中編5
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雄一

Aと雄一は都内の大学に通う学生だった。

夏休みの前日、常日頃から「何か大きなことをしたい」「成功したい」が口癖の雄一は

休みを利用して、とある島に留学すると言って張り切っていた。

最近はハワイ留学やグアム留学など、公用語が英語の島へ留学する学生も多いらしい。

「しかもさ、それが全部タダなんだよ」

「タダ? 留学へ行くのに? 住むところはどうするんだよ」

「ここだけの話なんだけど、この島ってのが最近アメリカが発見した島らしいんだよ。

その島の開拓事業ってことで、アジア圏の学生を募集してるんだってさ。

もちろん給料が出るし、旅費は全部アメリカのなんとかっていう会社がもつらしいんだ」

胡散臭いなという印象を受けたが、元々Aは面倒見の良い性格だったため

もっときちんと調べた方がよいのではないかと雄一に言って聞かせた。

すると彼は一枚の名刺のようなものをAに差し出し、

そこに書かれているURLにアクセスしてみろと言う。

名刺を見たところ、誰でも聞いたことのある政府管轄の非営利団体の名前があり

それで少し安心し、Aは雄一と別れた。

Aもその翌日から家族で母親の実家へ旅行することになっていたので

雄一の出発がいつからか等の詳しいことは訊かなかった。

夏休みが明けて、雄一が大学を休み続けていることを知り、

Aは雄一のアパートを訪ねることにした。

彼はいい加減な性格だったが、幼くして両親を亡くし

それ以来奨学金などを頼って大学まで進学してきたような努力家でもあった。

雄一の一人暮らしのアパートを訪ねるのは久しぶりだった。

部屋の前で呼び鈴を鳴らしていると、大家らしき男性が近寄ってきて

「もしかして君、江端さんの知り合いか?」

江端というのは、雄一の名字である。

「ええ、江端くんとは大学のゼミが一緒で…」

「いやあ、参っとったんよ。全然連絡が取れへんで…。

先月分の家賃が振り込まれとらんのや」

「え、そうなんですか? 先月って、いつごろですか?」

「家賃の引き落としは毎月25日なんやけどな」

今月はもう28日だ。

Aが彼と別れたのは先々月の上旬だから、つまりもう二ヶ月以上帰っていないということになる。

「最近はその、自殺とかいろいろあるでなあ…ちょうど一度入ってみようと思ってたんや。

きみ、立会人になってくれんか」

「え、俺ですか…構いませんが」

自殺という思いもしない言葉を聞いて一瞬ぎょっとしたが、Aは一緒に入ってみることにした。

ワンルームのアパートは殺風景で、必要最低限の家具や家電が置いてあるだけだった。

幸い遺体はないらしい。大家は真っ先に風呂場を確認していたが、そちらも大丈夫らしい。

「これ…」

Aが見つけたのは、ベッドに投げ出されていたバッグパックだった。

中を見るとパスポートがあり、アメリカ合衆国の入国と出国のスタンプが押してあった。

雄一は帰ってきているのか。

少し安心したが、それでは雄一はどこへ行ってしまったのだろう。

彼が大学を休むこと自体珍しいのだ。

「それにしても、何もない部屋やなあ」

大家の一言で、Aは初めてじっくりと部屋を見渡した。

たしかに何もない。

不思議なのは、服が全くないということだった。

バッグパックの中にもない。と言うより、旅をしてきたのに

バッグパックの中にはパスポートと一冊の本しかないのだ。

Aはその本を手に取った。

すると、本だと思っていたそれはどうやら本ではなく

日記帳のようなものだった。

さすがに見るのはまずいと思い、そのままバッグパックへ戻した。

「ほんなら、何か分かったら連絡くれへんか」

そう言って大家は電話番号を教えてくれた。

彼の名前は澤田というらしい。

結局、更に二週間ほど経っても雄一は大学へ来なかった。

いい加減このままでは困るという相談をゼミの教授からも受けた。

このままでは奨学金は打ち切られ、退学になるかもしれないとのことだった。

Aはまたアパートへ行き、大家と話をした。

教授とは、このまま見つからなければ警察へ連絡しようという話になったという旨を伝えると

大家も「それがええな」と言った。

雄一の部屋へ入ると、やはりそこには誰もいなかった。

二週間前のままである。

「帰った形跡はないようやな」

「そうですね。手がかりも何もないし…やっぱり、警察に届けるしかないか」

そう言ったとき、不意にAはバッグパックの中の日記のことを思い出した。

他人(ひと)の日記を読むことは不本意ではないが、

事態が事態なので雄一も許してくれるだろうと考えた。

バッグパックから日記を取り出すと、躊躇いがちにページを捲る。

『今日で四日目。誰も助けに来ない。どうやらテレビ番組の撮影ではないらしい。

いったい、ここはどうなっているんだろう』

「……っ!」

Aはぞっとした。

なんだ、これは。

その日記の文字は血で書かれていた。

恐る恐るページを捲る。

『六日目。

この部屋には窓がない。ベッドとトイレしかない。

たまに看守が覗いていく。食事は気まぐれに与えられる。

気が狂いそうだ。怖い。誰か助けてくれ』

「……」

『もう何日目かもわからない。ただ、もうすぐ自分が死ぬことは分かる。

このノートが誰かの目に触れるかは分からないが、一縷の望みをかけて書こうと思う。

ここはアメリカと日本が共同で所有する未開の島で、珍しい鳥や動物や虫がたくさんいる。

新種のものも多いだろうし、日本でなら保護されているものもいる。

組織の連中は、新しい細菌が目的らしい。

ワクチンがどうのという話をいつもしている。

毎日、白い防護服を着た連中が俺に注射を打ちにくる。

この島に着いたときから、俺以外の人間は防護服を着ている。

俺は既にこの島の何らかの菌に体を侵されているらしい。

その菌に耐性のある薬を作るのが奴らの目的なのかもしれない。

この部屋もきっと監視されているはずだ。

俺はもう半分気が狂っているようなもので、

一日の半分以上は叫んだり、自分の体を掻きむしったりしている。

俺をここに連れてきたのは日本人とタイ人のような男で

二人とも普通の感じじゃなかった。

Aに、あの名刺を渡してしまったことだけが気がかりだ』

「名刺…?」

そう言えば、雄一は出発する前に「ここだけの話だけど」と言って

Aに留学を斡旋しているらしい団体の名が書かれた名刺を渡していた。

誰もが知っているような、あの、団体の名が書かれた名刺を…。

『俺は信頼していた人から留学だと言われてここへ来た。

両親がいない俺にとっては、親のような存在で…』

最後の一行に、Aは絶句した。

『その男の名前は、澤田』

「…もうすぐ、雄一くんに会えるで」

振り返らなくても、大家がにやりと笑ったのは分かった。

怖い話投稿:ホラーテラー ボウモアさん  

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