霊どもを弱った彼女にブチ込んでかき混ぜる。
弱り切った彼女は、悪霊に完全に取り込まれ、融合する。誕生するのは、凶悪な邪神だ。
彼女は毒々しい青黒い肌と、蛇のようにうごめく縮れた灰色の髪を持ち、いつでもニタついていた。やがて彼女は世界を恐怖で支配した。
多分、僕のことも見えるようになったと思う。そしてもう、僕なんかとは釣り合わない。
僕はデロ〜ンとしていて、彼女は輝くばかりに禍禍しい。彼女を崇め奉る信者だって、たくさんいる。
僕はどうだ!? 僕は孤独な童貞幽霊、デロ〜ンなダサ坊だ!
でも良いんだ。僕はもう満足だ。叶わぬ恋がある。僕は必死に行動した。それで十分。思い残すことはない。
僕は成仏した。
しかし、障害はいつだって恋情を燃え募らせる。
恋は盲目、ロミオとジュリエット。
僕も邪神となって、再び現世に降臨した。
怖い話投稿:ホラーテラー 今日は5月9日!さん
作者怖話