中編6
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血雪

ある日、俺は二階の部屋で一人寝ていました。

俺の家はショボい専業農家で、50代の親父と母と、俺の3人暮らしです。

まだ明け方前ですが、下の階で親父がガダガタ何か音を立てて、玄関から出て行くのを、俺は布団の中でうつらうつらしながら聞いていました。天気予報では大雪になると聞いていたので、親父はビニールハウスが積雪で潰されていないか心配で、まだ真っ暗な中を見に出掛けました。

都会のサラリーマンも大変だと思いますが、

こういう時は農家も結構大変なのです。

最も、俺の方はこのとても寒い中を付き合う気にはなれず、親父には悪いけれど、そのままぬくぬく布団の中で寝続けていました。

ところがです。

暫くすると家の前へギシギシと早足で雪を踏む音が近付いて来ました。

そして、玄関がガラっと開いたと思うと、 ドタバタと家に駆け上がる足音が続き、

『・・・そう○○橋の上、救急車!若い女が首やら手首やら切って血塗れで・・・』

親父が電話で叫んでいるのです。

「ただ事じゃない!」

そう思い俺は、下に降りて行き、親父に尋ねると、親父が血相変えて

『橋の上で女が首切って自殺しかけているから、すぐに戻るぞ!』

と言うのです。

俺は大慌てでスウェットの上からジャンパーを引っ被り、長靴に足を突っ込むと、

親父と一緒に、まだ真っ暗で雪の降りしきる表に出ました。

親父に、要領を得ないので俺が『説明してくれ』と言うと、親父は歩きながら次のような事を話してくれました。

俺が思った通り、親父はビニールハウスを見に行く為、家を出たそうです。

ビニールハウスは、俺の住む家の近所の小川に毛の生えた程度の川に掛かった古いコンクリートの橋を渡った先にあるのですが、この辺は田舎なもので、街灯は1kmに1本位しか無く、夜は殆ど真っ暗闇の状態です。

都会の方にはわからないかも知れませんが、田舎の夜の暗闇というものは、本当に凄いモノなのです。

そして、親父が橋の近くまで来た時です。

その辺に一本だけある街灯の薄暗い光の中に、橋の上の欄干の脇で、何モノかがうずくまっているのが見えたそうです。

親父が近付くと、それはコートを着た長髪の女だったそうです。親父は、こんな時間にこんな所で何をしているのかといぶかしんだのですが、女が苦しんでいる様なので親父は心配し、

『どうしたんですか?』

と、声をかけたそうです。

その時、親父が女の足元を見ると、雪の上にヌラヌラしたドス黒い液体が広がっっているのが見えたそうです。

驚いた親父が女の前に屈み込むと、突然女は苦しそうな呻き声と共に顔をあげたそうです。目をカッと見開かれた女の顔は、口のまわりや首のまわりが血塗れで、右手に女物の剃刀が握られていたそうです。女は苦しそうな呻き声をあげながら、その剃刀を血塗れの首に当て、そしてソレを一気にグイッと引きました。

湯気を立ててドス黒い液体が噴出し、女の胸元や足元の雪を染めていきます・・・。

親父は息が止まりそうになりながらも女から剃刀を奪い取り、ソレを川に投げ込み、

『馬鹿な事をするな!』

親父はそう怒鳴り付け、

急いで家まで救急車を呼びに戻って来たという訳です。

ところがです。

親父と二人で、闇の中を雪に足をとられながら橋に来てみると、街灯の薄暗い光の中に、女の姿はありませんでした。

『オーイ、何処にいるんだ!』

親父が女を呼んだのですが返事は無く、俺が辺りの闇を見回しましたが、人の気配はありません。そして不思議な事に、 女がうずくまっていたと言う辺りの雪には、親父の足跡しか無かったのです。

