最近視線を感じる。
気づいたのは駅前の書店だった。
いつも買っている週刊誌の発売日だったので、店に入りすぐレジに向かったのだが、背中越しに誰かに見られている感じがした。
振り向けば小さな女の子(5〜7才くらい)が立っていた。
白いブラウス?に赤いスカート、肩までの短い髪で笑顔を浮かべずっと見ている。
どっかで見た事あるな?という印象だった。
会計を済ませ、俺が「こんにちは」と言うと女の子も「こんにちは」と挨拶してきた。
ロリコンではないが『可愛い子だなぁ』と思っていると、女の子は頬を赤く染め「ありがとう、お兄ちゃん♪」と言った。
「えっ?」俺は驚いた。
まさか心の中を読んだ訳じゃないだろうな?とバカな事を考えた。
「うふふ」女の子は両手で口を塞ぐように笑ったいた。
少し怖くなった俺は、「じゃあね、バイバイ」と右手を振り店を後にした。
女の子は少し悲しげな笑顔で手を振っていた。
それから一週間後、俺はあの書店に来ていた。
また女の子はいるだろうか?と思っていると、文房具コーナーから視線を感じる…
見るとあの女の子だった。
あまり関わらない方がいいな、と俺は気づかないフリをして店を出た。
車に乗り込もうとすると、「お兄ちゃん♪」と声をかけられた。振り向くと女の子が助手席側にいた。
俺は引きつった笑顔で「どうしたの?お母さんと一緒じゃないの?」と聞くと
「私1人だよ。お兄ちゃんにちょっとお願いがあるんだけど…」と恥じらいながら言う。
「な…なに?」嫌な予感がした。
「お兄ちゃん家に連れてって♪」と満面の笑顔。
俺は誰かに見られて誘拐犯にされたら適わないと、「知らない人に付いていったらダメだよ。お母さん心配するよ」と最もらしく言う。
「お父さんもお母さんもいないの……私ひとりぼっちだから……ねぇ、どうしてもダメ?」と泣きそうな顔になった。
可哀想だけどこの子の為に良くないと思い「ごめんね、連れて行ってあげる事は出来ないよ」と言うと
「……分かった……でもお兄ちゃんやっぱり優しいね」と少し笑顔をみせ
「お兄ちゃん、一つだけ約束して。今日はMお姉ちゃん(俺の彼女)の家には行かないで…絶対…絶対だよ!!」
「えっ?なんでMの事知ってるの?なんで…」と言いかけると女の子は透き通るように消えていった。
俺は驚きを隠せず立ち尽くしていた。
今日はMの実家でMの両親と4人で、親父さんの退職慰労会をする予定だった。
行くなと言われても…
父親のいない俺を実の息子のように可愛がってくれた人だ。お袋さんも明るくて優しい。
長年勤めた会社の定年を迎え、これから第二の人生を祝う門出なので行かない訳にはいかない。
気にはなったが、時間通りMの家に向かう事にした。
7時頃着いて、みんなでワイワイとご飯を食べていた。親父さんは「〇〇くん、今日は泊まっていくだろう?」と上機嫌で言った。
酒も入り女の子との約束も忘れていた俺は、明日は休みだし泊まる事にした。
夜中1時頃だったと思う。なんか焦げ臭い、息が詰まるような匂いで目が覚めた。
!?黒煙が立ち上っている。火事だ!!
見まわすと隣で寝ていたMがいない。部屋を出て階段を下りようとしたが、物凄い煙でとても下りるのは不可能だった。
「M〜!!」俺は叫んだ。
呼吸が苦しくなってきて、『みんな死ぬのかな…』と思っていると
「お兄ちゃん!こっち!こっちに早く来て!」
あの女の子が窓辺に浮かんでいた。
「お兄ちゃん、ここから飛び降りるの!早く!」
気が動転していた俺は「Mは?親父さんやお袋さんは?」と聞くと
「みんなもう死んじゃったよ…私、お兄ちゃんには死んで欲しくないの!早く!」
ショックだった。
大切な人がみんな死んでしまった。
俺はへたり込んで意識を失った。
目を覚ますと病院だった。俺の両親と弟が「よかった!本当によかった!」と抱き合っていた。
Mと両親が亡くなった事を知ると、俺は涙がとめどなく流れた。
火事の原因は親父さんの煙草の不始末だったようだ。
Mは階段の下で倒れていたらしい。
学生時代からの付き合いで結婚も考えていたM、いつも温かく迎えてくれたMの両親の死。
俺は一年経っても立ち直れなかった。
Mの死後会社を辞めた俺は引き籠もりがちだったが、一周忌にMらの墓参りに出かけた。
墓前に手を合わせお参りをしていると、「お兄ちゃん♪」と呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、うしろにあの女の子が立っていた。
俺は懐かしい気持ちがこみ上げて来たが、それと同時に疑問が浮かんできた。
それを女の子に聞こうとすると、俺に手のひらを向け言葉を遮るように
「ごめんね…あの事故は防ぎようがなかったの…お姉ちゃん達が亡くなるのは決まっていた事なの……でも、お兄ちゃんは違う!だから私……」
「ありがとう…でもMが死んでから俺の時間は止まったままだ…あの時一緒に死んでいたら……」
すると女の子は「たか兄ちゃん(仮)!ダメだよそんな事いっちゃ!Mお姉ちゃんが聞いたら悲しむよ!お兄ちゃんには幸せになってもらわないとダメなんだから!」と泣きながら言った。
なんで俺の名前知ってるんだ?それに前にも思ったけど、俺はこの子を見た事があるような気がしていた。
・・・・・思い出した!
小学校の時仲の良かったFの妹のTちゃんだ。
体が弱く学校も休みがちだったTちゃん、俺が遊びに行くといつも「お兄ちゃん遊んで♪」とせがんでた。
俺も妹のように可愛がっていて、とても懐いてくれていた。
俺が4年生の時Tちゃんの病状が悪化して、大きな病院がある都市に引っ越ししたのだが、急だったので別れ際に会えなかったのだ。
引っ越ししてまもなくTちゃんが亡くなったと聞いていた。
「Tちゃんだったんだね…」そう言うとTちゃんは
面影のある笑顔で「たか兄ちゃん元気でね。あの時お別れ言えなかったけど……たくさん遊んでくれてありがとう。これで本当にさよならだよ」
そう言うとTちゃんはすーっと消えていった。
俺は涙が出てきた。
「Tちゃん、俺の方こそ助けてくれてありがとう。俺必ず幸せになるよ。だから心配しないで。さようならTちゃん」
俺はTちゃんの消えた澄んだ空に向け語りかけた。
怖い話投稿:ホラーテラー 蒼天さん
作者怖話