長編16
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蛞蝓と蝸牛

これは、僕が高校1年生の時の話だ。

季節は冬。

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・・・・・・・・・。

ある日、僕が学校へ行き、教室のドアを開けると、僕の机の周りに人集りが出来ていた。

「・・・どうかした?」

そう言うと、皆は何故かギョッとした様な顔で此方を見る。

「え?」

僕が困惑していると、人集りの中からピザポが出て来た。

そのピザポも、苦虫を噛み潰した様な顔をしている。

「・・・え?え?」

僕は更に困惑した。

「と、取り敢えず、席に着きたいんだけど・・・。」

僕がおずおずと言うと、バッと蜘蛛の子を散らす様に、クラスメイト+何故か居た別クラスの人達が退いた。

机に着こうとすると、その僕の机の上に、昨日まで無かった物が置かれている。

それはーーー

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椿の花が生けられた、花瓶だった。

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・・・・・・・・・。

「わぁー。お花ですねー。」

何 を 言 っ て い る ん だ 僕 は !!

驚き過ぎて、思わず変な事を口走ってしまった。

即座に頭の中で《今の反応はそれじゃないだろ!!バカか僕は!!》と激しく後悔する。

まぁ、張り詰めた空気は緩んだけど。

「えっと、あのコンちゃん・・・。先ず、落ち着こっか。」

嗚呼・・・ピザポにまで呆れられてる。

「ごめん。今のナシ今のナシ。」

恥ずかしさの余り、顔を覆ってしゃがみ込む。

頭の上で、ピザポが吹き出したのが分かった。

「お花ですねー。って・・・!」

「忘れて忘れて本気で忘れて。本気で。」

「コンちゃんご乱心・・・!!」

「いや忘れて今すぐ忘れて《な、何だよこれ・・・!!》って言った事にしておいて。」

膝を抱えて丸まる。

「そしてカタツムリ形態・・・!!」

ピザポはまだ、頭上でクスクスと笑っていた。

クラスメイト達の笑いも聞こえる。

僕は更に小さく丸まった。

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・・・・・・・・・。

「・・・よし!」

笑っていたピザポが、いきなり大声を上げた。

僕がびっくりして顔を上げると、ピザポは此方を覗き込みながら言った。

「取り敢えずこれ、どうにかしよう!」

そうして、花瓶をヒョイと持ち上げる。

「コンちゃんどうするこれ。寧ろどうしたい?」

「え、あ、どうでも。」

「じゃ、捨てよう!気持ち悪いし!!」

そしてズンズンと教室の外へ歩いて行く。

僕も小走りで後に付いて行った。

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・・・・・・・・・。

流しに水を入れ、花を取り出す。

僕はその取り出した花を、捨てようと持ち上げたーーー

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「うぎゃっっっ!!」

が、すぐに放り出してしまった。

枝に蛞蝓が付いていたからだ。

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・・・さて、説明しよう!

僕が小学生だった頃の話だ。

ある日、僕は何時もの神社の縁側を歩いていた。

すると、足の下にベヂャッッと言う気持ちの悪い感覚がした。

僕が恐る恐る足の裏を見ると・・・。

僕の足の裏で、一匹の肥え太った蛞蝓が、潰れていた。

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故に、その思い出がトラウマとなり、僕は今でも蛞蝓が大の苦手なのだ。

