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中編7
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近づくな!

十数年前まだ20代半ばの頃、友人Yに教えてもらったテレクラにハマりちょくちょく顔を出すようになった俺。

6時過ぎに入店し、部屋に入るといきなり電話が鳴った。

「幸先いいぞ!」

俺は「もしも〜し♪」と受話器に耳を傾けると、ガチャッと電話を切られた。

いきなり無言電話という洗礼を浴びた俺だが、こんな事は想定内。

その後も明らかにサクラと分かる女や、援交目的の女、女のフリした男etc.

「今日は不発かぁ〜」と部屋に寝っ転がると、本日7本目の電話が鳴った。

懲りずに受話器を取ると、落ち着いた感じだが妙齢の女の声だった。

話しているうちに、あまりこういった場所に慣れている様子ではない事が分かった。

しばらくして、少し間を置いた後「突然なんだけど、あなたは霊って信じますか?ちょっと相談したい事があるのですが…信じるならこれから会えませんか?」

本当に突然だった。

たしかに俺は過去何度か怖い思いをした事がある。

嫌な予感がしたので少し考えたが、とりあえず会うだけ会ってみようという事になった。

それにすっぽかしだとしたら、時間も時間だしそのまま帰ろうとも思っていた。(勧誘類なら論外)

待ち合わせ場所に車を止め、数分待っていると助手席側の窓を『コンコン』と叩く音がした。

見ると黒髪で切れ長の目、かなり美人な女が立っていた。二十歳そこそこだろうか?

こんな美人に当たるなんて今日はなんてついてるんだ♪などと考えていると

「Tさん(偽名の俺)?」

「そうだよ。△△さんだよね?どうぞどうぞ乗って」

と促すと△△は遠慮がちに助手席に乗り込んだ。

(以下Rとする)

車を走らせ、会話しているうちに少し打ち解けてきたところで俺は思っていた事を口にする。

「さっき電話で…」言いかけるとRは

「ごめんね。本当はこんな所で会った人に相談する話ではないんだろうけど…」

どうやらR(22才)は某都市の飲み屋に勤めていたのだが、訳あって最近こちらに越してきたらしい。

Rの相談の内容は、いま住んでいるマンションで幽霊が出るとの事だった。

俺は過去の心霊体験を思い出し少し躊躇したが『こんな美人めったに会えない。あわよくば…』という下心が勝り、Rのマンションに行く事にした。

驚いた事にRのマンションは俺のマンションから歩いて5分くらいの所だった。

Rは5階建ての2階に住んでおり、階段を上り2階に辿り着くと何か嫌な気配がした。

各階6部屋あるのだが、2階のみRともう一部屋しか入居していないようだ。

外観はまだそんなに古くは感じないのに、中(特にこの階)は異様に薄暗い雰囲気。

「ここ」とRが指をさした。Rの部屋の前に立つと、強烈に重苦しい空気を感じた。

『これはちょっとマズいなぁ』と思った俺は、携帯ストラップに取り付けた水晶玉を握り締め中に入った。

照明を点けると、中は思った以上に明るくて少し安心したのを覚えている。

Rは俺に寄り添うように付いていたが、思い出したかのようにお茶を用意するため台所に行った。

「コーヒーでよかったかな?」

「ありがとう、何でもいいよ。タバコ吸っても大丈夫?」

灰皿を探していると、Rが台所から烏龍茶の空き缶を持って来た。

「ごめんね気がつかないで、私タバコ吸わないもので灰皿置いてないの。あ!でも吸うのは構わないから」

と差し出した。

逆に気を遣わせてしまい申し訳なく思った俺は、ベランダを開け外を見ながらタバコを吸っていた。

すると背後から視線を感じるので振り返ると、部屋の中でテーブルにお茶菓子を置くR

……のうしろに睨みつけるように立ち俺を見つめる30才くらいの男。

ボサボサの髪に青白い顔。ヨレヨレで血まみれのスーツ姿。ネクタイも解けていた。

呆然と見ていると、Rの体を通り抜け俺に近づいて来た。ついに目の前まで来て嗄れた声で

「R…ニ…近ヅ…ク…な…」

そう言い消えていった。

背筋に冷たいものが走る。落ち着こうとタバコを吸い込み思いっきり吐き出した。

「どうしたの?」と怪訝そうにRが言う。見えていなかったようだ。

俺は「いや、何でもないよ」と部屋に戻りコーヒーカップに口を付けた。

Rも向かい側に座り黙ってコーヒーを飲んでいる。

沈黙を破ったのはRだった。

「ねえ、この部屋何か感じる?私ここに来て一週間なんだけど、朝起きたら閉めたはずのカーテンが開いていたり、夜電気を消して寝ていると金縛りにあい枕元に人の気配がしたり、変な事ばかりで…」

