続きです。
「死んじゃえよ.....」
その声と共に、あいつがWの目の前に現れた。
相変わらず不気味な笑みを浮かべているが、今までと違って今はWに向かって話しかけている。
だが、その内容は、Wを死へといざなう声だった。
Wが安心して暮らせる場所は、完全に無くなった。
「やめろ!くるな!!」
Wは身の周りにあった物を、あいつに向け投げつけた。
だがそれらの物はあいつの体をすり抜け、向かいの壁に音を立てて当たった。
あいつは何事も無かったかのように話し始めた。
「なぁ、いつまでこんな生活続けるつもりだ?寿命がきて死ぬまで、俺達につきまとわれて生きていくか?つらいぞぉ、苦しいぞぉ。だから、死んじゃえって.........」
あいつはそう言うと、大声で笑い始めた。
「あはははははははっ」
それに共鳴するかのように、家の中、外からも大きな笑い声が聞こえた。
Wの頭の中を、笑い声がエコーのようにこだました。
(もうたくさんだ!一生こいつらにつきまとわれるなんて、死んだほうがましだ!!)
Wにこんな生活を送るを送るのは、無理だった。
(死のう.....もう死のう!)
Wは死を選んだ。
Wはさっき投げたカッターを手に取った。
「そうだ......死ねばこの苦しみから解放されるぞ...........!」
あいつはそう言うと、また大笑いを始めた。
(早く楽になって、こんなの終わりにしよう...........)
Wはカッターを左手の手首に当てた。
(ごめんお母さん...........)
Wは手首を切ろうとした。
「まちなさい!」
切ろうとする寸前、突然見知らぬ男が部屋に入ってきた。
突然の出来事に、Wはその手を止めてしまった。
その男はWに近づくと、突然Wの背中に手を当て、大声で何かを唱え始めた。
「少し痛いが、我慢しなさい。」
「えっ?えっ?」
Wは突然の出来事に、その男のされるがままになっていた。
だが次の瞬間。
「ぐっ!うわぁぁぁぁ!!!」
Wの頭を、激痛が襲った。
Wは何が起きたのかも分からず、ただただもがき苦しんだ。
Wがあまりの痛みに暴れだすと、その男は力づよくWを押さえつけ、念仏のようなものを唱え続けた。
「............もう、終わりましたよ。」
男がそう言うのと同時に、頭を襲っていた激痛が治まった。
「......っ、うぅぁ.......」
Wは頭を押さえながら、ゆっくりと起き上がった。
(何が起きたんだ..........)
Wは、自分の身に起きた出来事が全く分からなかった。ただ、目の前にいる男に何かをされたという事だけは分かった。
「大丈夫ですか。」
「えっ?あっはい.....」
「よろしい。では、何か気づくことはありませんか。」
「え?」
「......あなたを悩ませていたものは、今ここにいますか。」
「えっ!..........あっ!!」
なぜ見ず知らずの男性が、あいつの事を知っているのか、Wはその事にに驚いた。が、すぐに別の事に気がついた。
(いない.........あいつが、いない!)
部屋の中を見回したが、どこにもあいつの姿は無かった。
Wは急いでカーテンを開け、外の様子を確認した。
どこにもあいつらの姿は無かった。
Wは解放されたのだ。
「やった.........終わった、終わった!!」
Wは、生まれて初めてというぐらい心の底から喜んだ。
「やったー!!外に出れる!!学校へ行ける!!もう、あいつの事を気にしなくていいんだ!」
「.......ちょっといいかな。」
「......あっ。」
Wは、男の存在をすっかり忘れていた。
「あなた、誰ですか?」
「紹介が遅れました、私、名前をSと申します。今回は、あなたのお母様に依頼をされ参りました。」
そのS、という男は、すらっとした痩せた体型の、かなりのイケメンだった。
「あの....うちの母が依頼って何の..........」
「聞きたい事は山ほどあると思いますが、まずは私の質問に答えてください。」
「えっあっちょっ.........」
半ば強引にWは質問された。
「まず、あなたはこの鏡を見たことはありますか。」
そう言うとSは、一枚の絵を見せてきた。
大人の背丈ほどある、木のふちの鏡。
それがそこには書いてあった。
Wはそれをしばらく見つめた。
(どっかでみたことあるような..........あっ!思い出した!!)
Wはあの時の事を思い出した。
「体育倉庫を整理した時の..........」
「見たことがあるのですね?では、この鏡にあなたには映りましたか。」
「えっ、えーと..........」
Wは必死に思い出そうとした。
(俺は確か、あの鏡を真正面から見たんだよな...........だから、俺は鏡に映っていたはずだよな..........)