「コンちゃん?!」

跳ねた飛沫が、ピザポに掛かった。

「・・・ごめん。服。」

「いや、大したこと無いし。どうしたの?」

「蛞蝓付いてた・・・。」

「・・・コンちゃんナメクジ怖いの?ミズチ様平気なのに?」

僕が頷くと、ピザポはまたクスクスと笑った。

僕は少しだけ剥れながら、花瓶を洗面台下の収納スペースへと隠した。

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・・・・・・・・・。

教室に戻ると、僕等は早速、皆に箝口令を敷き、先生方にこの事が伝わらない様にした。

大事にされたら面倒だし。

そして、朝の早い運動部の人達に怪しい人物を見なかったかどうか聞いてみる。

「ごめん。朝、誰か怪しい人、見てない?」

「・・・ん?見てない見てない。てか、俺等が来た時、こんなん置いて無かったし。」

「そうなんだ?」

「おお。多分、俺等が朝練で消えてた時にやったんだろうな。いや、多分だけど。」

「成る程・・・ありがとう。」

「いや、お前も大変だな。」

そう言って後藤君は、うまい棒コンポタ味をくれた。

・・・・・・その後、佐藤君、鈴君、田山さん、その他諸々の皆さんにも聞いては見たのだが、皆お菓子をくれるだけで、今一つ有力な情報は入って来なかった。

「誰がどうしてこんな事を・・・?」

「コンちゃんが誰かの恨みを買っているとは思えないけど・・・・・・。」

僕等は大きく首を傾げた。

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・・・・・・・・・。

次の日、僕は一番乗りで登校した。

・・・が、何故かその日から、花瓶と花はパッタリと姿を消してしまった・・・・・・。

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・・・・・・・・・。

机に花を置かれてから数日。

最近、何だか身体の具合が可笑しい。

いや、身体では無く、精神の方かも知れないが。

まぁどちらにせよ、僕は今とても困っているのだ。

・クラスメイト達の喋り声が、異常な程五月蝿く感じる。

・周りの人達が僕の陰口を言っている様に思えてしまう。例えピザポや薄塩でも。

・何か肩が重たい。

と言うのが、此処の所、ずっと続いている。

今までこんな風に感じる事何て、一度も無かったのに・・・。

「ノイローゼで疑心暗鬼になってるのかな。」

大きく溜め息を一つ吐く。

「僕、嫌な奴になっちゃったな・・・。」

僕は机に突っ伏し、クラス内の余りの騒々しさに耳を塞いだ。

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・・・・・・・・・。

その日、僕等は帰りに近くのファミレスへ寄った。どうしても寄りたい、と、ピザポが強く言ったからだった。

「・・・コンちゃん。」

「うん。」

「コンちゃん、最近何か変だよね。・・・どうかしたの?」

「・・・何でも無い。」

ノイローゼ何だとしても、ピザポに迷惑は掛けたくない。

僕が首を横に振ると、ピザポは大きな溜め息を吐いた。

「そんな訳無いと思うけど?」

「・・・え?」

ピザポは、何故か怒った様な顔をしていた。

「分かりやすい嘘、吐かないでよ。話が拗れて面倒な事になりかねないから。」

「・・・ごめん。」

「俺に嘘吐いてもどうしようも無いの位、分かってるよね。」

「・・・・・・ごめん。」

「それとも何?頼りたくなかったの?俺ってそんなに信用無いの?」

「違う。・・・只、僕はピザポに迷惑がーーー」

「だから、そう言う所が嫌なんだって!!」

バン、とピザポが机を叩いた。

そして、また大きく溜め息を吐く。

「・・・変に気を遣うの、止めなよ。コンちゃんらしくもない。」

頭をグシャグシャと掻き回し、ピザポはじっと、僕の肩の辺りを見た。

「コンちゃん、落ち着いて聞いて。」

そして、ゆっくりと口を開く。

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「コンちゃんの肩に、大きな蛞蝓が、見える。」

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「・・・・・・え?」

慌てて両肩を交互に見る。

「・・・何も居ないけど。」

僕がそう言うと、ピザポは苦い顔で続ける。

「本物じゃないと思う。・・・背中を覆うほど大きいから。」

「嘘?!」

「本当。・・・あと、ミズチ様、居ない。」

「ええ?!」

「コンちゃん声でかい。此処ファミレス。」

「え、あ、はい。スミマセン・・・。」

