中編6
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剣ヶ淵

俺が育った田舎は、九州の山間部に位置していて 

小学校にもプールがないほどの古い校舎だったため

泳ぐのはいつもY川だった。  

Y川は30数mほどの川幅で、一方の岸は玉砂利の浅瀬になっていて

対岸に向かって徐々に深くなっていた。  

対岸はコンクリで整備されていて、1.5mほどの深さだった。  

コンクリも斜めに固められていて容易に登る事ができ、

体が冷えた時には両岸で日向ぼっこができて  

水遊びするのに最適な場所だった。 

川の流れもそれほど速くなかったため、遊ぶ場所さえ間違えなければ

小さい子供から中学生くらいまで楽しく遊べる場所だった。  

夏休みになると俺たちは毎日Y川へ遊びに来ていた。  

低学年の頃、6年生くらいの子が水死したこともあったが  

特に遊泳禁止になることもなく、毎年皆が集まって来ていた。 

6年の夏休みだった。  

毎日Y川に集まっては友達と遊んでいた。 

いつもと同じ場所でいつものようにふざけあっていたが、

俺たちはもっと上流で遊びたかった。  

俺たちがいつも遊んでいた場所から300mほど上った所に行きたかった。  

そこは川幅が10mほどしかなく、また整備されていないため  

大きな岩がごろごろしていた。  

そのあたりは剣ヶ淵と呼ばれていた。 

正確には、剣ヶ淵とはさらに上流の深い淵をさすのだが  

俺たちは下流の岩場も含めた一帯を剣ヶ淵と呼んでいた。  

剣ヶ淵の呼び名は、あたりを治めていたY城が攻め落とされた際  

剣姫が身投げしたことに由来しており   

下流の岩場に遺体が打ち上げられたと言い伝えられていた。      

  

俺たちがいつも遊んでいる場所から見えるほど近かったが  

夏休み前には、必ず担任が「剣ヶ淵付近では遊ばないように」

と念をおす場所だった。  

流れが急で危険だと言い聞かされていた。  

だが俺たちから見れば、いつも中学生が楽しそうに遊んでいる場所でしかなかった。  

岸から張り出した木に中学生がくくりつけたロープから  

飛び込みたくてしょうがなかった。  

いつもは中学生が占領していて、俺たちは近づくこともできなかった。  

「ガキども、邪魔や。下で遊んどれ」と追い返された。  

羨ましくてしかたがなかった。   

その日は中学生がいなかった。  

剣ヶ淵には誰もいなかった。  

チャンスだった。  

友達数人を誘って、剣ヶ淵へ行くことにした。  

剣ヶ淵は新鮮だった。   

川幅は狭く、一方の岸は大きな岩がごろごろしていたが

飛び込むのに最適だったし、なにより深かった。  

対岸のロープから飛び込んでも川底が見えなかった。  

俺たちは何度も岩やロープから飛び込んだ。  

底まで潜ってみると4~5mくらいありそうだったし、

浮き上がると10mほど流されていたが  

それまで感じたことの無いスリルのようなものを楽しんでいた。  

もっと助走をつけて遠くへ飛び込もうと、ロープを引っ張りながら  

後ろへ下がった時にそれを見つけた。  

草むらに隠れるように置かれている地蔵だった。  

風雨にさらされ、顔も判別できないほど風化していたが  

色あせた赤い前掛けが掛けられていた。  

その地蔵を見つけたとき、急に寒くなったような気がした。  

見てはいけないものを見つけてしまったような気がした。  

ここで遊んではいけないと言われているような気がした。  

「寒くなってきたけん、下流に戻ろうや」   

怖くなったとは言えず、適当な理由をつけて泳ぎながら下り始めた。  

なんとなく不気味な感じで、後ろは振り向けなかった。  

急いで泳ぐと逃げている事に気づかれそうでゆっくりと下っていった。   

足が着く所まで下った俺は、大勢の人を見て安心した。  

そのまま岸に向かって、腰の深さまで上がってきたその時だった。   

水面の下で足を「ガシッ」と掴まれた。 

ビクッとして振り返った俺の目の前に、水面から飛び出した何かが映った。  

それは、人の形をしていた。  

上半身が裸の、俺と同じくらいの身長だった。  

次の瞬間、ソイツの頭から血が滴り落ちた。  

みるみる真っ赤に染まっていく。  

顔も、肩も、胸まで真っ赤に染めたソイツを目の前にして

俺は固まって動けなくなった。  

俺と目が合ったソイツは 「ニヤッ」と笑った。  

俺は絶叫した。  あらん限りの声を振り絞った。  

俺の周りでも悲鳴があがっていた。   

ソイツはニヤッと笑ったまま、俺に飛び掛ってきた。   

首に腕をまかれるような体勢のまま、俺は後ろに倒れこんだ。  

引きずり込まれると思った。  

俺は水中で、死に物狂いで脚をばたつかせた。  

足に触れるもの全てに蹴りを喰らわせた。  

何度も何度も蹴りを喰らわせて、やっとソイツが俺から離れた。 

俺は必死に岸へ上がろうとした。  

水に足を取られながら、手で水を掻いて、やっと川岸にたどり着いた。  

恐る恐る後ろを振り返ると、ソイツはすぐ後ろにいた。   

四つん這いで、胸まで血に染めて、ソイツはいた。  

血だるまのソイツは、四つん這いのまま俺に近づいてきた。  

 

気が遠くなりそうになった時、ソイツが口を開いた。   

「痛いやん。蹴らんでもいいやろ?」   

Tだった。  

一緒に剣ヶ淵で遊んでいたTが、真っ赤な顔でそこにいた。  

俺たちが下り始めた時、Tは岩の後ろで用をたしていたらしい。  

Tが川に戻った時、俺たちは既に下流に向かって泳いでいて  

置いていかれると思ったそうだ。  

岩からは川の中心に向かって飛び込んでいたのだが   

早く追いつこうと思ったTは、下流に向かって飛び込んだようだ。  

飛び込んだ先の水中に、運悪く岩が突き出していて額を強打したらしい。  

後で解ったことだが、Tの額は5cm位パックリ割れていた。  

かなり痛かったようだが、置いていかれるとあせっていたTは  

我慢して泳いでいるうちに、冷たい水で麻痺したのか  

額が割れていることにも気づかなかったらしい。  

川岸近くでやっと追いついたTは、置き去りにされた仕返しに  

びっくりさせようと潜って俺の足を掴んだとの事だった。  

びっくりどころか俺は心底、恐怖を感じた。  

川から上がったばかりで皆には気づかれなかったが、正直漏らしていた。  

チビったレベルではなく、文字通り失禁していた。  

そのくらい怖かった。  

俺はその後、いくつかの不思議な体験や恐怖体験もしたのだが   

この時ほどの恐怖を感じたことは一度も無い。  

この時の恐怖は、優に175ホラテラは超えていた。  

ホラテラとはイギリスの精神医学の権威、Gray Fox博士が提唱した  

恐怖の度合いを表す単位で、1mの距離からゴキブリが  

猛スピードで近づいてくる時に感じる恐怖を1ホラテラとしている。  

ちなみに、人は195ホラテラ以上の恐怖を感じると

精神に異常をきたすと言われている。  

参考文献:「恐怖体験による精神への影響について」 

      著 Gray Fox

      訳  穂羅 寺夫

    

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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ホラテラ言いたかっただけちゃうんかと。