中編3
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唱えない方が良い真言

バブルが弾けて、その後の長い不況の頃の事であった。

Kさんは、故あって深夜の仕事をするようになった。

ある地域の空港の、機内食の食器洗浄で、

Kさんのシフトは、夜10時から朝5時までである。

Kさんはずっと自営業をしていた。

でもこの頃には、仕事がうまく行かなくて、

副収入のために、時給の良いこの仕事を選んだそうである。

もう若くないKさんにはかなりきつい仕事である。

しかも、この時間帯就労している人たちは、提携企業からの出向者と、元自営業をしていた人が多く、若い職員たちにしてみれば、かなり難しい采配が要求された。

Kさんがここで働くについて困った事があった。

Kさんの住んでいる所がかなり交通の便が悪い所で、何回も電車の乗り換えが必要だった。

しかも運行する電車自体少なかった。

自営業の方も続けているので、どうしても電車の乗り継ぎが難しい時があり、

その時は、バイクで海沿いの駅まで走る事があった。

山が迫っていて、しかも海岸沿いの暗い道をバイクで走り、海上にある空港の対岸の駅まで走る。

Kさんは元々スピリチュアルな事が好きと言うか、

オカルト好きな人で、大学生の頃、修験系の寺院で密教の修行の講座に参加したりしていた。

秋の夜の冷気を感じながら、

切り通しの崖の間や古墳のある村落を越えて、大きな道路にはいり、

ようやく、駅にほど近い橋が見えてきた。

その橋は、聳え立つ二組の、大きな橋脚に吊られた橋で、

Kさんは、その時どういう訳か、それを見て双身の抱き合う聖天様を連想してしまった。

彼は思わずマントラを口ずさんだ。

橋に到着するまで、何回も、何回も……

心がなぜか高揚していた。知らず知らずにスピードが出ていた。

そして橋に差し掛かると、

Kさんの頭の中に、突然直接大きな声が響いた。

“我が名をみだりに、となえるなかれ‼︎”

Kさんはバイクを急ブレーキで止めた。

原付きでかなり速度を出していたため、転倒寸前、大きなクラクション音が聞こえて、振り向くと、

後ろから大型トラックが迫っていた。

幸いトラックはどうにか車線変更して、無事で済んだ。

少し停まってから、安全運転で、駅近くのバイク置き場についた。

気が動転していた。

電車に乗っても動悸は止まらない。座席に座ってしばらく、深呼吸などして、心を落ち着かせ、ターミナルに到着する頃には、動悸は少し落ち着いた。

駅を降りて、バス停に行くと、何人かの同僚の中に 一番親しく話をしているTさんがいたので、先ほどの経緯を話した。

Tさんは変わった体験をよくしていて、何か妙にオカルトやスピリチュアルのジャンルに詳しい。

今ではあまり流行らない習い事の師匠をしていたらしい。

それでKさんと同じ所で仕事をするようになったらしい。

そうすると、Tさんが、

「そのマントラと言うか真言、精神世界関係のシリーズ本に載ってたやつですか?」

そう聞いてくる。

「そうだけど……。それが何か?」

すると、Tさんが少し躊躇して、

「あれって、興味本位で書かれた本ですから……

ちょっと危ないですよ。

できたら持っておられる経本にある真言を唱えるか、

十一面観音様の真言で代用する方が安全みたいです。

Kさんの唱えたのは、聖天様のお名前プラス聖天様に似ているけどちょっと怖い方のお名前でしょう?しかも、オンもソワカも付いてない。

呼び捨てにしたって思われます。私は聖天様は遠慮しておきたいです。厳しい神様ですから……」

Kさんは、思った。

生駒の聖天様にお参りして謝罪しよう。その時はTさんも一緒に連れて行こう。

Tさん、どんな反応するかな?

そう、Kさんはとんでもないサプライズを考えてしまっていた。

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これ見て、真言を少し調べてしまいました。
量が多すぎて圧倒されました。