・・・機嫌悪いピザポ、怖い。

ピザポがムッとしたまま言う。

「取り敢えずは、のり姉に救助要請。今日、俺の前でして。《後で》にしておくと結局電話しないだろうから。」

「・・・はい。」

携帯電話を取り出そうとすると、またピザポに怒られた。

「お店で電話しちゃ駄目だって。出よう。」

「・・・・・・ごめんなさい。」

全く以て正論だ。

僕はしょもしょもと萎れた。

目の前のピザポが、

「俺に注意された位で、そんなに落ち込まないでよ。」

と笑った。

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・・・・・・・・・。

店の外に出る。ピザポは僕の後ろで監視体制だ。怖い。

以下のり姉と僕の会話。

「・・・あ、はーいもしもしー。」

「あ、のり姉。今晩は・・・。」

「今晩はー。・・・どしたのコンソメ君、涙声だよ?それとも風邪?」

「・・・いえ。まぁ。」

「あー・・・。ピザポ君?」

「・・・・・・・・・。」

「やっぱりか。おこだったもんね。ピザポ君。」

「・・・・・・今、目の前に居ますよ。」

「そかそか。まぁ、萌えだよね。うん。」

「・・・・・・・・・。」

「まー取り敢えず、薄塩に代わるわ。何か調べてたみたいだしね。」

「・・・そうなんですか?」

「そう。これもまた萌えだよね。私の弟マジ可愛いわ。」

「サラッとブラコン発言は止めて下さい。」

「うん。落ち込んでてもツッコミはしっかりするんだね。流石コンソメ君。」

「・・・・・・・はぁ。」

「それでさー・・・あ、ごめん。薄塩がはよしろって。代わる。」

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・・・・・・・・・。

以下薄塩との会話。

「蛞蝓だろ?情報掴んどいた。」

「お前は忍者か。」

「まぁな。」

「否定しないのかよ。」

「ピザポに泣かされたって?」

「いきなり話を変えるな。」

「彼奴、怒ると怖そうだもんな。」

「今僕の後ろに居るの。」

「メリーさんかよ。マジか。」

「ああ。・・・・・・怖い。」

「ま、其れは後で聞くとして、蛞蝓だ。」

「引っ付いてるって?」

「そうそう。こう・・・べちゃぁ~っと。」

「お前、僕が蛞蝓が大嫌いって知ってるよな?」

「知った上で敢えて、だよ。恥ずかしいから言わせんな。」

「何故其処で恥ずかしがる。」

「おお。確かにツッコミは何時も通りだ。」

「意味の分からない確認とかいいから。」

「話せって?・・・大分上から目線じゃないか?」

「・・・・・・ごめん。」

「其処で謝るかー。やっぱり何時もとは何か違うな。調子狂う。」

「・・・そうなのか?」

「しかも無自覚。呪いの効果、モロに浴びてるな。」

「・・・・・・呪い?!」

「気付いて無かったのか。」

「・・・ノイローゼじゃ無かったのか。」

「違うな。・・・ちょい長くなるぞ。覚悟しとけ。」

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・・・・・・・・・。

コンソメ、取り敢えず基礎知識の確認な。

《蟲毒》って、知ってるか?

・・・・・・そうか。だよな。

・・・いや、お前に掛けられた呪いは《蟲毒》じゃない。

似てはいるけどな。

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二年生の間でな。《おまじない》が流行ってるんだと。

《なりたい人になれるおまじない》がな。

で、それに使われるのが蛞蝓と蝸牛何だよ。

・・・まぁ、《おまじない》って程可愛いもんじゃないけどな。

取り敢えず、手順を話すわ。

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※真似する人が居ては本当に困るので、手順を幾つか省きます。

・・・・・・・・・。

先ず、《自分がなりたい人》の持ち物の上に蛞蝓を置く。

此れは《何処の誰に自分はなりたいか》と言う意思表示でもある。

次に蝸牛を何匹も水槽・・・透明な奴にいれる。

で、蝸牛達に、一枚だけ葉っぱをやって、皆死んで最後の一匹になるまで放置。

で、その蝸牛を《自主規制》で《書けないよ!》して、最後に神社の前で叩き潰す、と。

此れが大雑把な説明だな。

あ、そうそう。この蛞蝓ってのは《自分》の象徴で蝸牛ってのは《なりたい人》の象徴らしい。

・・・そうだな。かなりエグい話だと思う。

少なくとも《おまじない》何て可愛らしいもんじゃない。

あれ、これさっきも言ったか?

・・・・・・。え?

死ぬのかって?

