深夜二時。
俗に言う「草木も眠る丑三つ時」の時刻。
ここ最近、この時間になると俺は決まって目が覚めてしまう。
原因は窓の外から聞こえてくるあの音だ。
ザシュッ・・・ザッ・・・・
ザシュッ・・・ザッ・・・・
その日も俺は眠い目を擦りながら布団を抜け出すと、音を立てないよう慎重に窓の傍まで近寄りカーテンの隙間から外の様子を覗いた。
視線の先には昨日までと変わらない光景が見えた。
俺の住んでいる2階建てアパートと空き地を挟んだ向こう側にある一戸建て。
そこの庭で一人のひょろっとした体型の男が黙々と土木作業用位の大きなシャベルで地面に穴を掘っていた。
月明かりに照らされたその男の顔からは鬼気迫るものが感じられる。
「これでもう三日目だぞ。いったい何の穴掘ってるんだよ・・・・」
男から視線を離さないようにしながら誰に言うでもない言葉を呟いた。
まぁ態々こんな夜中に人目を忍んで穴を掘らなくちゃいけないような事となると大体限られてくる。
恐らく「人に見られたくないもの」を埋めようとしているのだろう。
穴の大きさからしてそれなりにサイズか量のあるもの。
自分の家の庭に埋めている所から外に運びづらいものである可能性も高い。
そんな条件に一致するものに俺は一つ心当たりがあった。
人間だ。
ドラマやホラー映画なんかでは殺した人間を自宅の庭に埋めてしまうといったシチュエーションはよくある。
実際はそんな場所に埋めてもすぐに見つかってしまいそうなので普通選ばない場所だと思ったが、調べてみるとそうでもないらしい。
特に女性や子供等、精神の弱い者が「少しでも人に見られたくない」という想いからしてしまう行動なんだそうだ。
言われてみれば確かに今窓の向こうでひたすら穴を掘り続けている男は、何処か気の弱そうな所が感じられる顔をしていた。
やはりあの穴は死体を埋める為のものじゃないだろうか?
そう考えていたその時、不意に穴を掘る音が聞こえなくなった。
nextpage
「あれ?・・・・いないぞ」
考え事をしていた一瞬の間にいつの間にか男の姿が消えていた。
今日までの二日、男が穴を掘り始めてから終わるまでに何処かに移動したりした事は一度もない。
まさかいよいよ穴に埋める為に死体を取りに行ったのか?
俺はいてもたってもいられず、もっとよく見えるようにと立ち上がってカーテンをさらに開き覗き込んだ。
次の瞬間、俺は胸を杭で打たれたような衝撃を受けた。
男は穴の中にいた。
穴の中でしゃがんでいたのか、角度的に死角になって見えなかったのだ。
そして立ち上がった男の視線は俺の方に向かって真っ直ぐに伸びていた。
やせ細った顔に浮かぶカッと見開いた二つの眼球は、俺のそれと向き合い視線をぶつけた。
今までずっとこちらに気づいていないと思って油断してしまった。
咄嗟に開いていたカーテンを勢いよく閉めた。
直後に自分のミスに気づく。
これじゃ覗いてたってのがバレバレじゃないか。
急いで玄関に向かい鍵のチェックをすると、落ち着くにと共に段々と恐怖が込み上げてきた。
もしあの男が本当に死体を埋めようとしていたのなら、それを見た俺の事をほうっておくだろうか?
いやしかし直接死体を見た訳じゃないし、見逃してくれるかもしれない。
馬鹿か俺は!そんな甘い訳ないじゃないか!
頭の中がしっちゃかめっちゃかになっている最中に、突如俺の耳に聞き慣れたあの音が飛び込んできた。
ザシュッ・・・ザッ・・・・
ザシュッ・・・ザッ・・・・
「・・・・こっちに来ないのか?」
震える足で恐る恐る元いた窓の近くまで戻る。
だがカーテンを開けばまたあの顔がこっちを見ているような気がして俺はそのままそこを動けずにいた。
結局その日も深夜3時までの一時間程穴を掘る音は続き、その後も俺は気が休まる事なく眠れない夜を過ごした。
nextpage
その日以降、深夜にあの音が聞こえる事はなくなった。
けれど今度は別の悩みが出来てしまったのだ。
何時あの男に狙われるか解ったものではない。
俺はそれから夜の外出は極力避けるように心がけた。
人目の少ない場所には絶対に近づかないようにし、何処か出かける時は遠回りして出来るだけあの男の家の前を通らないようにもした。
それでも安心して眠れる日なんて全くなかった。
厄介なのは死体を見ていない事だ。
警察に連絡しても死体が見つからなければ俺の勘違いって事で終わる。
そうなればただ「私はあなたが深夜に穴を掘るのを見ていました」と相手に知らせているだけのようなものだ。
俺の曖昧な証言なんかで警察が何処まで調べてくれるかだって解ったもんじゃない。
こういうのは下手に関わらない方がいいんだ。
俺はあの夜何も見なかった。
それだけだ・・・・
nextpage
それからさらに数日後。
休日の昼過ぎ頃に自宅で気持ち良く寝ていた俺を、チャイムのやかましい音が邪魔をした。
無視してやろうとも思ったが、何度もビービー鳴らしてくるので仕方なく玄関まで向かった。
玄関を開ける前に念の為覗き穴を見て相手が誰かを確認する。
外に立っていたのは黒いスーツの男二人組だった。
どうやら「あの男」ではないようだ。
すぐに玄関を開けると、男の一人が胸元から黒い手帳を取り出し「警察です。すみませんが少し捜査にご協力頂けますか」と言ってきた。
突然の事にテンパりながらもすぐにピンと来た。
「今朝このアパートの向こう側にある柏木さんの家の庭から死体が見つかりまして~」
ビンゴだっ!
