知り合いの話。
山道を歩いていると、頭上から「おーい」と誰かが呼んできた。
見上げても誰もいない。
首を傾げていると、すぐ背後から言葉がかけられた。
「どこに行くのだ?」
つい反射的に「近くの里の親戚だ」と答えてしまう。
すると見えない誰かはこう宣った。
「腰の酒をくれるなら運んでやろう」
確かに酒をぶら下げてはいたが、これはその親戚への手土産だ。
「いやそりゃダメだ・・・」と返す間もなく、いきなり背中から抱き上げられる。
目の前の風景がグニャリと溶けたかと思うと、次の瞬間、見覚えある屋敷の
前に立っている自分に気がついたという。
慌てて腰をまさぐったが、酒瓶は綺麗に空となっていた。
しかもそこは、確かに親戚の屋敷ではあったけれど、その日彼が訪れる
予定の家ではなかった。親戚違いだ。
「間違えて配達された上に、足代までしっかり取られちまった。
まったく、この山の天狗様はそそっかしくて困るよなぁ」
彼は頻りにそうぼやいていたという。
怖い話投稿:ホラーテラー 雷斗忍愚さん
作者怖話