そんな訳無いだろ馬鹿。

これは、相手と自分を《入れ換える》おまじないらしいからな。

いや、これじゃ語弊があるか。

《自分の性格と、相手の性格を入れ換えるおまじない》が、正しいな。

今のお前の不調は、その相手の性格による物だろうな。いや、多分だけど。

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・・・・・・・・・。

「に、しても変だな・・・。」

電話の向こうで、薄塩が不思議そうに言った。

「お前、学校ではかなり大人しくしてるだろ?友達も多い方じゃないし。一体何が羨ましくて、お前をチョイスしたんだろうな。」

「いや、其れは分からないけど・・・。」

「・・・思い出せ。お前を羨ましがる様な奴。」

僕は小さく頷いた。

「ああ。分かった。」

「俺も出来る限り調べてみるから。・・・ああ、そうだ。」

「どうした?」

「姉貴が、○○君の所へ行けって。」

「え?」

「木葉さんにはこの事、知らせるなってさ。」

「何で?」

「知るか。土曜の午後7時に予約入れといたって。恐らく泊まり掛けになるとさ。まぁ、詳しくは電話でもしろや。俺ん家に来てるって嘘吐いて行ってこい。」

「・・・・・・分かった。ありがとう。」

「おお。じゃあな。」

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プッ

電話が切られた。

「・・・何か情報、得られた?」

ピザポが聞いて来た。僕は大きく頷いた。

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・・・・・・・・・。

土曜日。午後の7時。

もちたろうに導かれ、僕は○○君こと、烏瓜さんの家に訪れた。

烏瓜さんは、玄関口で、提灯を持って立っていた。

「今晩は。いらっしゃいませ。」

「・・・今晩は。」

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・・・・・・・・・。

今まで来た事の無い部屋へ通された。

「用向きは、のり塩さんから承っているよ。」

烏瓜さんはそう言った。

縁側に通じるガラス戸は開け放され、冷たい風が肌を刺す様だ。

見える景色は一面の竹林。

風に揺れ、カサカサと音を立てている。

縁側が二つもある家と言うのも、中々に珍しい。

部屋に電気は点いていない。

灯りは四隅に置かれた行灯だけだ。

・・・まぁ、行灯と言っても中は蝋燭ではなく、ライトで、本当の行灯とは少し違うのだが。

「呪いを受けたそうだね。」

烏瓜さんの猿の面が、闇の中に浮かび上がる。

僕は応えた。

「おまじない・・・では無いのですか?」

猿の面がゆらゆらと左右に揺れる。

「元は同じだけどね。違う物だよ。」

そして、此方に一枚の紙を差し出して来た。

「読んでごらん。」

紙には《呪い》と書かれていた。

「・・・・・・のろい。」

「《まじない》とも読めるのだよ。」

烏瓜さんが、ゆっくりと言った。

「元々、《のろい》と《まじない》は根を同じくする物。明確な違いは、無いんだよ。」

そして、じっと僕の肩を見る。

「成る程。大分育っているね。・・・・・・まぁ、だが・・・。」

烏瓜さんが、ホッとした様な溜め息を吐いた。

「此れなら、君を食い殺す事も出来なかろうよ。」

「・・・・・・食い殺す?」

薄塩の言っていた事と違う。

そんな僕の考えを見透かした様に、烏瓜さんは言った。

「そう。相手を食い殺す。・・・呪いの方法は、もう知っているよ。蟲毒の流れが入っているんだろう?」

「・・・ええ。でも、蟲毒とは別物ですよ。だって《なりたい人になる》おまじないですよ。」

烏瓜さんがニヤリと笑った(様な気がした)