「おっ!俺!犯人の顔見ましたっ!」
興奮のあまり刑事の話が終わる前に大声で叫んでしまった。
一瞬ビックリしていた二人組の刑事も、すぐに「本当ですか」と真剣な表情で近づいてきた。
俺はその後知っている事を全部刑事達に話した。
今まで一人で溜め込んでいた分、タガが外れたら自分でも驚くほど喋りまくっていた。
一通り知っている事を話すと俺の話を聞いていた方の刑事が(もう一人はひたすらメモを取っていた)一つ質問をしてきた。
「その男の特徴を何か憶えていませんか?身長や髪型、服装、なんでもいいです」
特徴、そういえばまだ言ってなかったか。
「確か・・・・体型はひょろっとしていて、身長は・・・・170位だったと思います。あとたぶん青と黒のジャージを着ていました」
頭の中であの男が穴を掘る姿を懸命に思い出しながら答えていった。
「そうだ。腕の部分に白いラインが入ってるようなジャージでした。黒地に腕に沿って白いラインが何本か伸びてる感じの」
その時俺は気づいた。
二人の刑事の顔が妙に深刻そうな表情になっている。
さらには二人で顔を見合わせ、「おい」と言った後にまたこちらを向き直した。
「ちょっと確認して欲しいのですが・・・」
そう言うと後ろでメモを取っていた刑事が一枚の写真を取り出し見せてきた。
「あっ!」
その写真に写っていたのは間違いなくあの男だった。
「こいつです!こいつがずっと夜中に穴を掘ってたんです!」
俺は思わず体を玄関から乗り出しながら写真を指刺して答えた。
だが刑事達は何故か腑に落ちないといった顔をしている。
初めから犯人の目星が付いていたから写真を提示したのではないのか?
訳も分からず二人の表情を覗き込んでいると、渋々といった感じで刑事が話しだした。
nextpage
「まぁ報道とかですぐに解る事だと思いますから言いますが・・・すでに死んでいるんですよ。その人」
「えっ?」
「というか・・・・自殺なんです。その柏木省吾さんを含めて、奥さんの道代さん、10才の子供の翔太君。・・・・一家心中ってやつですね」
「じ、じゃあ・・・・奥さんと子供を庭に埋めた後に、自分も自殺したって事・・・・ですか?」
なんとも嫌な話だった。
そしてそんな人間と目が合ってしまったと考えると背筋が震えた。
「それが・・・・そうでもないんですよ・・・・庭には省吾さんの死体も埋まっていたんです」
「・・・・えっ?」
「恐らく二人をロープで首を閉めて殺した後に自身も首を吊って自殺したのでしょう。家の中には首吊りの後も見られましたし、その他の状況から見ても省吾さんは間違いなく自殺かと思われます」
俺は正直刑事が何を言っているのかが解らなかった。
だってどう考えてもおかしいだろう・・・・
「私達が今探しているのは「3人」の死体を庭に埋めた人物なんですよ。何処かの第三者が何らかの理由で死体を埋めたものと我々は考えていたのですが・・・・」
そこまで言うと刑事は喋るのを止めて俺の顔をじっと見つめていた。
見なくても解る。
その時の俺はそれはそれは青白い顔をしていたのだろう。
「・・・・・失礼。我々はこれで。ご協力ありがとうございました」
そう言うと刑事達は玄関で立ち尽くす俺を置いてさっさと帰ってしまった。
その後も俺は数十分間その場から暫く動く事が出来なかった。
頭の中にはずっとあの日の、あの男の目をカッと見開いた顔がこびりついて離れなかった。
その日からまたあの悪夢の日々が始まった。
聞こえてくるんだよ・・・・
深夜一時頃になると決まってあの男が穴を掘る音が・・・・
カーテンを開ければまたあの顔がこっちを見ているんじゃないかと思うと気が狂いそうになってくるんだ。
耳を塞いでも決して鳴り止む事のなんかない。
もしかしたら俺の頭はどうにかなっちまったのかもしれない。
あの悪魔の音は今この時も、窓の外からずっと聞こえてきている。
ザシュッ・・・ザッ・・・・
ザシュッ・・・ザッ・・・・
作者バケオ
私の家はよく深夜に野良猫の鳴き声が聞こえてきます。
これがまた決闘でもしているのか時々「ミャァ――――!!!」とそれは凄い声で鳴いていたりする事も。
なんとなく女性の悲鳴に似ているもので、なんとも嫌な気分にさせられてしまいます。
皆さんの家ではどんな「音」が聞こえますでしょうか?
気になった人は今日寝る時に耳を澄ませてみるのもいいかもしれませんね。