見舞い客のないおじいさん

中編6
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見舞い客のないおじいさん

怖い話、というよりは後味の悪い話。

幽霊が出るわけでもないし、怖いわけでもない。そのくせ長めなんで、時間持て余してたら読んでくれ。

祖母は自分の体験したことや昔の暮らし(戦前戦後)をよく話してくれるんだが、これは最近聞いた内のひとつ。

当日、祖母の義父が怪我で近くの病院に入院してた。祖母は、お世話のために頻繁に見舞いってたらしい。

そんなある日、隣の病室のおじいさんには全然見舞い客が来ないことに気がついた。しかも、何だか看護婦さんたちの態度も冷たい。

不憫に思った祖母は、果物をお裾分けしてあげたそうだ。

おじいさんは嬉しそうにしてたが、今度来るときは鼻紙を買ってきてくれ、という。

見舞い客がいないから、おじいさんの身の回りはこざっぱりとしてた。必要なものさえ誰も買って来てくれないのか。ひょっとしら、身よりのない人なのかも、と益々不憫に思った祖母は快く承諾した。

それからといもの、おじいさんは何かにつけて○○買ってこい、というようになり、それは段々エスカレート(っても細々したもんだったらしい)していった。

それでも祖母は、義父の買い物や見舞いをするついでだし、特に苦には思わなかったという。我が侭な態度は病人によく見られるから、向きになるだけ無駄っていう気持ちもあったみたい。

ところがある時、看護婦さんにおじいさんへの差し入れを咎められた。

祖母が言うままに物を届けると、おじいさんは益々我が侭になる。困るのは世話をする私たち看護婦だ、と言うのだ。

祖母はびっくりして、良かれと思ってしていたし、身よりのない人だから可哀想じゃないか、と言い返したという。

すると今度は看護婦さんが驚いた。そしておじいさんについて教えてくれた。

看護婦さんによると、おじいさんは身よりがないどころか、儲かっている青果屋(というか今のスーパーに近い感じ?)の主人だったという。

その青果店は我が家からそう遠くない所にあって、祖母もよく知っていた。

わが家は当時の地価では一級地に近い所に建っていたが、その青果店のあった場所もそれなりで、何よりデカかったらしい。

そんなとこの元・主人なら見舞い客くらい来そうなもんだが、娘と入婿が入院時にやってきただけで、あとは誰も病室に来ない。

たまに娘夫婦が必要最低限のもの届けにとか、医者に会いに来たりとかするらしいが、病室のある2階には絶対上がらないらしい。

そんな状態だから、初めは看護婦さんたちも哀れんで、おじいさんの言うことを聞いてたという。でも、日に日におじいさんは我が侭になっていった。しまいには、看護婦さんたちを怒鳴るようになったらしい。さすがに耐えきれなくなった看護婦さんたちは、必要以上におじいさんに構うのを止めたというわけだ。

看護婦さんは、悪いことは言わないから、あのおじいさんには関わらないようにしなさい。お義父さんももうすぐ退院するんだから、それまでの辛抱よ、って忠告したという。

祖母は、はあ、なんてうやむやな返事して誤魔化した。確かにおじいさんは我が侭だったが、割りと人が良さそうで、看護婦さんの言うような人には見えなかったという。

半信半偽な気持ちのまま、結局、祖母は断り切れない気もあっておじいさんへの差し入れを続けてた。

看護婦さんも、自分たちには被害が及ばないとわかったのか、あれ以来何も言うことはなかった。

で、いつものように差し入れしにいくと、珍しくおじいさんが自分の事について話はじめた。

「わしは家族に縁がなくて、独りで今まで頑張ってきた。頑張って仕事して、頑張って金稼いで、それでようやく店持って商売できるようになった。でも、嫁さんに恵まれんかった。もうそんな歳やなかったしなあ。だから養女迎えて大事に育てたんや。でも、娘が結婚したら、わしは邪魔もんになってしまった。あんなに可愛がってたのに、こんな仕打ちはないやろ。あいつらはロクな人生送れんぞ…」