鏡に自分が映るのは当たり前で、鏡に自分が映ったかどうかなんて確認しなかったWの記憶は曖昧だった。
「映ったんですか?」
「はい、多分......」
「ふむ..............やはり幻視鏡だったか...........」
Wの頭は余計に混乱した。
「えっ、げ、げんし?何?」
「あなたが姿を映したこの鏡、幻視鏡という、...単純に言えば一種の妖怪なのです。」
「よっ妖怪!?」
ここからのSの話は、昔のおとぎばなしのようなものだった。
平安時代、とある一人の陰陽師が、とても大きな鏡を作った。
その陰陽師は、その鏡をある貴族にプレゼントとして送った。貴族も大変喜び、その鏡で自分の晴れやかな姿を何度も映した。
だがその鏡には陰陽師によってある呪術がかけられていた。
その鏡に姿を映した者に、幻覚を見せる呪術。
貴族は謎の幻覚に悩まされ、ついには自殺してしまったという。
「............その幻覚というのが、W、あなたを悩ましていた、黒い謎の生物なのです。」
「.............」
「その鏡は、その貴族の死後、様々な人の手に渡り、姿を映した者すべてに黒い謎の生物の幻覚を見せ、死に追いやりました。作った陰陽師の手にも負えなくなり、力をどんどん強くしたその鏡は、いつしか幻視鏡という妖怪とよばれはじめ、人々の前に突然現れ、幻覚を見せ、死に追いやる恐ろしい物になりました。」
「................」
「信じられませんか。」
「信じてはいます....」
Wには、一つだけ気になる事があった。
「じゃあ......今まで俺をつけまわしていたあいつは、すべて幻覚だったって事ですか?」
「はい。」
「そんな.....そんなわけ.......!」
Wは今まで、あいつは他人に見えないだけだと思っていた。
自分が本当の事を言っていて、まわりが信じてくれてないんだ、Wはそう思っていた。
だが実際は、そんなものはどこにもおらず、自分だけが見ていたまやかしにすぎなかった。
つまり、自分が見ていたまやかしを、あたかも実際にそこに居ると勘違いし、周りの人に信じてもらえないと勝手に自暴自棄になっていただけだったという事になる。
Wにはそれがどうしても受け入れられなかった。
「俺が苦しめられたあれを、幻覚だったって言うんですか。あの笑い声、視線..........あんな苦しい思いを、幻覚だって言うんですか!」
「..........では、一つ聞きます。その化け物にあなたは触れましたか。」
「えっ.....」
「幻視鏡の幻覚は、かなり強いものです。あれを幻覚だと見破れる者は、ほとんどいないでしょう。ですが、いくら強い幻覚とはいえ、呪術の対象者に接触する事は不可能です。」
「............」
「もう一度、聞きます。あなたはその化け物に触れましたか。」
Wは何も言えなかった。
あいつに触った覚えは全く無かった。
(じゃあ、あいつは、幻覚だったって事になるのか............)
Wは意気消沈した。
(俺は周りから見れば、ただの嘘つきって事か...........)
Wはそう考えると、親友のTや母親に申し訳なくなった。
「W、おそらくあなたは、今まで誰にも信じてもらえないと苦しんでいたでしょう。」
「..........はい。」
「それが、幻視鏡の一番恐ろしい所なのです。自分の身に起きている事を誰も信じてくれない。それにより呪術の対象者は、外界とのつながりを絶ってしまう。さっきまでのあなたのように。」
「.........」
「誰にも信じてもらえない孤独、悲しみ............対象者は負の感情におぼれ、そこで化け物に追い討ちをかけられる。死んでしまうよう、そそのかれるのです。このようにして、対象者を自殺へと追い込む..........それが、幻視鏡なのです。」
Wはただうなずくしかなかった。
まるで、さっきまでの自分と同じだったからだ。
「だが、あなたは違う。信じてくれる人がいる。」
「.......!いませんよそんな人..........」
「さっき言ったでしょう、あなたの母親に依頼されたと。」
「.......!」
「私は、この手の事に関する仕事を専門でやっています。滅多に依頼が来るものではありません。でも、あなたの母親から、私の元へ依頼がきた。...........あなたの母親が、あなたを話を信じていなければ、私はここには居ません。あなたの母親はあなたの事を信じてくれたのです。」
(お母さんが、信じてくれたんだ..............)
胸の奥が熱くなった。
Wは母親の居るリビングへ急いだ。
「お母さん!!」
「W!!もう大丈夫なの!?変な黒いやつにつけられて無いの!!?」
「何で.......何で信じてくれたの?」
「そりゃそうよ!家族でしょ!!あなたが嘘ついてるなんて言って、本当に悪い事をしたわ!!」
そう言って母親は泣き始めた。
Wも涙した。
(人に信じてもらえるって、こんなに嬉しいことだったんだ..........)
Wは実感した。
「どうやらもう私の出番は無いようですね。」
そう言いながらSが部屋から降りてきた。
「この度はありがとうございました!おかげでうちの息子が.........」
「礼には及びません。これが私の使命ですから。」
そう言ってSは家を出ようとした。
「あの!」
「?何か。」
WはSを呼び止めた。
「..........人に信じられるって、嬉しい事ですね。」
「........ふっ。」
Sはにっこり笑うと、玄関をあけた。
「久しぶりの外はどうですか?」
WはSと共に、外に出た。
照りつける日光はとてもあたたかく、まぶしかった。
長くなって申し訳ございません。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。至らぬ所もあったと思いますが、楽しんでいただければなによりです。
怖い話投稿:ホラーテラー 青二才さん
作者怖話