それは 高校卒業間近の、2月の寒い日の事だった。
部活を引退していた事もあって、学校が終わってからはかなり暇を持て余していた俺は、帰りに古本屋に寄り道をするのが日課になっていた。
流行っているとはとても言えないような店だが、店内は広く 客がほとんどいないのも、この店を気に入っている要因であった。
この店は50代くらいのおじさんが一人で切り盛りしているらしく、他に店員はいない。
こんな仕事最高だよな…なんて、本好きな俺は おじさんを羨ましく思っていた。
おじさんは 日の当たる場所で、いつも本を読んでいた。
「いらっしゃいませ」も「ありがとうございました」も言わない。
ただ本をレジに持って行くと、ニコニコしながら袋へと入れてくれる。
立ち読みしてても文句も言わないし、注意もしない。
そんな店だから、俺以外にもひそかな常連が結構いるようだった。
何か面白い本はないかと 本棚を眺めていると、赤い背表紙の本が目についた。
「なんだこれ?題名がない…」
手に取って見てみたが、表紙は無地で題名はどこにも書いてなかった。
不思議に思いながらページをめくってみる。
そこには、日記のような事が手書きで書いてあった。
中身はなんて事ない日常的な内容だったが、なんだか他人のプライベートを覗き見てるようで、俺は少し興味を持った。
ページをめくり、読み進める。
文の書き方などから、これを書いた人は 俺とあまり歳の変わらない女の人だと思った。
学校に好きな人がいるらしく、時々「先輩」という文字が目に入る。
なんでこんなのが ここにあるんだろう?
本棚にあるという事は、売り物なんだろうか?
俺はもう一度本を閉じ、値段が書いてあるか調べたが 何もなかった。
やっぱり間違って並んでるとしか思えない…。
しかし好奇心に負けて、俺は再び本を開いた。
『私の想いは、先輩になかなか届かない…。
私なんて、先輩の周りにいるその他大勢でしかない。
あんな綺麗な彼女がいるんだから仕方ないけど、少しでもいいから こっちを見て欲しい…』
片想いってやつか…?
『今日先輩に、手作りのクッキーを渡した!
食べてくれたら嬉しい。』
『学校に行ったら、机の上に昨日のクッキーが置いてあった。
先輩の彼女に見られていたなんて…。
クッキーは粉々にされていた。酷いよ!本当に悔しい…!』
この日記の持ち主は、なかなか難しい恋をしていたらしい。
このまま諦めて失恋するのか?はたまた先輩の心を射止めて、ハッピーエンドに終わるのか。
俺は少しワクワクしながら、ページを進めた。
『今日先輩の彼女が、違う人とキスしているとこを見てしまった。
なんでそんな事をするの!?先輩の事を 好きなんじゃないの?
決めた!告白しよう!
あたしだったら、絶対に浮気なんてしない!』
『先輩を呼び出した時、心臓が飛び出しそうなくらいにドキドキした。
好きだと伝えたけど、断られた…。
なんで!?彼女の浮気を教えてあげたのに、信じてくれなかった。
先輩はあの人に騙されている!』
俺は読みながら、なんだか悪い方へ向かっているなと感じた。
このままいくと 修羅場になりそうだ。
ページをめくるスピードが、知らず知らずに早くなっていく。
『あの女が、あたしを見て笑った。
確かに笑ってた!許せない…!今夜実行しようと思う。』
その文の下に、なんだかよくわからないマークと 何語かわからない文字が、細かく書いてあった。
それに…これは血!?
まさかな…。なんか これって、呪いとかじゃないよな?
おまじない、とかだよな。
少し気味が悪くなった俺は、その先を読もうかどうか迷ったが、先を進める事にした。
『効果はまだ表れないみたい。七日間やりきらないと駄目なのかな?
その日が待ちどおしい。』
『今夜が最後の夜。神様、私の願いを叶えて下さい。
あの人の心を、私に下さい!』
やっぱり、女の子がよくやってるおまじないの類いなんだろう。
そう思い、肩の力が抜けた。
しかし、次のページをめくった瞬間、思わず「えぇっ!?」と声を出してしまった。
『死んだ!死んだ!あの女が死んだ!
車に轢かれて死んだんだって!
すごく嬉しい。今夜は眠れそうにない。神様ありがとう!』
…喜々として綴られた文字が、逆に薄気味悪さを感じさせた。
「死んだって…マジかよ…!?」
呪い…。そんな言葉が頭をよぎる。
その先を読むのが恐ろしいのに、ページをめくる手が止まらない。
『先輩可哀相…。泣いてる先輩を見るのは辛いよ。
でも大丈夫!私が先輩を、支えていくからね!』
『彼女の分まで、私が先輩を大切にする。
だから安心して、天国へ行って下さいね!』
なんだ、この女…!気持ち悪い!
読みながら、手に汗がにじむ。
普通じゃない、絶対。
『なんで?どうして私じゃ駄目なの?
あの女はいないのに…。
明日、もう一度告白しよう。
先輩の事を1番想っているのは、私だって事をわかってもらおう!
だって あの女はいないんから…。』
次のページを見た俺は、息を飲んだ。
そこには、たった一言だけが書いてあった。
『あんな男 もう いらない』
背筋が凍り付くような、そんな感じがして、俺はしばらく その一言だけを見つめていた。
ふいに本を奪われ、驚いて見ると そこに本を持って立っているおじさんがいた。
「なんで これがここに…!」
おじさんの顔色は、傍目にもはっきりとわかるくらいに青ざめている。
「どこまで読んだんだ?」
突然そう言われた俺は口ごもり、答える事は出来なかった。
ため息をつきながら
「悪いが…もう、この店には来ないでくれないか。
本当にすまんね…。」
と おじさんは言い、歩いて行ってしまった。
読んではいけない物を読んでしまった。きっと、そういう事なんだろう。
おじさんと日記の持ち主が、どういう関係なのかはわからない。
だけどあの日記を書いた人が、良くない末路を辿った事は 想像がついた。
おじさんが立ち去った後に、日記の一枚が落ちていたからだ。
そこには
『私じゃない!私は殺してない!あいつが来る!私じゃない!私じゃない!私じゃない!私じゃない!私じゃ』
と 書きなぐってあった。
本当に呪いだったのか。
それとも、本人が直接手を下したのか…。
今となっては確かめる事は出来ない。
あの店は、あの後すぐになくなってしまったのだから……。
怖い話投稿:ホラーテラー 雀さん
作者怖話