『川だ!』

俺は、女が川に飛び込んだのではないか、と思い、雪に埋もれた土手の斜面を 下りて探そうとしました。

ところが、土手下は足元も見えない程の暗闇に包まれており、危険で降りられないのです。

そうこうしている内に、救急車が雪の中をもがく様に到着し、また、駐在所の 警官も原付バイクで転倒しそうになりながらやって来ました。親父は警官に経緯を説明し、空もようやくしらみ始めで、救急車の隊員と共に、周囲を探してみました。

しかし、

周囲にも、膝までの深さの川の橋の下にも、女の姿はありませんでした。

女の足跡も無く、それどころか、橋の上の雪には、僅かの血痕さえも無かったのです。

夜が明けてからも、止む気配もない雪の中を一時間ほど探してみたものの、

女がいた形跡は何一つも見付けられませんでした。

埒が明かないので、救急車は来た道を戻り、親父は警官と共に駐在所へ行く事にしました。書類を纏める為に、改めて事情を聞かせてほしいとの事でした。

俺は何とも言い難い気分で、一人帰宅しました。

家では、母がキッチンで朝飯の支度をしていました。体の芯まで冷えた俺は、 すぐコタツにもぐり込み、そのままの姿勢で先程までの経過を母に話し聞かせました。

『気味が悪いねえ』

母は、そう言いながら味噌汁を作っていましたが、ふと、キッチンの窓から外を見ながら、

『あれ?その女の人じゃないかね』

と俺を呼びました。

俺はキッチンの窓に飛んで行きましたが、窓から見えるのは降りしきる雪ばかりでした。

『私の見間違いかねえ』

そうボヤく母を尻目に、おれは再びコタツにに戻ろうとした、その時です。

コタツの置いてある古い六畳間の窓の外から、ガラスに顔をベタッと近付けて、コチラを見ている女と視線がバッタリ合ってしまったのです。女は細面の青白い顔で髪が長く、そして口のまわりと首のまわりにベッタリと血が付いていました。

俺は体が凍りつきました。頭のなかが一瞬真っ白になりましたが、気が付いた時には女の顔は消えていました。

俺は慌てて窓を開け、表を見ましたが、女の姿も、足跡もありませんでした。

俺は迷った挙句、駐在所に電話を入れる事にしました。親子揃って頭がおかしくなったんじゃないかと言われそうで躊躇ったのですが、俺が見たのが幻や幽霊であったとしても、見た事は事実なのです。

受話器の向こう側で何度かコールが鳴った後、聞き慣れた声の警官が出ました。

俺が自分の名を告げると、警官は開口一番、

『なんだ、また出たってのか?』

と言われたので、俺は気後れして、

『親父はまだそちらにいるんですか?』

とだけ聞きました。

親父はもう30分位前に駐在所を出た、との事でした。

俺は母と、親父の帰りを待ちました。

30分前に出てるなら、もう着いていてもいい頃です。

ところが、親父はなかなか帰って来ませんでした。

「親父はまっすぐビニールハウスを見に行ったんだろう」

だが、昼過ぎになっても親父は戻って来ない。俺はビニールハウスに親父を探しに行きました。

例の橋まで来た時、やや新しい足跡が一人分、橋の上に続いているのが見えました。その足跡を目で追うと、それは橋の途中の、例の女がうずくまっていたと言う辺りまで続き、そこで消えていました。その欄干の上の雪は半分ほど 欠けていました。俺は欄干に近寄り、そこから川面を見下ろしました。

真っ白な雪の土手に挟まれた川の、膝くらいまでしかない流水の中に、黒いジャンパー姿の長靴を穿いた男がうつ伏せに倒れていました。俺は土手を走り降り、川に入って行きました。

うつ伏せに倒れている男は、親父でした。

俺は必死に親父を土手に引きずり上げたけれど、既に脈も呼吸も止まっていたのです。

降りしきる雪の中を見上げると、川の対岸に、髪の長いコート姿の女が口、首、胸のまわりを血で真っ赤に染めて立っていました。

女はすぐに、雪の中へと消えていきました。

俺は母と二人、まだこの家に住んでいますが、あれ以来、雪の降る日は一歩も外に出なくなりました。

 

怖い話投稿:ホラーテラー WHITEさん  

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