三取村
あれは、十年前の夏の日でした。
わたしは当時、出版社に勤めていて、地域の新聞の一枠を担当していました。
その年は猛暑で、熱中症や、熱射病になる人が相次いでいたのを覚えています。
原稿を書く際、私は暑さから逃げるために、よく利用する喫茶店がありました。
マスターとも顔なじみになり、会話を交わせるようになったある日、興味深い噂話を耳にしました。
それがどういったものかというと、どうやら車で二時間ほどいったところにある集落に特殊な風習をもった人々が暮らしているらしいということでした。
外部との関わりを一切断ち、完全自給自足で生活しているというのです。
私は次の休みに、早速趣味の自転車のツーリングがてら、その集落へ向かうことにしました。
地図を見ながら、もうかれこれ、3、4時間は走っただろうか、、一向にそれらしきものは見当たらないので
諦めかけて帰ろうと思った、そのとき
古い鳥居のようなもの発見したのです。
わたしは何かに呼ばれるかのように、その鳥居をくぐり、奥へと進んでいきました。
しばらく進んだところで、なんだか不気味な気配がしてまいりました。
乗ってきた自転車を置いてきてしまったことも不安だったので、いったん戻ってみることにしました。
すると自転車のそばに、小学校低学年くらいの男の子がいました。
嬉しそうにこちらを見つめています。
近くに行くまではわからなかったのですが、よく見てみるとその男の子は私の自転車のサドルを取り外して持っているのです。
「君、それを一体どうするの?」
私は精一杯の優しい声で聞いてみました。
すると少年は、うっすらと笑みを浮かべて、逃げていってしまいました。
あせったわたしは、急いで自転車に乗り、あわてて少年を追いかけました。
そのときです
ゴシュッ
激しい痛みが私を襲いました。
「しまった!」
サドルがなかった・・・・・!
私は立ちこぎで急いで追いかけました。
そのとき、
ドカッ
またもや激しい痛みが走りました。
よくみると、ペダルもなかったのです。
だんだん怒りが沸いてきました。
「あの餓鬼が・・・!」
自転車のサドルといっても、結構高価なのです。
数万のサドルを盗られた私は、はらわたが煮えるのを感じました。
痛みを堪え追いかけます。
何人かの村人とすれ違いましたが、私の顔を見るなり、老婆が「鬼じゃ・・・!」といってるのが聞こえました。
それもそのはず、お尻から血を流し、目は充血して、声を荒げて身長190cmの男が早歩きしているのですからまるで鬼のようだといえます。
わたしはそれも気にせず、ひたすらに追いかけました。
しばらく追いかけたところでわたしはふと、置いてきてしまった自転車の本体が気になり、一旦戻ってみることにしました。
すると、なんとそこには今度は女の子がいたのです。
緊張しながら近づいていくと、、
今度はカゴがなかったのです。
もはやわたしは、笑えてきてしまいました。
血まみれで笑うわたしを見て、また老婆が「鬼じゃ・・・」と呟きました。
なんだか本当に恥ずかしくなって、帰路につこうとしました・・・が、
やっぱり諦め切れません。
最後にもう一度、村に行くことにしました。
お尻の激痛も、輪をかけて激しくなっていました。
最後だと自分を奮い立たせて村中を探し回りました。
すると、どこからともなく先ほどの子どもたちがやってきて、申し訳なさそうに、わたしの自転車の一式を返してくれたのです。
子どもたちとも和解をし、ふと時計に目をやるともう18時をまわっていたので驚きました。
翌日もいつもどおりに仕事があります。
バラバラになった自転車を組み立て、また3時間かけて家まで帰る気力がなくなっていたわたしは、タクシーに乗り、1時間半ほどで家に帰りました。
その日以来、わたしはどこへ行くにもタクシーに乗っています。
糸冬
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話