今から2年程前の話。
当日私は運送関係の仕事をしており、関西から東北地方へと荷物を運んでいた。
運び先はとある工場で、おもに薬品関係の物を製作している所だ。
何といっても工場の周りは緑に囲まれていて、山の紅葉が凄く綺麗な場所だった。
普段はごちゃごちゃしている町に住んでいる為、ここに来ることが何よりの楽しみだった。
そんな私にはもう一つ楽しみがあった。
旅館だ。
運送業をしている人達が使う専用ではないが、ほぼ専用といった旅館がある。
飯は無いのだが、格安だ。
何といっても自然を一望できる露天風呂。
これこそが私の最大の楽しみだ。
旅館は本館と旧館に別れていて、あまり客が来ないのだろう、旧館の方はほぼ使われていなかった。
旅館で一泊するないなやまた関西に戻る。
毎日それの繰り返しだ。
家族がいれば、仕事が離婚の原因になるだろう。
春に入社して10ヶ月程経った頃、日本は冬になり工場に行くときにはタイヤにチェーンを巻いて行っていた。
雪が積もっているからだ。
冬は本当に大変で、大雪が降れば高速道路は通行止め、山も通行止め。
かなり足止めを食った時もあった。
そんな真冬の日。
風邪を引いたのか、頭が少し痛くてクシャミや鼻水が止まらない。
あいにく熱はなく、仕事を休む訳には行かなかった。
関西から出発して、北陸地方に入ろうとした時、雪が降ってきた。
パーキングエリアでチェーンを巻き、どんどん目的地まで進んだ。
交通渋滞に巻き込まれながらも、なんとか目的地に着いた。
荷物を降ろして旅館に向かった。
旅館に着くと、衝撃的な事を言われた。
本館がいっぱいです、旧館になりますが宜しいですか?
なんと何らかの団体客がいるようで珍しくも、否初めて本館がいっぱいになった所を見た。
仕方なく旧館に泊まる事に。
旧館に着くと、あまり使われていないのが良くわかる。
埃がまっているあの独特の匂いが鼻を刺した。
木造は木造でも、今にも潰れそうな木造だ、歩く度にギシギシと音をたてている。
本日、旧館に泊まるのは私1人だそうだ。
少し怖い気もしたが、風邪で頭が痛かった為、どうでもよかった。
床の間に着くとお気に入りの風呂にも入らずに寝てしまった。
疲れていたのだろう、目をつぶった瞬間から記憶が無かった。
ギシギシ…ギシギシ。
誰かの足音で目が覚めた。時計を見ると午前2時。
なんだよ…こんな夜中に、私がむくっと起き上がると足音が止まった。
なんだ?
私は不思議に思い、廊下に出てみた。
先が見えない暗さがなんともいえぬ怖さを醸し出していた。
シーンと静まりかえり、物音1つ聞こえない。
時折すきま風の音が聞こえる。
ォォォオオオォォォ
ゾクゾクと足から鳥肌がたった。
何もないな…。
そう言い聞かせまた布団に入る。
ギシギシ…ギシギシ。
やっぱり何かいる。
恐怖のあまり布団から出る事が出来なかった。
するとドアの向こうから声がする。
低いテレビでたまに見るスローモーションの時のような声だ。
寒い…寒い…寒い。
お兄ちゃん寒い。
お母ちゃん寒い。
おじいちゃん寒い。
おばあちゃん寒い。
私は恐怖のあまり泣きまくっていた。
足も手もガタガタ震え、息も出来ないくらい寒かった。
20分くらいその状態が続いた時、ドアの向こうから違う声が聞こえてきた。
お客さん大丈夫ですか?
お客さん大丈夫ですか?
店の人が来てくれたのか。
私はドアの扉を開けた。
するとそこには女将さんであろう着物を着た人が立っていた。
顔は真っ白で、綺麗な顔立ちに細い体。
異常に身長が高い。
1㍍80くらいあるんじゃないだろうか。
大丈夫ですか?
はい大丈夫です。
わざわざすいません。
大丈夫ですぅか?
え?大丈夫…です。
その時私は考えた、普通連絡もしていないのに、こんな時間に客の部屋に来るかな?
ダぁイジョーぶぅデスか?
みるみる顔が崩れていく。
うわぁぁ!
大声で叫んだ。
オッヒッヒッヒ。
口が裂けた奇妙な笑いに気を失ってしまった。
気が付くとドアの前で倒れていた。
帰りぎわフロントに文句を行ってやろうと思い、真っ先にフロントに向かった。
するとおかしな事を言いだす。
お客様、昨日はお泊りになっていること聞いてませんが…。
え?
いやいや、ちゃんと案内してもらったんすけど…。
向こうもしらを切るいっぽうで、私は腹を立て宿泊簿を取り上げた。
載っていない…。
しかも本館はすかすかだった。
まるで意味が解らない。
内心?マークがいっぱいなのだが、何故か平謝りする私。
ふと、フロントの上に写真があるのが見えた。
歴代の女将が並んでいる。
私は鳥肌がが立った。
昨日の女は、紛れもなく初代の女将だった。
写真の中から昨日のようにこちらをみてるような気がした。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話