美津子へ
突然の手紙に驚いているでしょう。
何しろ死人からの手紙ですからね。
できるだけ丁寧に書いています。書き直して7枚目です。
美津瑠と武美は元気ですか?もう7歳と5歳になるんだね。ランドセルを背負う成長した美津瑠の姿を一目だけでも見たかったです。
武美は幼稚園を楽しんでいるかい?武美の成長した姿を楽しみに待っているよ。
僕と美津子が出会ったのも幼稚園だったね。それからずっと一緒に居てくれた美津子には感謝しているよ。
ずっと一緒だと思っていました。だけど美津子と出会ったときには、もう僕の運命は決まっていました。
僕は地獄にいます。
いや正確にはまだ奈落の底に落ち続けているところでしょう。
地獄の最下位にある地獄、『無間地獄』。
そこに落ちるらしいのです。
僕が地獄に落ちなければならない理由を、祖父から聞いた話と、僕の考えを交えて書きます。
僕の一族は昔、『えた』とか『非人』と言われていたんだ。その話は生きているときにもしたかな。
人間として扱われない階級なんて、今では考えられません。しかし、『姿形は人にして、その性質は獣類』などと言われ、差別が今日に至っても残っていると言います。
ただ、僕の一族はその階級でも少し特別だそうです。
美津子は古文が嫌いだったね。だけど源氏物語なんかは知っているよね。あれはフィクションだけど、平安貴族の生活が性と政に乱れきっていたのがわかるかな。
姦淫だけでも地獄に落ちえる罪。それに我が子や自分自身を○皇にするためには、人の命などかえりみなかった。
ただ、神の血をひくという○皇家も馬鹿ではなかった。罪さえなければ、地獄に落ちる必要はない。
美津子も分かったろう。僕らの一族に背負わせたのさ。もちろん我が一族には多額の報酬が約束された。『地獄の沙汰も金次第』なんて俺の一族が作り出したのかもしれないな。
うすうす気付いているかな。実家からの仕送りだといって、毎月口座に入ってある50万。あれは仕送りなんかじゃない。未だに払われ続けているのさ。
面白いのは僕が地獄に落ちるのが決まっていること。
○皇家は代々、何をしているんだろうな。どんな罪を背負って、僕は地獄に落ちるんだろうな。
僕らの名字には漢字辞典にのっていない漢字と『宮』がつくだろう?あれは○皇家の所有物を表す目印さ。
僕らの一族は呪われている。そしてその呪いは終わらない。呪いは○皇家がある限り、我が一族に降り懸かる。
もちろん、我が子にも。
美津子はしばらく意味が分からなかった。
地獄?○皇?呪い?
そして一番理解できなかったのが、なぜ武瑠がこんな手紙をよこしたのか。
知らぬが仏とはまさにこのこと。確かに武瑠が亡くなったのは悲しかった。しかし、もう三年がたっていた。毎日仏壇に手を合わせ、毎年の供養も忘れなかった。子供たちにも『パパが天国から見守っているよ』とよく言った。
なのに、なのに、なのに。
武瑠は地獄に落ちたと。
冥福は叶わず、地獄に落ちたと。
そして、我が子も………
嫌、嫌…………
嫌ぁぁァァァァァァァ!!!!!!!!!
…………………
家族は一緒。
いつも一緒。
どこでも一緒。
落ちなきゃ。
地獄に落ちなきゃ。
人を殺そう。
沢山殺そう。
我が子が地獄に落ちるのは、決まっている。
一人は嫌。嫌。嫌。嫌。
さきに、さきに行ってて。待ってて。
昼寝をしている娘に手をかける母。その顔は聖母のように穏やかだった。
彼女は地獄のなかの地獄、無間地獄に落ちなければならなかった。
足りない。足りない。
彼女は逃げた。逃げた先で人を殺した。老若男女問わず殺した。病院の新生児室に忍び込み、柔らかな頭を手で潰し回ったこともあった。植物人間となった人の目を掴みとり、窓の外に投げ捨てるなんてこともした。叫ぶことのない植物人間は、ある程度彼女の罪悪感を和らげた。
彼女は狂っていない。彼女の心にあるのは家族を思う気持ちだけだった。
夫に、娘に、息子に、会いたい。ただそれだけだった。娘と息子を先に殺したのも、残酷の限りを尽くす母の姿を見て欲しくなかったからだ。
彼女は生きた。生きて、逃げて、殺した。
月日は流れても変わらない。
生きて、逃げて、殺した。
家族のために。家族のために。
ある日のことでございます。
お釈迦様が極楽の蓮池の周りをフラフラ歩いている時でございます。
お釈迦様が蓮池の下を覗き、地獄に落ちて行く者たちの姿を御覧になりました。
『あれは何故地獄に落ちているのですか。』
『数え切れないほどの命を奪ったからでございます。』
『では…あの武瑠という男は?』
『はい彼は…彼は………?』
『あの男の子供たちも落ちているようですが。』
『手違いのようです。あのものの血縁は、皆地獄に落ちているようです。しかも…皆地獄に落ちるような罪がありません。誰かの罪を背負わされたようです。』
『皆、救い出しなさい。』
『わかりました。』
美津子は、地獄に落ちた。地獄に落ちる老婆の顔は喜びに満ちていた。
今、行くから。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿タイ製さん
作者怖話