こんな感じに、まるで愚痴るような嘆くような調子で話したらしい。

祖母は何も言えないまま、黙って聞いてた。おじいさんに気の利いた言葉掛けようにも、恵まれた家庭環境で育った祖母には何て言うのがベストかわかんなかったって。

結局、また差し入れの話して病室をあとにしたという。

いつもは感謝の言葉を言わないおじいさんが、仕切りにありがとうを繰り返してたのが印象的だったそうだ。

それからちょっと日が空いて、義父の見舞い兼おじいさんへの差し入れに病院を訪ねた。

そしたらおじいさんの病室が空になってる。

あれ?退院したのかな?って思った祖母は、看護婦さんに聞いてみた。すると、昨晩体調が急変し、そのまま亡くなったという。

急死とはいえ、あまりの手際の良さに首を傾げてたら、看護婦さんが顔をしかめて教えてくれた。

危篤の知らせを聞くや、すぐさま娘夫婦が病院へやってきた。でも病室に入ったのはおじいさんが死んだ後。そんで、周りへの挨拶もそこそこに、とっとと遺体を持って帰っちゃったらしい。

あまりのスピード対応に、思わず看護婦さんたちは呆れたらしく、見舞いには来やしないのに、こんな時だけ早いなんてね。おじいさん可哀想に、なんて話てくれたという。

祖母は凄く複雑な気持ちになったけど、亡くなったら仕方ない、とその後もいつもどおり義父の看病を続け、無事に退院の日を迎えることができた。

そんで、娘夫婦なんだけど、今は何処に住んでるのか、てか生きてるのかも祖母にはわからないらしい。

おじいさんが亡くなって、一応なりにも葬式あげた二人は、青果店しながら色んな事業に手を出した。おじいさんの残した財産が結構あったっぽいし。

でもことごとく失敗。ついには青果店もうまくいかなくなっちゃって、潰れてしまった。おじいさんが死んでから、そんなに経たないうちだったそうだ。

んで、当時は地価の高い場所だったから、そこにそのまま住めるわけもなく、何処かへ越しちゃったそうだ。

そこの近所では、おじいさんの件が噂になってたみたいで、あの夫婦は罰当たり、今にしっぺがえしがくるぞ、なんて言われてたらしい。

実際、祟りだ、なんて言う人も少なくなくて、口が悪い人なんかは、ざまあみろって言ってたそうだ。

祖母も、不思議だなあ。やっぱり人生はどこかで埋め合わせがくるんだなあと思ったとか。

以上で終わりだけど、なんか文章にするとすっごいありがちなお話だな、って今更思った。

でも、話を聞いたときマジでそんなこと(手の平返した養女とかその後の不幸とか)あるんだってビックリしたし、人の他人に対する感情や態度に虚しさを感じた。

他人に当たったおじいさんも、態度ころころ変える看護婦さんも、非道にみえる娘夫婦も、その二人を嗤った人たちも…

それぞれにそれぞれの理由があったんだろうけど、なんか、ね。

でもって、ここからは蛇足になるんだが…

その問題の病院、私が幼稚園の頃には潰れたけど、小六くらいまでは建物自体は残ってたんだよね。

んで、当時悪ガキだった私は、友達と一緒に玄関口にある夜間緊急呼び出しベル(?)を押して遊んでた。

夜中の2時に押すと、すっごい態度の悪い看護婦さんが出る、呪われる、っていうのが小学校での怖い噂だった。

あと、亡くなった入院患者が出るって噂もあった。まあ良くある話だよね。

あるおじいさんが、人となんかの約束(忘れてしまった…)してたんだが、約束した人はいつまで経っても見舞いに来ない。

で、結局おじいさんはひとり寂しく死んで、その恨み(?)から成仏できずに、夜中になると院内を徘徊するんだって。

祖母の話を聞いて、当時の噂とダブった。

まさか、とは思うけど。

怖い話投稿:ホラーテラー 10・9名さん  

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