少し短いが聞いてくれ
俺がまだ中学生の頃の話。
一緒に住んでいた、祖母が
「裏の山頂の神社に参拝したい」
という訳で、両親の許可を取りつけリウマチ気味の祖母の手を取り、まだ朝霧の残る早朝、山頂を目指した。
標高235メートルの低い山なのだが、鬱蒼と生い茂る樹木が見方によって人面木にも見える。
登山口からほんの数十メートルで樹木が太陽を覆い隠す。
子供の頃から、霊感なんてもんはないがこの山だけは寄り付く事はなかった。
それも祖母の言い付けのせいである。
「あそこは婆ちゃんと一緒じゃなきゃ駄目よ、絶対だめだからね」
昼間だといのに携帯ライトで祖母と前方を照らしながら進んだ。
暫くすると、木々を飛び移る生き物の気配が。急いでライトを当てると異様に長い両腕を持つ何かが垣間見えた。
ざざっ
ざざっ
俺達を追い込むかのような布陣でそれは近づく。
「天狗様じゃ…」
天狗…?繋いだ祖母の手は小刻みに震え、汗ばむ。俺も祖母の狼狽ぶりからただごとでないと理解した。
ざざっ
ざざっ
さっきより音が近い。
再びライトを何かに狙い当てようとしたが容易ではない。
チラッ
見えた。
その醜悪な面が見えた。両目は魚のように離れ、まんまるな口、そしてなによりも鼻が無い…いや、無いというより、ぽっかりと大きな穴が空いていた。
俺は恐怖でかすれた声で祖母に聞いた。
「婆ちゃん、天狗って鼻高いんじゃないか?あれには穴が空いてるぞ」
祖母は肩で息をしながら答えた。
「天狗様の鼻はな、山に来た者の腕を上腕から食いちぎり、自らの顔の穴に立てるそうだ…」
それを聞いた俺はパニックを起こした。
殺される…殺される…
傍らには怯える老婆。しっかりしなければ…。
そう決心すると、俺は全速力で山を駆け下りた。暗い森で縺れる足。渇いた舌。
漸く登山入口の光りを見た。
ゲキテツが撃ち出した弾丸のように山を後にした。
行きは2時間はかかったが帰りは15分て駆け抜けた。だてに陸上部には所属してはいない。
命からがら家に帰ると、喉を潤す為にミネラルウォーターを一気に飲み干した。
夕方、共働きの両親が帰宅、家族三人すき焼きをつつきながら奇妙な出来事を語り合った。
両親は、はなから笑って俺の話なんて信じてなかったけ。
俺はあの時のすき焼きの味を一生忘れない
『美味しいすき焼きの話』−完−
怖い話投稿:ホラーテラー 悪戯小僧さん
作者怖話