俺は先ほど見た男の事は言わなかった。

「Rに近づくな」たしかに男はそう言った。

Rの関係者であることは間違いない。俺は

「その前にどうしてこの街に来たの?Rちゃんみたいな可愛い子が来てくれたのは嬉しいけど、××市(Rが住んでいた都市)に比べると、とんでもない田舎じゃない?」

少し考えているようだったが、やがて口を開いた。

「こういうキッカケで知り合ったTさんだから言うけど……」

Rは前のクラブではナンバーワンだったらしく、たくさん常連客がついていた。常連客にはスポーツ選手や地元の有力者などがいたが、その中にEと言う普通のサラリーマンがいた。

Eは32才の大手の会社員で真面目な性格だったらしい。

最初は普通に接していたのだが何度か訪れているうちに「僕と結婚を前提に付き合ってほしい」「君にはこういった世界は合わない」とありがちなパターンにハマり挙げ句、帰り際待ち伏せするストーカー行為にまで発展した。

Rも性格なのだろう。

毟るだけ毟ってしまえ!と言う店の意向には従えず悩んでいた。

そんなある日事件が起こる。

閉店後Rが仲間達と歩いていると、目の前にEが現れた。

「僕本気なんだ!Rちゃん、僕と付き合ってくれ!」

と言い出した。Rは他の人もいた事もあり

「この際だからはっきり言います!私、あなたの事お客さんとしか見てないし、こんな風に待ち伏せされるの迷惑なんです!」と強めに言った。

周りも何事か?と注目していると、Eは顔をひきつらせてポケットからナイフを取り出し

「僕ショックだよ。こんな大勢の前で恥かかされて…本気だったのに……君を僕の事一生忘れられないようにしてあげるよ」

と、Rの目の前で自らの首をナイフで切りつけた。

勢いよく血が飛び散りRの顔に鮮血が降りかかる。

救急車が駆けつけて来た頃にはEは亡くなっていた。

────……

それがふた月前、そんな事があった地に住める訳もなく母の地元であるここに越してきたそうだ。

間違いない…あれはEだ。Rはこの部屋に幽霊が出ると思っているみたいだが、Eが憑いてきたというのが正解だろう。

俺は携帯を取り出し電話をかけようとしたが、電波が悪いようなのでベランダに出た。

祖母が懇意にしている住職さんに電話した。(以下O)

小さな頃よくお寺参りをしていて、祖母について歩く俺を可愛がってくれていた。

「夜分にすみません。〇〇のとこのKですが、Oさんですか?」

「おぉ、Kちゃんかい。久しぶりだなぁ……Kちゃん!いま何処にいる!?とても強い念を感じる、いますぐそこから離れなさい!」

「キャアァァ!!」Rの悲鳴だ。

振り向くと座っているRの前に血にまみれたEが立っている。

俺は水戸黄門の印籠のように水晶玉を振り翳しながらRに近づいた。

Eは手を離し憎らしげに俺を睨んでいる。

「R出よう!」とRの手をとりマンションを飛び出し、車に乗り込むと寺に向け走り出した。

途中Oさんに電話を入れるが、何度となくノイズが混じり断線された。

なんとか事情を離すと「Rちゃんに代わってくれ」と言うので電話を代わる。

Rは何かを聞きながら頷いたり涙ぐんだりしていた。

Oさんのお寺に着くと11時近かった。

車を止めるとOさんが「こっちへ来なさい」と本堂から渡り廊下を通り、30畳ほどの講堂?に入った。

暗闇の中、真ん中四隅に灯籠が灯されており、その中にRを座らせた。

「Kちゃんは向こうで休んでいなさい」と本堂から少し離れた小さな小部屋に案内されたが、気になった俺は「ここにいてもいいですか?」と尋ねた。

Oさんは「止めた方がいい。彼女に憑いている霊は非常に強い念を抱いている。執着心、独占欲とも言うべきか……そんな彼女の横にKちゃんがいると火に油を注ぐようなものだ。ここは私に任せて向こうで休んでいなさい」

そう言われた俺は引き下がる事にした。

小部屋でソファーに腰掛けているとお経が聞こえてきた。気のせいかドンドンと講堂を叩く音も聞こえていた。

何時間経っただろう?

寝ていたらしく、気がつくと辺りは薄明るくなっており、お経やドンドンと叩く音も消えていた。

コンコン──とノックする音がしてドアが開く。

そこには少しやつれた感じだが微笑んでいるRが立っていた。

横にはOさんもいて疲れ切った様子で「終わったよ」と呟いた。

RはOさん宅の客間で休ませてもらい、起きた頃俺とRはOさんに呼ばれた。

Oさんは

「私もこんなに強い念と対峙したのは久しぶりだった。Rちゃんに憑いていたものはRちゃんに近寄る男を恨むと言うより、Rちゃんを連れて行こうとしていた。あのまま放っておくと危なかった。この事は1日も早く忘れなさい。そうする事が一番です」と言っていた。

俺達はお礼を言ってお寺を後にした。

帰りの車中Rは「本当にありがとうKちゃん♪」と言っていた。

偽名を使っていたのは完全にバレていたが、Rの曇りない笑顔を見ながら俺は照れ笑いを浮かべていた。

怖い話投稿:ホラーテラー 蒼天さん  

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