「だからこそ、だよ。そんな些細な事を願うには、些か力が強すぎるのさ。」

僕は更に言う。

「でも・・・。蟲毒って、《互いを食い合わせて、残った奴を使う》んでしょう?蝸牛は大概が草食です。先ず、食い合わないでしょう。」

「いや、今回に関しては其処は関係無いと思うよ。純粋に、生命力の強い個体を選びたかっただけじゃないかな。」

ほら、と、烏瓜さんが人差し指を立てた。

「蝸牛は《なりたい人》の象徴なのだろう?只の凡庸な蝸牛何かでは、象徴として釣り合わないのだろうね。」

「・・・・・・。」

「まぁ、今回君を呪った誰かは、蟲毒を知っていて恐れたのか、はたまた単に面倒だったのか、その過程を省いているんだよ。故に、君は死なないさ。」

「・・・はぁ。」

「まぁでも、そのままで良いって事は無いからね。取り敢えずその大蛞蝓さんには退散頂こう。」

そうして烏瓜さんは、ゆっくりと立ち上がった。

「・・・・・・夕食を持って来よう。待っていて。勝手に何処かへ行ってはいけないよ。」

そうして烏瓜さんは、部屋から出ていった。

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・・・・・・・・・。

部屋で待っていると、カタン、と襖から音が聞こえた。

「・・・烏瓜さん?」

返事は無い。

「・・・・・・もちたろう?」

兎なのだから当たり前かも知れないが、やはり返事は無い。

襖は小刻みに揺れながら、少しずつ開いていく。

暫くすると、ズルリ、と頭が見えた。

頭で襖を押しているのだ。

その内、身体が通れる位の隙間が空き、其れはこの部屋に入ってきた。

四つん這いになり、ふらふらと歩きながら。

入ってきたのはーーーー

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まだ小さな、茶色の柴犬だった。

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・・・・・・・・・。

柴犬が僕の所へ来た。

もっふもふである。

フンフン、と僕の匂いを嗅ぎ、膝によじ登って来る。

「おお・・・・・・?!」

恐る恐る撫でて見ると、喜ばしげに目を細めた。

可愛い。凄く可愛い。

「あ、こらこら《きなこ》。駄目だろう勝手に入って来ちゃ。」

烏瓜さんが戻って来た。

どうやらこの仔犬は、《きなこ》と言うらしい。

《きなこ》は相変わらず僕の膝の上で鼻を鳴らしている。

可愛い。

「可愛いですね。烏瓜さん、何時から飼っているんですか?」

「ん?・・・ああ、違う違う。お隣さんが旅行の間預かっているだけ。柴犬の・・・確か男の子・・・だったかな。」

「随分物静かな子何ですね。」

「鳴けないんだよ。声が出ない子なんだ。」

そう言って、部屋の端にあった小さな机(見た目としては卓袱台が近い)に持っていた盆を置き、ヒョイと《きなこ》を持ち上げた。

「ほらきなこ、お部屋戻るよー。・・・君も手を洗って来なさいね。トイレと洗面所は廊下の突き当たりだから。」

そう言って、烏瓜さんはきなこを抱き上げ、また部屋から出ていった。

僕も手を洗うため、洗面所へと向かった。

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・・・・・・・・・。

夕食は入麺だった。

蒲鉾が兎の形をしている。

「「頂きます。」」

汁から、鰹の匂いがした。

「・・・こう言うのって、生臭物、食べていいんですか?」

「大丈夫だよ。不完全な呪いだからね。寧ろ気にしない方がいい。野葡萄君だしね。」

ズルズルと麺を啜っていると、烏瓜さんは意味有り気に言った。

「本当はもっとちゃんとした物を食べさせてあげたいんだけど・・・。成る可く、消化のいい物の方がいいからね。早く吸収される物が。」

「・・・え?」

「気持ち悪いだろうけど・・・頑張りたまえよ。」

そう言って、烏瓜さんはフフンと笑った。

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・・・・・・・・・。

時間をサクッと飛ばさせて頂く。

就寝前の事。

烏瓜さんが大量のビールを持って来た。大きな瓶で四、五本はある。

「・・・・・・寝酒は身体に悪いのです。」

「喋り方が変だよ。」

「・・・知った事では無いのです。」

「此れは呑む為に持って来た訳じゃないよ。」

そして、大きな金盥にビールを注ぐ。

・・・・・・が、直ぐにその手を止めた。

「・・・此れ、私の一ヶ月分のストック。」

そして顔を覆う。

「・・・・・・一本でいいよね?だって此れ、使っちゃったらもう呑めないし。」

そして、残りの四本をコソコソと持って行ってしまった。

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・・・・・・・・・。

烏瓜さんは帰って来ると、盥を庭へ出した。

そして、ビールの中に大量の塩を投入した。

「・・・よし、と。」

僕の方に向かって言う。

「さて、此れから《この盥に背を向けて》寝て貰うからね。」

「え?戸は?」

「開けたまま。」

よっこいしょ、と言いながら烏瓜さんが縁側へと上がった。

そして、ぽん、と湯湯婆を渡す。

「はい、此れで我慢して。」

「・・・・・・。」

湯湯婆には、亀をモチーフにした、モフモフとしたカバーが掛けられていた。

「・・・可愛いだろ?もちたろうと一緒に撮った写真が有るんだけど・・・・・・。」

「見ないです寝ますお休みなさい。」

「・・・分かったよ。あ、バケツ、枕元に置いておくからね。」

バケツ・・・?何の為に・・・??

