俺がここにいる事がバレたら…。
本能で、絶対にそれはやばいと感じていた。
ブツブツと何かを呟く声が聞こえてくる。
『三つ……あと三つ…』
そう言いながら、車の周りを歩いている。
俺は息を殺し、ひたすら見つからないようにと願っていた。
コツン……。
車の前から音がする。
『あと三つ…ヒヒ…三つ…』
何が三つなんだ?あの小石か?
男とも女とも言えないような奇妙な声。
寒いはずなのに、じっとりと汗がにじむ。
小石を置いたんなら、さっさとどこかへ行ってくれ!
心臓の鼓動がうるさいくらいに大きく感じ、外の奴に聞こえそうで恐ろしい。
不意に声が聞こえなくなった。
いなくなったのか…?
体はまだ 緊張で動かせないが、周りの様子を伺おうと頭を上げようとしたその時…!
ガチャ!!と、運転席のドアを開けようとする音がした。
………え!?
まさか中に入ろうとしているのか!?
鍵は閉めてあるけど…。
何度かガチャガチャとやってから、次に後部座席のドアに奴が手をかけた。
俺の頭のすぐ上に あいつがいる!冷や汗が止まらない。
ガチャン!
しかし奴は、一度開けようとしただけでやめた。
見てる…? 俺を見てるのか!?
覗かれているような視線と気配を感じ、俺は益々体を強張らせた。
気づかれている…。
そう悟った時、バァーン!という凄い音がして 俺は「ヒィッ!」と短い悲鳴をあげてしまった。
バァン!バァン!と何度も窓を叩かれる。
『あと三つだったのにぃ!あぁアと三つだったのにぃィィ!!』
狂ったように叫びながら、奴は今度は車をゆさゆさと揺らし始めた。
「うわっ!うわぁ!!」
いくら軽自動車と言っても、この揺れは尋常じゃない!
このままではひっくり返るんじゃないか!?
「やめっ、やめろ!うわっ、やめてくれー!」
俺は必死にシートにつかまり、叫びまくった。
『デテコイィ!デテゴイィ!!』
奴も叫ぶ。
そのうち、俺が出て来ないのがわかると、車を揺らすのをやめ 凄いスピードで車の周りを回り始めた。
なんなんだよ!俺が何をしたって言うんだ!?
不意に 奴が足を止めた。
俺の足側の後部席の前に立っている。
顔は見えないが 首から下は見えた。
白いすっぽりとかぶるような服を着ているが、ほとんどが赤黒く染まっている。
女だ、と思った。
そして恐ろしい事に気づいてしまった。
窓が少し開いている…!
煙草を吸うために少し開けていた隙間。
俺がそれに気づいたのと同時に、白い手がするすると入って来た。
そして毛布を、凄い力で引っ張ってくる。
何故か俺は、毛布を取られまいと 必死にしがみついていた。
しかし次の瞬間、思い切り引っ張られた拍子に 俺は窓に顔を打ち付けてしまった。
「ぐぅ…!」
とっさに瞼の辺りを押さえると、ぬるりとした感触が手に伝わってくる。
引っ張った毛布の隙間から、黒い物が見えはじめる
。
髪の毛…!?
かがもうとしているのか?
このままだと顔が…顔が見えてしまう!
急いで目をつぶろうとしたが 遅かった。
ガラス一枚を隔てて、目と鼻の先に女の顔が現れた。
いや、正確に言うと、顔などなかった。
顔があるべき場所はざっくりとえぐられ、かろうじて残っているような下の歯と舌、そして気管であろう穴があるだけだった。
横から見たら、まるで三日月のような形だろう。
目がくらむ…。
穴からゴボゴボと血が溢れ、そこから『ヒヒ…ヒ…ヒヒヒ…』と、笑い声とも呼吸音ともつかぬ音を聞いた時、俺の視界は急速に暗くなり 意識を閉ざした。
気づくと辺りはすっかり明るくなり、俺は朝になった事を知った。
なんだったんだ、あれは…。
とりあえず生きている事に、心から安堵した。
が、窓の隙間からは毛布が半分以上はみ出しているし、眉の上は切れ瞼は腫れている。
それらが、夜中の事が夢ではない事を物語っていた。
俺はすぐに病院へ行き傷を縫ってもらい、その足で不動産屋へと駆けこんだ。
「違う駐車場にしてくれ!今すぐにだ!」
いきなり怒鳴りつけた俺に驚いていたが、担当の人は文句も言わずに すぐに 違う駐車場を紹介すると言った。
知ってたんだろう?あの場所に何かあるという事を!
腹は立ったが、もう関わりたくないし 思い出すのも嫌だった俺は、それ以上追求はしなかった。
あれから一ヶ月が過ぎ、何事もなく毎日が繰り返されていたが、俺はあの駐車場は出来るだけ見ないようにしていた。
しかし家から近い事もあって、ふとした拍子にどうしても目に入ってしまう事がある。
あの場所に車が停まっている…。
いつから?
見ないようにしていたから、気づかなかった。
そんな事を思いながら、部屋の窓から駐車場を眺めていると、黒い煙のようなものが 車を囲い始めた事に 気がついた。
なんだ?煙……じゃない!
俺が煙だと思ったものはみるみる形を変え、黒い人のようになっていく。
なんだよ、アレは!でかい……。3メートル以上ある。
そんなのが何人も集まり、一台の車を取り囲んでいるのだ。
夜の暗さより、さらに暗い闇の色…。
あの女、なんつうモノを呼びやがったんだ!
俺は慌てて窓を閉めた。
あの小石は何かを寄せ付ける為の目印だったんじゃないだろうか。
不動産屋の携帯に電話をかける。
「夜遅くにすみません!あの…俺が前に車を停めてた場所に車があるんですが!
誰のだかわかりますか?」
「え!?…いいえ、たぶん勝手に停めてる方だと…。」
そんな…。一言礼を言ってから電話を切ると、すぐに警察に電話した。
不法に停めてある車なら、すぐにどかされるだろう。
もう…間に合わないかもしれないが……。
あの黒い巨人達が 何者かはわからないが、俺の車の中にあるお守り程度じゃ どうにもならない相手だという事はわかる。
それからすぐに俺は、会社に頼み込み 寮に入れてもらい引っ越した。
だからあの車の持ち主がどうなったのか、俺には知りようがない。
もし 車に小石が乗っていたら…。
毎日それが増えていたら…。
すぐに場所を移す事を、俺は皆さんにおすすめします。
怖い話投稿:ホラーテラー 雀さん
作者怖話