「たかしくんに勝負しにいこうぜ。」
たかしくん。たかしくんは真っ黒い。触ると手が黒くなる。
たかしくんは改装中のこの校舎のどこかで、夕方の人気がなくなった時分に、いつもひとり挑戦者を待っている。
たかしくんに勝てばそれはこの学校のテッペンとったようなもの…勝った奴は最強の称号を得るゾ!
でも負けず嫌いなたかしくんをなんやかやして怒らせてしまうと、「ひげづらにしてやろうか、ぱんだにしてやろうか、おんなしにしてやろうか、え」という意味の分からない事を言われてしまう。
…と、もっぱらの噂である。
俗に言う学校の七不思議のひとつ、「つよいたかしくん」だ。
僕がこの話をしたら案の定Yくんがハナイキ荒くして冒頭の台詞を言ったのだった。
「ほんとうに勝つ自信あるの?」
「あるよ。」
「さっきも言ったけど、たかしくんは最強なんだぞ。」
「いいや俺のがつよい!」
唾を飛ばしながら言い張るYくんのその心意気をかって、僕はたかしくん対Yくんの勝負を見届けることに決めた。そうと決まればさっそく今日の放課後たかしくんに勝負しにいこうとYくんが言うのでもちろん賛成する。
神出鬼没の最強小学生、たかしくんに勝負を挑むのだ。わくわくせずにいられない。
夕方、人気のない階段の踊り場で、くるくると回ったり飛んだり跳ねたりしているたかしくんみたいなのを見つけた。
真っ黒い。たくさんの黒い足跡が踊り場にあった。こりゃたかしくんに違いないな。
「たかしくん遊びましょ…。」
僕が話しかけるとたかしくんはピタリと止まって棒立ちになった。
しばらくそのまま黙りこくっていたあと、たかしくんが「いいよ」となんだか妙に気味の悪いざらざらした低い声で言った。
「勝負して遊ぼ」
Yくんが仁王立ちしながら得意げに鼻を鳴らす。と、「いいよ、やろう」と今度はすぐにたかしくんの返答が返ってきた。何をして勝負する気なんだろうと思って見ていると、たかしくんはポリポリと身体から黒い塵を落としながら、頭をヘンに揺すって「階段。最高で何段から飛び降りられるか勝負しよ。」と言う。
危ない勝負だ。度胸試しをする気なんだな。僕がふたりとも怪我をしないだろうかと心配していれば、Yくんがわるい顔でにやりとして「大丈夫だよ」と僕に耳打ちした。なにか策でもあるのかしら。
「じゃあ、交互に段々飛び降りるとこ高くしていこうぜ。俺、たかしくんの順番で」
「いいよ」
たかしくんとYくんの勝負が始まった。
かなりぎりぎりの勝負になっているらしく、一緒に高いところにのぼっていくふたりを僕は階段下で見ていた。夕方の風に乗ってたかしくんの黒い粉みたいなのが流れてくる。それと一緒に、ぼしょぼしょとしたふたりの会話が聞こえてきた。
「じゃあ、これでサイゴね」
「さいご…」
「俺とたかしくん、どっちもつよい。だから、ここから飛び降りてどっちも成功したら、もうひきわけにしよう。」
「いやだ」
「どうしてさ。」
「ぼくはきみなんかよりつよいんだから」
そう言ってYくんより先にたかしくんが足を踏ん張ったのが見えた。
あっ。と思った瞬間、Yくんが薄笑いしながらたかしくんの背中をちょいと押そうとするのが見えた。
Yくんなんてずるいことをするんだ!それはいけないだろう!
僕はたかしくんが落ちちゃう危ないと咄嗟に駆け寄るが、予想に反してたかしくんは落ちてこなかった。
そのかわり、ぼそっとヘンな音がした。
途端に、Yくんが「ヒエエ」と情けない声を上げたのであれっと思って上を見ると、驚いたことにたかしくんの胸にYくんの腕が貫通していた。ポロポロと黒いたかしくんの破片が落ちてくる。
「きみはずるい!ずるいな!」
たかしくんが声を荒げる。でも相変わらず奇妙にかさついた声だった。
Yくんの腕をぐぐっと自分の胸の外に押しだし、うしろの踊り場にしりもちをついたYくんにスーと音もなく詰め寄って、真っ暗な顔を激しく揺すぶり黒い塵をまき散らしながら、「ひげづらにしてやろうか、ぱんだにしてやろうか、おんなしにしてやろうか、え」と言った。訳が分からない。
「悪かったよ、ずるした俺が悪かったんだ、許してくれよたかしくん」
「ひげづらにしてやろうか、ぱんだにしてやろうか、おんなしにしてやろうか、え」
「許し…」
「ひげづらにしてやろうか、ぱんだにしてやろうか、おんなしにしてやろうか、え」
僕はそれをぽかんとしながら聞いていた。階段の下からだと、踊り場の奥の方にいったふたりがよく見えなかった。ワヤワヤと言い争っている。
そのうちに「ひげづらでいいよ、もう!」とやけになったYくんの声が聞こえてきて、パタリとたかしくんの声は止んだ。急に静かになる。何も音が無くなった。
不意に、ジュッ!ギュッ!というヘンな音が聞こえたので、僕がそこでようやく階段を駆け上がってみると、たかしくんはそこにいなかった。Yくんだけしかいない。
Yくんは口の周りを黒くして倒れていた。それが口ひげのように見えて「これが、ひげづらか」と僕は笑った。きっとたかしくんの真っ黒い手の粉をつけられたのだ、と思って僕は倒れているYくんに、「もう懲りたでしょ、帰ろうよYくん」と話しかけた。
返事がないのを不審に思ってYくんの顔をよくよく見ると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。白目をむきながらじたじたと暴れ出した。自分の口元を手で抑えようとしてでもなぜかできないようで、ただ悶絶していた。
Yくんは口を真っ黒に閉じたまま、ギュウギュウと喉の奥で喚く。
どうにも様子が変なので、もう一度ようく見てみると、Yくんの口元は真っ黒に焦げ付いているのだと分かった。コゲコゲになってくっついて口が開けられないみたいだった。
僕は驚いてワッと声を上げた。
「くやしかったらまた勝負しにこい!次はずるっこなしだゾ!またずるしたら…」
たかしくんの声がどこかから響いてくるので僕は「ずるしない!」と返事しておくのだった。
明日もきっとたかしくんは挑戦者を待ってるんだろうナ。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話