「じゃ。御休み。」

・・・まぁいいか。眠いし。

僕は湯湯婆を抱き枕の様にしながら、目を閉じた。

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・・・・・・・・・。

夜中に目が覚めた。

辺りは行灯で薄明かるい。

背中に強い違和感がある。

昔、神社で足の裏に感じたのと同じーーーー

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べちゃり、べちゃりとした、身の毛の弥立つ様な感覚。

「蛞蝓・・・・・・。」

吐きそうになるのを必死に堪える。

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べちゃり、べちゃり、ぬるり、

背中をその蛞蝓が這い摺り回っている。

ずるり

背中から、蛞蝓が一気に滑り落ちた。

ぬちゃ、べちゃり、べちゃ、

進んでいるのだろう。

後ろから粘着質な音が聞こえる。

思っていたより動きは早いらしい。

僕は、恐る恐る後ろを見た。

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・・・・・・・・・。

月光に照らされて半分透ける、巨大な・・・リュックサック程の大きさの蛞蝓。

そいつが、縁側へとその身体を引き摺っているのが見えた。

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思わず枕元のバケツへと手を伸ばした。

頭を突っ込む様にして吐く。

未だ粘液の感触が残る背中が、堪らなく気持ち悪かった。

後ろで水音が聞こえた。

僕は振り返る事も出来ず、只、内容物が全て出来ってもで続ける苦い液体を吐き出していた。

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・・・・・・・・・。

何時の間にか気を失っていたらしい。

「御早う」

僕は元通り布団に寝かされていて、枕元に烏瓜さんが居た。

「・・・おはようございます。」

目を擦りながら伸びをする。

「昨日、ちゃんと《出て言った》みたいだね。」

烏瓜さんが、ガラリとガラス戸を開け、言った。

どうやらあの後、烏瓜さんが僕を布団に戻し、ガラス戸を閉めたらしい。

「・・・あれ。」

そう。あの大蛞蝓。

今思い出すだけでも、吐きそうになってしまう。

「気持ち悪かった・・・。」

僕はそう言って、恐る恐る盥の方に見た。

盥は、其処にあるビールが《まるで、何かが、中に入っている様に》真ん中の部分だけ、無くなっていた。

「やっぱり見えないね?」

烏瓜さんがそう言って盥を足で突いた。

僕は無言で頷いた。

盥の中では、《見えない何か》がうねうねと動いている。

「これ・・・・・・。」

「嗚呼、未だ生きているよ。しぶとい事だね。」

ふん、と烏瓜さんが鼻を鳴らす。

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「さぁ、どうする?」

「え?」

烏瓜さんは今までとガラリと違う声音で言った。

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「野葡萄君。《呪い返し》を仕掛けるかい?」

「・・・・・・え?」

「今ならこいつは未だ生きている。《呪い返し》を仕掛ける事も可能だ。・・・さぁ、どうする?」

僕は聞いた。

「・・・《呪い返し》をしなければ、僕の呪いは解けませんか?」

烏瓜さんは静かに首を振る。

「そんな事は無いさ。・・・只、君の気持ちの問題だ。」

そして、もう一度僕に問い掛けた。

「さぁ、どうする?」

僕は、ゆっくりと口を開いた。

「いいえ。」

烏瓜さんがニヤリと笑った(様な気がした)。

「・・・そうか。」

小さく頷く。

すると、烏瓜さんは縁側に手を伸ばし、大袋の塩をザザザザッと盥へ投入した。

《見えない何か》はグチャグチャと動き、そしてゆっくりとその動きを止めた。

「はい。此れで御仕舞い。」

烏瓜さんが、何気無く言った。

僕は盥を見詰めながら、荒く息を吐いた。

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・・・・・・・・・。

バス停で、別れ際。

烏瓜さんは言った。

「・・・君の選ぶ道は基本的に正しい物ばかりだよ。しかしね。」

「・・・・・・はい?」

「正しい事ばかりが、正解とは限らない。ねぇ、《善人であろう》と言う考えはとても良い。だけど、もし、君が無理を・・・。」

「していませんよ。無理何て。」

僕は笑いながら言った。

「これが、僕ですからね。」

格好付けも、多少は入っていたけれど。

此れが僕なのだ。

紛れも無く。間違いも無く。

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・・・・・・・・・。

※続きます。

Concrete
コメント怖い
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翔さんへ
コメントありがとうございます。

僕も虫は基本的に嫌いです。
物凄く気持ち悪かったです。蛞蝓が余計に嫌いになりました(´д`|||)

返信

虫全般がダメな私にはやってみようと全く思わないおまじないですねσ(^_^;)
今回は大変な目にあいましたね(-。-;

返信

ののさんへ
コメントありがとうございます。

僕も絶対やりたく無いです。蝸牛を叩き潰すとか絶対出来ません。気持ち悪いにも程があります。

そうですね。少数精鋭ですから。皆頼もしいですよ(笑)
本人達には口が裂けても言いませんが(笑)

個人的には明太子とたこ焼き味が好きですね。チキンカレーとかも。

ありがとうございます。頑張ります。

返信

楽しく読ませていただきました。

呪いで蛞蝓や蝸牛を使うなんて初めて聞きました。免疫力のない人(私含め)は出来ないでしょうね…考えただけでも怖い!

それに今回はピザポ君がとても頼もしかったですね。薄塩君といいコンソメ君は本当に素敵な友達がいていいですね!

私的に運動部の方がくれたうまい棒のコンポタ味笑いました(笑)

続編楽しみに待ってます。

返信

☆チィズケェキ☆さんへ
コメントありがとうございます。

な、何て怖い事を書いてくれるんですか!!
ボタボタって!!ボタボタって!!
もう蛞蝓に使う擬音じゃないですよ!!
想像するだけで・・・・・・もう・・・
うわぁぁぁぁぁ((((;゜Д゜)))
背筋のゾワゾワが止まりません!!

きなこは本当に可愛かったです。
見た目は・・・和風総本家の豆助ですかね。
七代目辺りが一番近い感じです。
風呂敷は着けていませんでしたが(笑)

返信

今回も楽しく読ませていただきました!
蛞蝓怖い(。-_-。)
私も中学生の頃、友達の家の玄関先で待っている間に起きた苦い思い出があります((((;゚Д゚)))))))
表札と郵便受けの僅かな隙間がぷっくりと膨らんでいたのが気になって(長方形で15cmほど)枝でつついてみたところ、外壁のペンキ?に穴が空き、大量の蛞蝓ぼったぼたと。・゜・(ノД`)・゜・。
お家壊しちゃいました。彼らの。

犬好き・・・柴犬も大好き(柴犬とポメラニアン買ってます)なのでもー想像しただけで・・・!
気持ち悪さ半減しました!
続き待ってます(*^_^*)

返信

Uniまにゃ~さんへ
コメントありがとうございます。

烏瓜さんは、取り敢えず悪人では無いと思います。掴めない人ですが。

・・・そう・・・・・・ですね。
そうありたいです。
まぁ、僕も結構、性格悪いですからね。
其処まで凛とした人間では無いです。はい。

返信

来夢祢さんへ
コメントありがとうございます。

あれは気持ち悪かったです。凄く気持ち悪かったです・・・!!

次回も出てきますよ。烏瓜さん。
続編ですから、当たり前と言えば当たり前ですが(笑)

きなこも可愛いですよ。モフモフです。

ぬいぐるみや布等を使って、物語の一場面を作るのだそうです。
亀でしたからね。《兎と亀》でしょうね。多分。

良い奴ですよ。怒ると怖いですけど。

・・・自分から首を突っ込むのも多いですけどね。

返信

mamiさんへ
コメントありがとうございます。

ありがとうございます!

木葉さんと烏瓜さんは本当に仲が悪い(?)ですからね。次回、口喧嘩、しますよ。
まぁ、若干少なめですが・・・。

返信

やっぱり烏瓜さんが良い人に見えてきたぁぁ
基本 良い人だからコンソメ君が付き合えるんでしょうね…
嫌いなら関わらないものね?

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ネタバレ注意
返信

いつも、楽しみにさせていただいています。
個人的には、烏瓜さんも大好きなんですが…
烏瓜さんと木葉さんの絡みもききたいです。
今後も楽しみにしています。

返信